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日銀の黒田総裁の記者会見-価格設定行動

2017年07月21日

はじめに

今回の日銀の金融政策決定会合は、景気見通しを上方修正した。しかし、会見に出席した記者の関心を集めたのは、残念ながら、物価見通しの下方修正と、2%のインフレ目標の達成時期の6回目の延期の方であったようだ。しかも、興味深いことに、インフレ関連のこうした見通しの改訂にも拘らず、追加緩和を求める声は記者の間からほとんど聞かれなかった。

新たな見通し

今回の展望レポートには、経済活動の拡大に対する日銀としての自信が示唆されている。実際、個人消費が以前の一時的な弱さを克服して堅調に推移し、企業の設備投資計画にも改善がみられることが指摘されている。加えて、海外経済の緩やかな拡大を背景に、外需の安定に対する期待も示されている。

このような見方を背景に、金融政策決定会合は実質GDP成長率の見通しを、来年にかけて上方修正した。新たな見通し(median)は2017年度から2019年度にかけて1.8%→+1.4%→+0.7%とされている(前回<4月>は+1.6%→+1.3%→+0.7%)。日銀による経済見通しは市場の平均に比べて高めとの指摘が予てあるが、いずれにせよ日銀の見通し通りであれば、少なくとも2018年度までは、前回上方修正された潜在成長率の推計値をかなり上回って推移することになる。

一方、金融政策決定会合は消費者物価インフレ率の見通しを下方修正した。つまり、新たな見通し(median)は2017年度から2019年度にかけて1.1%→+1.5%→+1.8%とされている(前回<4月>は+1.4%→+1.7%→+1.9%)。この点に関し展望レポートは、需給ギャップの好転にも拘らず、企業や家計の価格や賃金の設定に関する行動が変化しないことが、インフレ率の上昇を抑制しているとの見方を再三強調している。実際、需給ギャップに関しては、日銀だけでなく内閣府も概ね解消されたとの見方を共有しているだけに、インフレ率が高まる兆しが見られない理由を別なところに求める必要があった訳である。

展望レポートによれば、企業は労働力不足に直面しても、賃金の引上げではなく、ビジネスモデルの変更や省力化投資の実施などにより新規雇用を抑制する傾向がみられるという。また、黒田総裁は、記者会見の中で、こうした対応がサービス業にみられると説明した。おそらく、企業経営者に質問すれば、こうした対応が実際に行われているとの回答が得られるのであろう。

ただ、そのことが物価見通しや金融政策の運営に対して持つ意味合いは一筋縄ではない。つまり、展望レポートは需給ギャップの引締まりが続けば、やがてこうした対応も維持しえなくなり、賃金上昇を起点とするインフレの加速に繋がるとの見方を示した。しかし、企業の対応が急速な高齢化といった構造問題に対応するためであった場合は、長期に亘って残存することも考えられる。より広い視点からみても、価格や賃金に関する慎重な対応は、"バックワード"なインフレ期待によるものであることが考えられる一方、長期的な成長期待が低いとう"フォワード"な要因による可能性も残る。いずれにしても、2%のインフレ目標の達成に向けては、より忍耐強い対応が必要となった訳である。

金融政策の運営

冒頭に述べたように、今回の会見ではインフレ目標の達成時期の延期が、「量的質的金融緩和」の開始以来6回目であることが何度も言及されたが、だからと言って追加緩和を求める意見はほとんど聞かれなかった。この点に関して一部の記者は、現在の景気拡大に満足するとともに、2%のインフレ目標自体を再検討すべきではないかとの議論を展開した。これに対し黒田総裁は、物価指数の上方バイアスの問題や名目ゼロ制約の下での金融政策運営の困難さ、さらには2%のインフレ目標の「グローバル・スタンダード」としての位置づけに言及しつつ、インフレ目標を現状のまま維持することの重要性を強調した。

他方、別の一部の記者は、「量的質的金融緩和」の枠組みの下で、有効な追加緩和手段が尽きたのではないかとの疑問を示した。これに対しても黒田総裁は反発し、金融政策決定会合として、現在の政策手段による景気刺激の有効性に自信を持っていると説明した。加えて、今後にインフレ期待と自然利子率が上昇すれば、金融緩和による政策効果は一層強まることを強調した。

この点に関しては、一部の記者から、日銀は物価見通しがさらに後退した場合も追加緩和を一切行わないのか質す質問もあった。もちろん、黒田総裁はそうした推察を明確に否定し、日銀として必要があれば追加緩和を行う用意があることを確認した。

実際、昨年秋の「総括的検証」の時点で、金融政策決定会合においては、景気が緩やかな拡大を続けても低インフレからなかなか脱却しない事態が起こりうることも、相応に想定されていたとみられる。だからこそ、金融政策決定会合が、「量的質的金融緩和」のサステナビリティを高める観点から、政策手段の重心を「量」から「金利」へとシフトしたのであれば、それは今回の見通しが示唆する当面の金融経済環境にまさに適合することになる。

それでも、ある記者が指摘したとおり、日銀が物価見通しの下方修正を繰り返すこと自体は、残念ながら、企業や家計のインフレ期待の改善を妨げる効果ももちうる。こうした影響は、インフレを引き上げる上で日銀に有効な政策手段が残されているかどうかに対する不安があれば、なおさらに強まることになる。

いずれにせよ、「量的質的金融緩和」に対する信認は、インフレ率の上昇がどの程度の時間的枠組みの中で実現しうるかという点に依然として依存しているようにも見える。

長期金利の水準

金融政策決定会合がこのように物価見通しを下方修正した以上、今回の会見では「正常化」に関する質疑はすっかり後退した。そうした中で、日経の著名な記者の方が今後の長期金利について問題を提起した。つまり、日本経済が政府の財政見通しが示唆するようなパスを辿った場合、国債利回りがどのようになるかを質した。

黒田総裁はこの問いに関する直接の回答を避けたが、将来の国債利回りが、景気や物価の動向だけでなく、日銀の金融政策にも依存することを認めた点は注目される。日銀の場合、金融政策の「正常化」にはまだ長い道のりが予想されるだけに、この点は財政との関連で見た「正常化」のあり方を考える上で、無視し得ない意味合いを持っている。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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注目ワード : インフレ目標

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