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BOEの金融政策とマクロプルーデンス政策

2017年07月27日

<要旨>
2017年7月4日に、イングランド銀行(BOE)の金融システム政策委員会(FPC)は、銀行に対して追加的な資本積み増しを求めるカウンターシクリカル資本バッファー水準について、0%から0.5%へ引上げることを決定した。個人向け貸出の急増や一部社債や不動産価格の過大評価といったリスクへの対応と考えられる。これはマクロプルーデンス政策ではあるが、実質的には金融政策面での対応(正常化策)に先行させた措置と考えられる。ただし、マクロプルーデンス政策手段の経済効果については不確実性が大きく、日本銀行の分析では、カウンターシクリカル資本バッファー水準変更の経済効果は、他の政策手段と比べて小さい。そのため、経済・物価の安定の観点のみならず、金融システムの安定の観点からも金融政策が果たす役割は依然大きいだろう。こうした中、以前よりマクロプルーデンス政策に前向きなBOEが、今後マクロプルーデンス政策と金融政策をどのように調整していくのかは、他国の前例となる可能性があり、またマクロプルーデンス政策の進展という観点からも、非常に興味深い。

BOEがカウンターシクリカル資本バッファー(CCyB)を引き上げ

2017年7月4日にイングランド銀行(BOE)の金融システム政策委員会(FPC)は、銀行に対して追加的な資本積み増しを求めるカウンターシクリカル資本バッファー(CCyB)の水準について、現状の0%から0.5%へ引上げることを決定したことを発表した(適用は1年後)(注1)。また今後の見通しに大きな変化がない限り、今年11月の会合でさらに1%まで引き上げる予定であるという。0.5%ポイントのCCyB水準の引き上げで、銀行には57億ポンド相当のCET1(普通株式等Tier1)の積み増しが必要になる。このカウンターシクリカル資本バッファー(CCyB)の調整は、マクロの観点から金融システムの安定を図るマクロプルーデンス政策の代表的な手段である。

カーニーBOE総裁は、「英国のEU離脱国民投票の結果を受けて、2016年6月にCCyBを0.5%から0%に引き下げたが、リスク環境が改善したことを受けてそれを正常化させる措置である」との主旨の説明をしている。しかし今年11月の会合でさらに1%まで引き上げる予定であることから、単なる正常化策にとどまらず、より明確な引き締め方向への政策修正である可能性が高いと思われる。同時に公表されたFSR(金融システム安定レポート)では、個人向け貸出の急増や一部社債や不動産価格の過大評価がリスクとして認識されており、CCyBを引き上げはこうした信用拡大を意識したものであったと考えられる。

金融政策とマクロプルーデンス政策

BOE内では、マクロプルーデンス政策の決定と、金融政策の決定は、それぞれ金融システム政策委員会(FPC)、金融政策委員会(MPC)とに分かれて行われる。従って今回の措置は、金融政策ではなく、あくまでもマクロプルーデンス政策の観点からの決定である。

しかし一方で、カーニーBOE総裁はまさにその翌日に、同中銀のMPCは近く利上げを開始することが必要になるかもしれないとの考えを示した。具体的には、「MPCが認識する問題が解消に向かい、それに伴って金融政策の決定が従来式のものに近づくようになれば、金融政策による景気刺激をいくらか解除することが必要になる公算は大きい」(注2)と述べたのである。

ブレグジットに伴う様々なリスクに配慮して、カーニーBOE総裁は金融引き締め策の実施に慎重であるとされている。他方で、足もとのインフレ率が3%程度と、BOEのインフレ目標である2%を大幅に上回る中、金融引き締めへの転換の遅れを指摘する声も多い。今回の措置は、コンセンサスが得られていない金融引き締め策の実施の代わりに、マクロプルーデンス政策手段の調整を先行させた措置という側面も考えられるところである。

カウンターシクリカル資本バッファーとは?

