1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. BOEのカーニー総裁の記者会見-Smooth Brexit

BOEのカーニー総裁の記者会見-Smooth Brexit

2017年05月12日

はじめに

BOEが金融緩和の現状維持を決定した今回のMPCの結果発表は、いわゆる「Super Thursday 」に当たり、声明文と議事要旨とInflation Reportが一度に公表されるとともに、カーニー総裁の記者会見が行われる。このため、Inflation Reportの詳細な分析は別な機会に譲り、本コラムは、景気や物価の見通しとこれに関する議事要旨および記者会見の議論に焦点を当てることとしたい。

景気と物価の見通し

MPCによる実質GDP成長率の見通しは、前回(2月)から大きく変わらず、2017から19年にかけて、+2.0%→+1.6%→+1.7%であったのが+1.9%→+1.7%→+1.8%とされた。

この点に関して議事要旨では、昨年夏以来BOEが予想してきた個人消費ないし住宅投資の減速が次第に顕現化したとの見方を示しつつも、海外経済の成長に支えられた外需の増加と、それに伴う設備投資の回復が英国経済の成長を支えるとの見方を示している。

一方、MPCはCPIインフレ率に関する見通しを前回(2月)からやや大きく改訂した。つまり、前回は、2017年から19 年にかけて+2.4%→+2.8%→+2.5%であったのが、+2.7%→+2.6%→+2.2%とし、足許を引き上げるとともに、先行きを下方修正した。

同じく議事要旨によれば、足許のインフレ率の上方修正の理由は、ポンド安と原油価格の回復が想定以上であったことによる輸入物価の上振れとされている。もっとも、その後は、smoothなEU離脱の下でポンドの下落が収束することに加え、労働市場のタイト化が進む割には賃金上昇が加速しないため、インフレ率も徐々に減速するとの見方を示している。

なお、BOEによるこうした見通しは、日銀やFRBとは異なり、市場による政策金利の予想パスを前提としていることに注意する必要がある。実際、今回のInflation Reportが指摘するように、forward rateから推計される市場の予想は、2019年末の政策金利が0.5%に過ぎないことを意味する。つまり、上記のようなインフレ率の減速は、先行きの利上げによるものではない。

記者会見での議論

これに対し、今回の記者会見では、実質賃金と個人消費の見通しについて多くの質問が示された。つまり、BOEが昨年の国民投票後に想定したメカニズム(実質購買力の低下が個人消費を下押しする)が少なくともこれまで顕著でなかった理由や、今後の展望を改めて質す向きが目立った。

カーニー総裁は、輸入物価の上昇による実質購買力の低下というメカニズム自体は想定どおりであったとしつつ、足許での個人消費の減速には、労働市場のタイト化に拘らず名目賃金の上昇が加速しないという別な要因が働いているとの見方を示した。

この点に関して、議事要旨はBrexitの先行きが不透明であるため、企業が賃上げにも慎重になっている可能性が指摘されている。もっとも、議事要旨の別な箇所で議論されているように、外需の拡大やBOEによる金融緩和などを背景に、企業のセンチメントは慎重化を続けているという訳でもない。

こうした議論のギャップを埋める要素は、カーニー総裁が説明したように、均衡失業率が低下しているとの理解であろう。実際、前回(2月)のInflation Reportにおいて、MPCは均衡失業率の推計値を5%から4.5% に引き下げている。

もっとも、カーニー総裁も、英国経済が見通しの通りに堅調に推移すれば、いずれは名目賃金にも徐々に上昇圧力が生ずることを認めた。ただ、先に見たようにMPCは、その上昇度合いが緩やかなものに止まると見ていると同時に、インフレ圧力の中身が輸入インフレから国内インフレにシフトしていくとみているだけに、実質購買力の低下もそこまで深刻にはならないことになる。

なお、このような賃金と個人消費と関連する要素として、記者からは貯蓄率の推移に関する理解を問う質問も示された。実際、昨年夏以降に実質所得が低下する下でも個人消費がresilientであったと同時に、貯蓄率は顕著に低下した訳である。

この点に関してカーニー総裁は、今回のInflation ReportのBOXの議論を引用しつつ、少なくとも昨年については、貯蓄率の低下 の大部分が賃金以外の所得-具体的には年金や保険を通じた投資収益-の低下によるものであるとの分析結果を示し、中長期的にはともかく、短期的には個人が貯蓄を取り崩して(あるいは借り入れを増やして)消費を維持したとの見方を否定した。

政策運営へのインプリケーション

MPCが、景気見通しを概ね維持した一方、物価見通しを先行きについて引き下げたことは、金融緩和の維持をconfirmする意味合いを持つように見えるかもしれない。

しかし、先に見たように、MPCによる物価見通しの引下げはポンド安が徐々に収束するとの見方に基づく面が強く、一方で、名目賃金は緩やかに上昇すると見ている。つまり、インフレの背景が海外から国内、供給から需要へとウエイトを移すとみている。

だとすると、BOEが従来のようにインフレ率の目標に対するovershootをどの程度容認するかは、そう単純な話ではなくなる可能性も出てくる。実際、カーニー総裁もInflation Report も、forward rateから推計される市場の利上げ予想が余りにも緩慢であるとのニュアンスを示している。また、議事要旨は、今回のMPMで現状維持に賛成した7名のメンバーのうち数名は、今後の緩和解除のペースが以前の予想より速まる可能性を認めたことも明らかにしている。

もっとも、市場がBOEによるインフレ率のovershootの容認や慎重な利上げを予想したのも、MPC自身が、実質購買力の低下を背景に個人消費が減速することなどにより、英国経済の成長が減衰すると予て予想していたことによる面も否定できない。結局、少なくとも現時点では、市場はBOEによる物価の見方の変化に追随できていないことになる。

この点を冷静に考えると、BOEが見通しを毎回精緻に調整すべきかどうかという問題にも行き着く。MPCの見通しはsmoothなEU離脱を前提としており、政治的にはそれ以外の選択肢は採用できない。しかし、実際にEU離脱交渉が始まれば、企業のセンチメントは交渉の展開に伴って不安定化しうる訳である。それに伴う英国経済のボラティリティの上昇が始まる以前から、MPCが見通しをfine tuningするスタンスを採っているとすれば、EU離脱交渉の開始後にも果たしてsustainableかという疑問も湧いてくる。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

この執筆者の他の記事

井上哲也の他の記事一覧

このページを見た人はこんなページも見ています