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ECBの4月の政策理事会のAccount-Particularly sensitive

2017年05月22日

はじめに

ECBの金融政策に関して、市場では、次回(6月)の政策理事会で「正常化」に関する何らかのヒントが示されるかどうかが注目されている。これに対し、今般公表された4月の政策理事会のAccount(議事要旨)は、景気判断を前進させつつ、物価の見方と金融政策に関するコミュニケーションについて慎重な議論が残ったことを示している。いつものように内容を検討したい。

景気と物価に関する執行部の判断

プラート理事は、ユーロ圏の景気拡大がモメンタムを増すととともに幅広い領域に拡大したことを説明した。つまり、労働市場の改善の継続に支えられて消費が好調を維持しているほか、緩和的な金融環境と海外経済の回復に支えられて設備投資にも動意がみられることを指摘した。加えて、こうした動きが銀行貸出とともに、域内の多くの国に広がった点を付言した。

また、プラート理事は、3月のHICPインフレ率が前年比+1.5%と前月(2月)の+2.0%から減速したことについては特殊要因(前年とのEasterのズレ)による面が大きいと説明した。しかし、エネルギーと食品を除いても+0.7%と0.2%ポイント減速したことについては、「川上」の価格上昇圧力が国内生産者物価に達していないことや、賃金上昇が緩やかに止まっているという、ファンダメンタルな理由を指摘した。なお、インフレ期待については、ECBによるエコノミスト向けサーベイ(SPF)では2017年が+1.6%へ上方修正されたのに対し、市場ベース(5年先スタートの5年物の物価連動スワップのレート)では+1.6%へと低下したことを付言した。

景気と物価に関する政策理事会の議論

政策理事会メンバーによる議論では、実体経済の好調さが確認されただけでなく、企業や家計のセンチメントの好調さを背景に、少なくとも本年前半の経済成長率がECBスタッフの見通し(3月時点)を上回る可能性も指摘された。主たる需要項目の面でも、拡大を維持する消費に加えて、設備投資も緩和的な金融環境だけでなく、企業収益の拡大もあって消費にcatch upするとの見方が示されている。

もっとも、実体経済に関する政策理事会の議論は強気一辺倒ではなかった。まず、海外経済については、米国の経済政策やBrexitの展開、中国経済のリバランスの行方、新興国の景気回復といった点に不透明性が残ることが指摘され、特に米国に関してはhard dataとセンチメントの指標に大きな乖離が生じていることへの懸念も示された。これらをもとに、海外経済のリスクは、改善方向にあるが依然としてダウンサイドと結論付けている。

また、域内経済のうち消費に関しても、やや意外なことに慎重な意見も示されている。具体的には、消費の継続的拡大を予想した前回(3月時点)のECBスタッフの見通しが、賃金上昇と貯蓄率低下の仮定に依存している点の問題が取り上げられた。もちろん、政策理事会全体としては、こうしたリスクを考慮しても景気のダウンサイドは縮小傾向にある点で合意した。

4月の政策理事会の時点で、経済成長率の見通しに関するリスク評価を、上限双方にバランスのとれたものへ上方修正するか、それとも従来のように下方に傾いたままとするかについても、意見が割れたことが示されている。議事要旨は、前者の意見がsome membersによって主張されたとしており、ごく少数の意見という訳ではなかったように推察されるが、実際は、ドラギ総裁が会見で説明したように、主として海外経済の不透明性を理由として、後者の意見が採用された訳である。

インフレに関しては、政策理事会メンバーも、足許での減速が特殊要因に加え、エネルギーや食品などの価格の不安定化によるとの見方に合意した。もっとも、サービス価格の低迷も寄与したことが指摘されたことに加え、労働市場に残るslackが賃金上昇を抑制している点が指摘された。また、基調的インフレに回復が見られず、価格上昇圧力が限界的であることには、メンバーの間で失望感が示されている。

今後は、景気拡大の継続に伴ってslackが吸収されることで、賃金と基調的物価が徐々に上昇するとの見方が維持された。しかし、ECBのスタッフ見通し(3月時点)が賃金の急速な上昇を前提にしていることも取り上げられ、GDPギャップの縮小や失業率の低下に関わらず賃金上昇が抑制的である点について、①slackを把握する幅広い指標の活用、②賃金設定プロセスや所得分布の変化に関する詳細な調査、に関する議論がなされたほか、賃金動向の構造変化が中期的なインフレ基調に与える影響についても問題提起がなされている。

これらに関する暫定的な分析は、ECBによるEconomic Bulletinの最新号で展開されているが、要するに、ユーロ圏全体としては失業率が依然として高いといった循環要因と、消費者向けサービスなど労働集約的産業での"job rich recovery"の影響が大きいとか、雇用優先の(日本的?)賃金設定が拡大したといった構造的要因の双方が併記されるに止まっている。

金融政策に関する議論

プラート理事は、景気のダウンサイドリスクは減少しているが、インフレの改善には強力な金融緩和の維持が不可欠であることを強調した。同時に、長期にわたる金融緩和の下で、市場がECBによる金融政策の変化の兆しに極めて敏感(particularly sensitive)である点を指摘し、コミュニケーションの変更は、景気拡大の加速とインフレ率の持続的変化への波及をより多くのhard dataで確認することによってなされるべきとの考えを示した。

これを受けて政策理事会のメンバーも、現状の金融緩和を維持する必要性を確認するとともに、4月以降に資産買入れのペースを減額したこと自体が、ユーロ圏の景気に対する自信の強まりとデフレリスクの後退という理解を反映しているとの認識を示した。その上で、景気拡大のモメンタムが高まり、かつインフレ目標達成に向けた動きが強まれば、金融政策のフォワードガイダンスに対して必要な検討を加えることが必要との認識が示され、ECBスタッフによる次回の見通しが示される6月の政策理事会がより包括的な議論を行うのに好適とした。

もっとも、プラート理事が挙げたコミュニケーションの課題についても幅広い支持が示され、早すぎる不必要な金融環境のタイト化はインフレ目標の達成をリスクに晒すため回避されるべきことが強調されている。これらを踏まえると、景気は好調だが基調的インフレが高まらない状況の下で、ECBの当面の課題は、市場を強気と弱気のいずれにも過度に振れないように保つというfine tuningにあり、今回の議事要旨もそのための手段であるようだ。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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注目ワード : インフレ目標

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