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プライマリー・バランス黒字化目標と政府債務GDP比率目標

2017年07月24日

<要旨>
政府は「政府債務の名目GDP比率」の安定的な引き下げを新たに財政健全化の目標に加えることで、「プライマリー・バランス(基礎的財政収支)」を2020年度に黒字化するという従来の目標を事実上先送りする可能性が指摘されている。政府債務の平均金利と名目GDP成長率が一致する場合のみ、「プライマリー・バランス」黒字化目標と、「政府債務の名目GDP比率」低下目標は同等であるが、その条件が厳密に満たされることはまれである。過去数年は、中期的な関係とは逆に10年国債利回りが名目GDP成長率を上回っていることから、「プライマリー・バランス」が赤字のもとでも「政府債務の名目GDP比率」が頭打ち傾向を示し、財政が危機的状況を脱しつつあるように見せている。しかし、10年国債利回りと名目GDP成長率の逆転は、大量の国債買入れを通じて長期金利を押し下げるという異例の金融緩和によってもたらされた面が強く、その点から逆転現象の持続性には大いに疑問がある。従来通りに「プライマリー・バランス」の黒字化目標を堅持しつつも、それが財政健全化にとって十分な目標とはならないこともまた強く意識しながら、中長期の財政健全化策に粘り強く取り組んでいくことが重要であろう。

「政府債務GDP比率目標」導入は財政健全化策の後退か

内閣府は、7月18日の経済財政諮問会議で、以前より黒字化させる目標としてきた2020年度に、国と地方を合わせた「プライマリー・バランス(基礎的財政収支)」が、実際には8.2兆円程度の赤字になるとの見通しを示した。しかもこの試算は、①2019年10月の消費税率の10%への引き上げを予定通りに実施すること、②名目成長率が3%以上である、という楽観的な前提に基づいているのである。事実上の国際公約でもある、2020年度までの「プライマリー・バランス」黒字化目標の達成はほぼ不可能となったといえる。

他方、政府は先般の「骨太の方針」で、「プライマリー・バランス」を2020年度に黒字化するという従来からの目標に、「政府債務の名目GDP比率」を安定的に引下げる、という目標を新たに加えることを決めた。これは、達成がほぼ不可能になった「プライマリー・バランス」の黒字化目標を先送りするための布石、さらに2019年10月の消費税率引き上げの再延期のための布石、とも指摘されている。

後に見るように、「プライマリー・バランス」の黒字化は、一定の条件のもとでは「政府債務の名目GDP比率」の低下をもたらす。この意味では、両者は同じ目標であるともいえ、今後政府はこの点を強調するものとみられる。しかしながら実際には、ここでいう「一定の条件」が厳密な意味で成立することはまれである。「プライマリー・バランス」の黒字化は見通せない一方、「政府債務の名目GDP比率」は近年頭打ち傾向を示していることから(図表1)、より低いハードルの目標に乗り換えようという意図が政府にはあるとの見方もあるだろう。

「プライマリー・バランス(基礎的財政収支)」とは何か?

財務省は、「プライマリー・バランス」を以下のように説明している。
「基礎的財政収支(プライマリー・バランス)とは、税収・税外収入と、国債費(国債の元本返済や利子の支払いにあてられる費用)を除く歳出との収支のことを表し、その時点で必要とされる政策的経費を、その時点の税収等でどれだけ賄えているかを示す指標となっています」(注1)。

国債発行は将来世代へのつけとも言えるが、公共投資のように将来世代もその便益を得ることができる政府サービスの場合には、将来世代が部分的に負担するのが妥当であることから、国債発行による資金調達が正当化される。さらに国債償還費と利払い費から構成される毎年の国債費についても、将来世代が負担するのが妥当な政府サービスを賄うために過去に発行された国債の場合には、それを再び国債発行で賄うことは妥当となる。