カウンターシクリカル資本バッファーは、好況時に損失吸収力のある資本を平常時よりも積み上げ、不況時には資本を取り崩すことを可能とする、マクロプルーデンス政策の代表的な手段である。これは、自己資本比率規制が持つプロシクリカリティ(Procyclicality、景気循環増幅効果)という問題への対応策である。つまり好況時には収益改善から自己資本が増加しやすいため、銀行には、規制で定められた一定の自己資本比率のもとでは貸出を増加させる余地が拡大し、それが景気過熱、信用拡大を一層促してしまう。

他方で不況期には、自己資本が減少しやすいため、貸出を強く抑制することで、規制で定められた自己資本比率の水準の維持を図るインセンティブが銀行に生じ、これが景気悪化、信用縮小を加速させることになってしまうのである。

マクロプルーデンス政策手段の効果と副作用

マクロプルーデンス政策手段が経済に与える影響について、日本銀行は「マクロプルーデンスが経済に与える影響:金融マクロ計量モデルによるシミュレーション」(注3)という論文で、その分析結果を示している。この論文は、現実的な想定のもとで複数のマクロプルーデンス政策手段の効果を比較分析している。分析の対象となるマクロプルーデンス政策手段は、①個人向け貸出の貸出担保比率(LTV:Loan-to-Value)規制、②法人向け貸出の貸出担保比率(LTV:Loan-to-Value)規制、③債務所得比率(DTI:Debt-to-Income)規制、④与信成長率規制、そして⑤カウンターシクリカル資本バッファーの5つである。

信用サイクルの過度な変動の抑制にもつながる、経済の振幅を縮小させる効果について、その効果は手段によって大きく異なる。5つの手段の中で、その効果が最も小さいのは、カウンターシクリカル資本バッファーである。景気過熱時には収益増加で自己資本が増加することから、損失吸収力のある自己資本比率を平常時よりも高くすることが求められるが、(分母にあたる)貸出を抑制しなくても、(分子にあたる)収益拡大による自己資本増加の効果だけでそれを簡単に達成できてしまう傾向があるためである。このため、景気過熱時に貸出額を直接に抑制する他の4つの手段と比べて、景気過熱を抑える効果が小さくなりやすい。

他方、名目GDPの平均的な水準を低下させてしまうという、マクロプルーデンス政策手段の副作用についても、手段ごとにばらつきがみられる。低下幅が最も大きいのは、個人向け貸出の貸出担保比率(LTV:Loan-to-Value)規制と債務所得比率(DTI:Debt-to-Income)規制である。貸出の変動が家計支出の変動にまで至る期間が相対的に長めであり、その結果、景気過熱時に発動された景気抑制効果が、景気停滞期まで残りやすいためと考えられる。

一方、名目GDPの平均的な低下幅が最も小さくなるのは、カウンターシクリカル資本バッファーである。直接貸出を抑制しないこの手段は、経済の振幅をより縮小させる効果は相対的に小さい一方、名目GDPの平均的な水準を低下させてしまう副作用もまた相対的に小さい。いわば「ローリスク・ローリターン」の手段と位置付けることができるのである。

このように、BOEが今回発動したカウンターシクリカル資本バッファーの水準引き上げが、経済の振幅及び信用サイクルの振幅を抑制することを通じて金融システムの安定にどの程度寄与するかは不確実性が高い。そのため、経済・物価の安定の観点のみならず、金融システムの安定の観点からも金融政策が果たす役割は依然として大きいと考えられる。

金融政策とマクロプルーデンス政策の調整

FRBは政策金利の引き上げを進める中、年内にも買入れ資産の圧縮に踏み出すことが見込まれている。他方、7月12日にはカナダ中銀が7年ぶりの政策金利引き上げに踏み切り、欧州中央銀行(ECB)も正常化に向けた方針を今夏にも示すとの見方がある。こうした金融政策の正常化は、景気過熱の抑制、物価の安定維持のみならず、金融システムの安定を意図した面がある。しかし、日本も含めて多くの主要国では、金融システムの安定をマクロ的な観点から図るマクロプルーデンス政策の枠組み、方針は十分に固まっていないのが現状である。

こうした中、以前よりマクロプルーデンス政策に前向きなBOEが、今後マクロプルーデンス政策と金融政策をどのように組み合わせ、調整していくのかは、他国の前例となる可能性があり、またマクロプルーデンス政策の進展という観点からも非常に興味深い事例となろう。


(注1)http://www.bankofengland.co.uk/publications/Documents/records/fpc/pdf/2017/record1707.pdf
(注2)"Carney Says BOE May Need to Remove Stimulus as Slack Erodes”, Bloomberg
(注3)日本銀行「マクロプルーデンスが経済に与える影響:金融マクロ計量モデルによるシミュレーション」(2013年2月)

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

金融ITイノベーション事業本部
エグゼクティブ・エコノミスト
専門:内外経済・金融

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