1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. 日銀の黒田総裁の記者会見- 2019年度の展望

日銀の黒田総裁の記者会見- 2019年度の展望

2017年04月28日

はじめに

今回の記者会見では、「量的・質的金融緩和」の正常化に関する質問が比較的多く提示された。黒田総裁は、こうした質問に対して、従来に比べて丁寧な説明を行ったが、コミュニケーション政策如何というより、「量的・質的金融緩和」の基本的な考え方に関する日銀と市場やメディアとの間での理解の共有という根本的な領域に関わる問題が残るようにも感じられた。早速、内容を検討したい。

景気と物価の見通し

「正常化論」についての議論に入る前に、今回改訂された景気と物価の見通しの特徴を整理しておきたい。

黒田総裁が説明したように、政策委員会としては1月時点の見直しを概ね維持した。実際、修正点は、2017年度のインフレ率見通しの下方修正(+1.5%を+1.4%)と、2017年度から2018年度の成長率見通しの上方修正(+1.5%→+1.1%を+1.6%→+1.3%)に止まる。

もっとも、今回の見通しの本文(基本的見解)のトーンは、特に足許について幾分強気な印象を与えるものとなっている。具体的には、 海外経済の緩やかな回復に支えられて輸出が好転し、それが生産→設備投資という好循環に繋がりつつある点が指摘されているほか、労働需給の逼迫が再三にわたって強調され、次第に賃金圧力に転ずるとの展望が示されている。

もちろん、政策委員会全体としては、景気と物価の双方について、先行きのリスクが下方に傾いているとの評価や、主たるリスクの源泉が海外にあるとの見方を維持した。それでも、黒田総裁の説明によれば、中国発の金融経済ショックの発生といったいくつかのリスクシナリオの評価を引き下げたとみられる。

正常化に関する議論

冒頭に述べたように、今回の記者会見では、数名の記者が「量的・質的金融緩和」の「正常化」の道筋を黒田総裁に質した。読者の皆様はご承知のように、これまで黒田総裁は、こうした質問に対しては「時期尚早」との回答を行うことが多かった訳である。

こうした前例に照らすと、今回、黒田総裁は比較的丁寧な説明を行った。すなわち、黒田総裁は、具体的な「正常化」の戦略は、正常化を行う時点での景気や物価、金融の状況によって決められるべきものである点を強調した。このため、現時点で予想される戦略の内容を説明したとしても、将来の景気や物価、金融の状況によって決められる事後的な内容と異なるものとなる可能性が高く、従って市場をミスリードするリスクが大きいとした。こうして、現時点での具体的な戦略の説明に消極的な考え方を確認した。

改めて考えると、基調的インフレが依然として低位にあり、従ってインフレ目標の達成にまだ距離が残る中で、「正常化」を巡る議論に焦点が当たることには、確かに奇妙な面がある。その意味でも、現在の日本での「正常化」論も、米欧の中央銀行を巡る「正常化」論に影響されすぎている嫌いもある。その一方で、市場やメディアが現時点で「正常化」論を持ち出すことにも、単に足許の景気が良くなったからという以上に、一定の合理性も感じられる。

「量的・質的金融緩和」による物価目標の達成

市場やメディアが現時点で「正常化」を持ち出す背景の一つとして、「量的・質的金融緩和」による物価目標の達成に対する懐疑的な見方が根強いことが考えられる。そうした下では、日銀が景気見通しを上方修正すれば尚更に、懐疑的な見方に力を貸すことになるように思われる。

すなわち日銀は、今回の見通しの本文(基本的見解)で説明しているように、物価目標の達成を、①GDPギャップの縮小、②中長期のインフレ期待の改善、の二つのメカニズムに依存している。しかも、昨年9月の「総括的検証」の際に明示的に認めたように、わが国でのインフレ期待の形成には「適応的」な性格が強いため、②による物価の押し上げには時間を要することになる。しかも、今回の景気と物価の見通しが示唆するように、経済成長が相応に加速して、GDPギャップが縮小しても、①を通じた物価上昇への圧力は緩やかに止まることも認めている。

だとすれば、市場やメディアからは、景気見通しが好転しても、低インフレが続く結果、インフレ期待もなかなか好転しないといった悪循環に陥るリスクを意識する見方が生まれても変ではない。これに対し日銀は、今回の見通しの本文で、潜在成長率を上回るペースでの景気拡大が今後数年にわたって続くことで、結果としてGDPギャップが大きくプラスに転ずることで、実際のインフレ率が徐々に加速し、さらにそのことがインフレ期待を好転させるという好循環を展望している訳である。

このように、日銀と少なくとも一部の市場やメディアとの間には、「量的・質的金融緩和」による物価目標の達成メカニズムについて、基本的な意見の相違が根強く残っているように見える。

加えて、今回初めて日銀が公表した2019年度の景気や物価の見通しも、こうした見解の相違による影響を複雑にする可能性がある。なぜなら、政策委員会も2019年には景気が減速する可能性を認めているからであり、しかもその理由の一端が-政治的に不透明な消費増税による影響ではなく-設備投資の循環的な減速というファンダメンタルな理由だからである。

日銀の見方は、景気が減速しても、なお潜在成長率を上回るペースで推移するので、インフレは目標に向かって加速し続けるというものであるようだ。しかし、実際に景気に減速感が出る下で、本当に「正常化」を進めることができるかどうかには不透明性が残る訳である。

地政学リスク

今回の記者会見に関しては、アジアにおける地政学リスクの高まりに関する質問が散見されたことも付言しておくべきであろう。

黒田総裁は、仮定の話に対する具体的な言及は基本的に避けたが、この地政学リスクが当面残存すること自体は、残念ながら客観的に見て否定しがたいように思われる。その意味では、地政学リスクが何らかの形で顕在化した場合に、資金の支払いや決済の円滑な運行を維持するとともに、クロスボーダーの領域を含む主要な金融市場の安定をどのようにして保つかという課題は、日銀の執行部にとって、「量的・質的金融緩和」の「正常化」に向けた戦略とともに、水面下でしっかりと議論していくべきテーマとなったようだ。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

この執筆者の他の記事

井上哲也の他の記事一覧

このページを見た人はこんなページも見ています