国債費を除いた歳出が税収でちょうど賄われている状況、つまり国債発行による歳入が国債費の支払いにのみ充てられている状況が、「プライマリー・バランス」がバランスしている状況なのである。この場合には、現時点で国民が受ける政府サービスについては、将来につけを回さずに、現在の国民が支払う税金でちょうど賄われていることを意味する。この点から、「プライマリー・バランス」がバランスしている状況では、現役世代と将来世代との間の負担が公正である状況と言えるだろう。

米澤潤一氏の計算によれば(注2)、2016年度予算において、税収で賄うことができない歳入、つまり中央政府の新たな借金は34.4兆円である一方、国債費は23.6兆円(国債償還費13.7兆円、利払い費9.9兆円)であることから、両者の差である10.8兆円が、「プライマリー・バランス」の赤字とされている。

「プライマリー・バランス」黒字化は財政健全化の第一歩

この点から、「プライマリー・バランス」が中立的であることは、現役世代と将来世代との間に不公平感が生じていない、健全な財政環境を表す一つの指標であると、とりあえず考えることができる。これが「プライマリー・バランス」黒字化を財政健全化の目標としてきた第1の理由である。

しかしながら1975年度以降政府は、将来世代もその利益を享受することから国債発行での資金調達が妥当となる建設関連支出に対応した「建設国債」以外にも、財政赤字の穴埋めのために「赤字国債」を経常的に発行してきたのである。この点を考えれば、「プライマリー・バランス」が中立的になることが健全な財政環境を表す、という議論は実は成り立たない。毎年の国債費をすべて国債発行で賄うのではなく、将来世代への過剰な負担(つけ)となっているその一部を、現役世代の負担である税金で賄うことが、より公正な財政環境に近付くことになる。この点から、「プライマリー・バランス」を中立にすることにとどまらず、その黒字幅を相応に拡大させて、国債償還費、利払い費の一部も税収で賄うことが、世代間の負担の公正性の観点からは求められる。この点から、「プライマリー・バランス」の中立化、黒字化という目標は、財政健全化に向けた第一歩に過ぎないのである。

「プライマリー・バランス」と「政府債務の名目GDP比率」

次に、「プライマリー・バランス」と「政府債務の名目GDP比率」との関係を見てみよう。「プライマリー・バランス」が中立である場合、翌期の政府債務残高は、今期の政府債務残高から、利払い費分だけ増加することになる(国債償還費に対応する国債発行は、国債発行残高に影響しない)。今期の政府債務残高をD₀、来期の政府債務残高をD₁とすると、両者の関係は以下の式で表される。

D₁=D₀+D₀*R₁

ここでR₁は、来期の利払い費を今期の政府債務残高で割った、平均金利である。

他方、今期の名目GDPをY₀、来期の名目GDPをY₁、とすると、両者の関係は以下の式で表される。

Y₁=Y₀+Y₀*G₁

ここでG₀は来期の名目GDP(Y₀)の成長率である。

今期から来期にかけての政府債務増加率及び名目GDP成長率は、それぞれ以下の式で表される。

D₁/D₀=(1+R₁)、Y₁/Y₀=(1+G₁)

ここでR₁=G₁、つまり政府債務の平均金利と名目GDP成長率が一致すると仮定すれば、政府債務の名目GDP比率は一定(D₁/Y₁=D₀/Y₀)となる。これが、冒頭で述べた、「プライマリー・バランス」の黒字化が、「政府債務の名目GDP比率」低下と一致するための条件なのである。

「政府債務の名目GDP比率」低下の意味

政府債務の平均金利と名目GDP成長率が一致するという条件が成立する場合には、「プライマリー・バランス」の黒字化と「政府債務の名目GDP比率」の低下は同時に起こることになる。「プライマリー・バランス」の黒字化が財政健全化に向けた第一歩であるとすれば、「政府債務の名目GDP比率」の低下も財政健全化に向けた第一歩であることを示す指標、と解釈できるだろう。

