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ECBのドラギ総裁の記者会見-Deliberately kept open

2017年07月21日

はじめに

ECBの政策理事会は声明文に残された量的緩和に関する緩和バイアスを維持しただけでなく、ドラギ総裁は記者会見を通じて、6月末の講演を期に市場に広がった「正常化」への見方を修正しようと努めたように見える。しかし、記者会見の背後でのユーロ相場や域内国債の利回りをみる限り、そうした意図は必ずしも成功していないように見える。その理由を考えながら、いつものように記者会見の内容を検討したい。

Sintraへ戻る

実は、今回の記者会見はLiveの画面で見た限り空席が目立ち、質問の総数も12と比較的少なめだったが、それだけに一層、ほとんどの記者がドラギ総裁による6月27日の講演(PortugalのSintraでのCentral Banking Forum)を様々な切り口から取り上げた印象を受けた。

第一に、多くの記者が、今回の記者会見の冒頭説明でドラギ総裁がインフレ目標の達成に向けて強力な金融緩和の維持が必要との点を強調したことを取り上げ、Sintraでのメッセージと整合的でないとの指摘や短期間にトーンを変えることの適切さを問う意見が目立った。これに対しドラギ総裁は、6月の政策理事会以降、Sintraでの講演も今回の政策理事会も一貫したメッセージを送っていると説明し、こうした見方を否定した。

第二に、数名の記者は、6月末以降に実際にユーロ高と域内の長期金利の上昇が生じたことを取り上げ、その評価を問うとともに、今後の正常化においてFRBによるtaper tantrumのような事態を生ずる懸念の有無を質した。

ドラギ総裁は、市場の反応自体にはコメントしないとのスタンスを維持しつつ、ようやく景気拡大がrobustになり、あとはインフレの 回復を待つのみという段階にこぎつけただけに、financial conditionが不必要にタイト化することは望まないとの考え方を強調した。ただ、その際に現在のfinancial conditionはインフレ目標の達成に対して十分supportiveな状況にあるとコメントしたことが、市場の反応を誘発した面もあったように見える。

その上で、ドラギ総裁は、空前の規模の金融緩和であってもスムーズな正常化は可能との自信を示し、予て強調してきた金融政策運営の原則―persistent, patient, prudent―を堅持することが重要との考えを確認した。

第三に、数名の記者は、6月の記者会見やSintraでの講演でドラギ総裁が取り上げた賃金上昇の緩やかさについて、構造要因によるものであれば長期にわたって変化しないのではないかとの疑問を示した。これに対してドラギ総裁は、金融危機の前後で労働市場の構造が変化することは、他の先進諸国と同様に十分起こりうることであると認めた。また、ユーロ圏での具体的な変化として、賃金契約の締結におけるバックワードな要素の重視など、Sintraの講演で議論した事象が生じている可能性を確認した。

しかしドラギ総裁は、こうした要素も景気の拡大が継続する下ではいずれは消滅するとの見方を強調し、従って、インフレ目標の達成に向けたモメンタムは維持されるとの考え方を再度強調した。この辺の議論は、数時間前に黒田総裁が行った説明と概ね同じロジックである。

なお、黒田総裁のロジックとの共通点は他にもあり、ドラギ総裁はSintraの講演で、景気が順調に拡大すれば-インフレ期待や潜在成長率の改善によって-現在の金融緩和の効果が一層強まると指摘しており、今回の記者会見でもそれを確認した。

「正常化」に向けた議論

こうした雰囲気であっただけに、多くの記者が今回の政策理事会で量的緩和の「正常化」に関する議論があったかどうかを質したのも当然である。

これに対しドラギ総裁は、そうした推測を繰り返し否定し、何らの議論も行わなかったことを強調した。加えて、議論する時期についてあらかじめ特定すべきでない点についても、全会一致での合意が成立したと説明した。もっとも、その一方で、秋(fallという語とautumnという語をともに使用した)に議論することを示唆し、その理由として、来年初以降の「量的緩和」の運営を考える上では、景気と物価の状況に関する新たな情報の分析が必要であることを挙げた。

このため、記者からは「9月7日(次回の政策理事会)は「秋」と言えるのか」といった会見場の雰囲気を和ませる質問も含め、念頭に置かれているのは9月の政策理事会なのか10月の政策理事会なのかを聞き出そうとする質問がいくつか示された。また、具体的にどのような情報が欲しいのかを質す向きもみられた。

最後の点に関してドラギ総裁は、単一の指標によって政策判断を下すことはなく、例えば、ECBスタッフによる経済見通しのような幅広い情報が必要とコメントしたため、多くの記者は次のスタッフ見通しの改訂に当たる9月7日の政策理事会がポイントとの印象を受けたかもしれない。この点自体は、既に市場で意識されていたタイミングであるだけに新たな情報と言えない面もあるが、記者会見の冒頭でdovishな印象を受けた市場が、後から切り返した要因の一つかもしれない。

ただ、この点に関する本質的な疑問は、ある記者が示唆したように、今回の政策理事会で全く議論していないのに、「秋」の政策理事会で、来年以降の量的緩和の運営について、いきなり本格的な議論を行うことが現実的かという点にあろう。しかも、ドラギ総裁は他の記者の質問への回答として、域内のNCBに対して量的緩和の今後の運営に関する「宿題」を出したとの見方も否定した。

ドラギ総裁が強調するように、市場が「正常化」を先に織り込むことでfinancial conditionがタイト化すれば、インフレ目標の達成が遠のくだけに、ECBがコミュニケーションの面で細心の注意を払うことは当然である。しかし、ドラギ総裁が冒頭の説明で述べたように、ユーロ圏の実体経済が第2四半期にさらに加速したとみられるなど、極めて好調であることは誰の眼にも明らかであり、それがいずれはインフレの加速に繋がると考える以上、実際のインフレ率が相当に減速しない限り、市場の動きをコミュニケーションだけで止めることは最早難しくなっているように見える。

記者会見の最後に、ある記者がユーロ圏には失業率の高い国など問題が残ることをどう考えるかを質したのに対し、ドラギ総裁はそうした事実を認めた上で、個別の問題への対応はECBの権限(remit)を超えると回答した。ECBは、「正常化」に伴うミクロの副作用については、各国政府を含む別な政府当局が適切に対応すべきというスタンスにある訳である。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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