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ECBの6月政策理事会の議事要旨-Unwarranted

2017年07月10日

はじめに

ECBの当面の政策運営に関する焦点は、来年以降の資産買入れについて、どの時点でどのような方針を示すかにある。今回の議事要旨はこの点についての直接的な議論を含む訳ではないが、今後を展望する上でのいくつかのポイントを示唆している。いつものように内容を検討したい。

金融経済情勢の判断

ユーロ圏経済が個人消費を中心に堅調な拡大をみせており、今後も設備投資による寄与の拡大も含めてサステナブルな成長パスを辿るとの見方は、執行部(プラート理事)と政策理事会メンバー(域内中銀の総裁)の間で概ね収斂していることが示されている。

しかし、物価に関しては政策理事会で活発な議論がなされたことが記されている。まず、執行部(プラート理事)は、①賃金の伸びの低迷がインフレ基調を抑制している、②中間財の価格上昇が消費財価格に波及しない、の2点を確認した。その上で、マクロ的には未利用の経済資源の存在が価格を抑制していると整理した。

これに対し、政策理事会メンバー(域内中銀の総裁)は、このところの総合インフレ率が、原油を含むコモディティの価格に大きく左 右される一方、基調的インフレ率が抑制的である点を確認した上で、いくつかのポイントを巡って議論を行った。

まず、最新のスタッフ見通しで、経済成長見通しを上方修正した一方、HICP総合インフレ率見通しを下方修正したことの整合性に多くの(a number of)コメントが示された。つまり、需給ギャップが縮小すれば最終的にインフレ圧力の上昇につながるとの指摘がなされた一方、経済資源の稼動を示す指標には不確実性が大きいとの注意もなされた。その上で、スタッフ見通しもHICPコアインフレ率の見通しは概ね維持しただけに、インフレ見通しの下方修正を強調すべきでないとの主張もなされた(この点は、政策理事会直後のドラギ総裁による会見のトーンとはやや異なる)。

また、失業率の低下に対して賃金上昇が抑制的であることにも、多くの(a number of)コメントがなされた。つまり、近年ではユーロ圏のフィリップスカーブがフラット化している点が指摘され、その要因として、これまでの労働市場改革が、雇用の柔軟性を高めたが賃金上昇を抑制したといった構造要因による影響が示唆された。

賃金形成の展望についてはさらに議論が続き、①労働市場改革の継続や、バックワードルッキングな要素による賃金設定の残存などを考えると、中期的にも賃金は抑制的に推移するとの意見と、②計量モデルによる予想に(過去の影響で)下方バイアスがあるほか、雇用の改善に伴ってパートなどの一時的雇用からフルタイムの雇用へ重心がシフトすることを考えると、賃金上昇もどこかで顕著になるとの意見がともに提示された。

今回の議事要旨は、これらの各々の点に関して、どちらの意見が優勢であったかは明確にしていない。これはECBによる意思決定の特殊性-1国1票が原則であるが、ローテーションにより形式的に崩れているだけでなく、実質的にも大国の主張が相対的に影響をもつとみられること-の反映でもあろうが、客観的にも双方の主張に相応の合理性があるだけに、アプリオリに決着しうるものではないようにみえる。

金融政策の運営

ユーロ圏の景気はともかく、物価(ないしその背後にある賃金)について見方が分かれているとすれば、ECBとして、金融政策の「正常化」は相応の慎重さを持って進めることに合理性がある。

実際、執行部(プラート理事)は、①ユーロ圏経済に極めて深刻な事態が生ずるリスクは消滅したので、それに備えるための政策金利に関するフォワードガイダンスは取り下げるが、②物価がインフレ目標に向かうパスが根本的に改善したわけではなく、かつインフレ圧力の上昇には金融緩和が不可欠なので、資産買入れに関するフォワードガイダンスを維持するとの考えを示した。

これに対し、政策理事会メンバー(域内中銀の総裁)の間でも、物価のインフレ目標に向けた持続的で自律的な動きは確立されていないとして、金融政策のスタンスは、漸進的なコミュニケーションの調整を含め、丁寧な(a steady hand)な対応を維持すべきとの考え方が概ね共有された。つまり、政策金利に関するフォワードガイダンスは、インフレ目標の達成を危うくする深刻な事態に備えたものであり、そうしたリスクが消滅した以上、この部分の修正が妥当であるとの考え方である。

その上で、資産買入れに関するフォワードガイダンスについても同様の理由から修正すべきとの意見が示された一方、上記のように物価のインフレ目標に向けた動きが確立していない以上、必要に応じて資産買入れの期間や規模を拡大する意向は残すべきとの意見が示された。この点では、議事要旨も後者が説得力を有したことを示唆しており(well advisedの表現)、少なくとも現時点では「正常化」を漸進的に進める考え方が支配的であることが窺われる。

少し横道にそれるが、「正常化」を巡って興味深い点としては、金融緩和手段として、政策金利や資産買入れに関するフォワードガイダンスに加えて、利上げや保有資産の再投資が順に言及されていることである。議事要旨の編者が意識したかどうかわからないが、ECBによる金融政策の「正常化」のsequencingは、おそらくこの通りになるのだろう。

「正常化」についてもう一点触れると、政策金利に関するフォワードガイダンスは将来の政策スタンスを示すが、資産買入れに関するフォワードガイダンスは政策反応関数を示すに過ぎず、両者の性格は異なるという議論も提示されている。論者は、だから後者は維持すべきと主張したようだが、後者が「正常化」の段階として本質的な意味をもつかという疑問も同時に提起している。

コミュニケーション政策

「正常化」に関するコミュニケーションを慎重に行うという原則に関しても、執行部(プラート理事)と政策理事会メンバー(域内中銀の総裁)との間では概ね合意が成立した。この点は、今回の声明文の変更を政策金利のフォワードガイダンスの放棄に止める判断に至った以上、いわば当然でもある。なぜなら、その重要な理由は、市場が「正常化」を先取りし、金利や為替を通じて金融環境(financial condition)を前倒しでタイト化することで、インフレ目標の達成を危うくする事態を避けることにあるからである。

しかしこの論点も、インフレ目標の達成が「正常化」に持ちこたえることに不確実な面がある状況でも、そもそも「正常化」を進めることの合理性は何かという疑問を提示しているように見える。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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