ただし、「政府債務の名目GDP比率」低下には、それ以上の意味がある。それは、「政府債務の名目GDP比率」が上昇を続ける場合には、政府債務の利払い費が膨らむことなどから、経済規模比でみた政府債務が発散してしまい、コントロールできなくなるリスクを抱えることになる。この意味から、「政府債務の名目GDP比率」低下は、財政健全化に向けた第一歩というよりも、「財政環境の危機的状態を脱する」ための条件と言えるだろう。

中長期的には名目GDP成長率を下回る

ただし、過去のデータに基づくと、政府債務の平均金利と名目GDP成長率とは一致しない。国債発行残高の平均利回りは現在10年弱であるとみられるが、政策金利がゼロに接近した1998年末から2017年1-3月期までのほぼ20年間のデータに基づくと、10年国債利回りの平均値は1.15%となる。他方で、同時期の名目GDP成長率は0.12%であり、両者間には1%以上の差がある(図表2)。

この場合には、前出(「プライマリー・バランス黒字化目標と政府債務GDP比率目標(1)」)の式でR₁>G₁となることから、D₁/Y₁>D₀/Y₀となり、「プライマリー・バランス」が中立化しても、「政府債務の名目GDP比率」は上昇を続けることになる。このもとで「政府債務の名目GDP比率」を低下させ、財政が危機的な状態を脱するためには、「プライマリー・バランス」の中立化、黒字化だけでは、①負担の中立性の観点からみた財政健全化に向けた第一歩にはならず、また②財政が危機的な状態を脱するための第一歩、にも満たず、十分ではない。その黒字幅を相応に拡大させていかなければならないのである。

名目GDP成長率が10年国債利回りを上回る状態は持続的ではない

ところで、2000年代半ばと、過去数年は、「政府債務の名目GDP比率」は頭打ちとなっている(図表1)。前者については、好景気のもとで「プライマリー・バランス」が一時的に改善したことが主因であったのに対して、後者については、(図表2)でみたように、10年国債利回りが名目GDP成長率を上回っていることがその背景にある。この状態が仮に今後も続けば、「プライマリー・バランス」の黒字化目標が仮に先送りされても、「政府債務の名目GDP比率」は頭打ちあるいは低下傾向を辿り、財政が危機的な状態を脱することに貢献することになるだろう。

しかしながら、10年国債利回りと名目GDP成長率の逆転は、大量の国債買入れを通じて長期金利を押し下げるという異例の金融緩和によって、一時的にもたらされた面が強いように思われ、その点から逆転現象の持続性には大いに疑問がある。

加えて、特殊な金融政策のもとで長期金利が名目成長率を大きく下回った状態が維持されると、将来のキャッシュフローの割引現在価値が無限に拡大(発散)してしまい、資産価格形成が非常に不安定になりやすいのである。その場合、いずれかの時点で資産価格の調整が生じることをきっかけに名目GDP成長率が下振れ、逆転現象が解消されるという可能性も考えられよう。

「政府債務GDP比率目標」導入は財政リスクを一段と高める

以上のような点を踏まえると、政府が「政府債務GDP比率目標」を導入する場合には、財政健全化に向けた取り組みを一段と後退させてしまうきっかけとなりやすいと言えるだろう。それは財政リスクを高め、国債市場の不安定化を通じて、実体経済の安定も脅かす脅威ともなろう。従来通りに「プライマリー・バランス」の黒字化目標を堅持しつつも、それが財政健全化にとって十分な目標とはならないこともまた強く意識しながら、中長期の財政健全化策に粘り強く取り組んでいくことが重要であろう。


(注1)「基礎的財政収支とは何ですか。何が分かりますかよくあるご質問」(財務省「よくあるご質問」)
(注2)国債発行50年の総決算 ―プライマリー・バランス分析決定版―

Writer’s Profile

木内登英Takahide Kiuchi

エグゼクティブ・エコノミスト

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