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ECBのドラギ総裁の記者会見-Forward guidance

2017年04月28日

はじめに

このところ、欧州市場ではECBによる金融政策の「正常化」に関する議論が活発化するとともに、経済見通しの改訂を行う次回(6月)の政策理事会には、声明文の変更といったコミュニケーション面からの地ならしが開始されるとの思惑が拡大していた。このため、今回の記者会見でも「正常化」に関する質問が多く見られたことが印象的であった。早速内容を検討したい。

「正常化」論の背景

記者会見でのやり取りを具体的に検討する前に、欧州市場でこの議論が活発化してきた背景を整理しておきたい。

第一に、ユーロ圏の実体経済が堅調さを増し、ECBがこの点を再三にわたって強調していることである。実際、今回の記者会見の冒頭でドラギ総裁が説明したように、ユーロ圏全体としてみれば、所得と収益が増加を続ける中で、センチメントの好転した家計や企業による支出は堅調かつ広がりを持って拡大している。このため、政策理事会は、少なくとも景気に関してはダウンサイドリスクが後退したとの判断を示した訳である。

この点に関しては、フランス大統領選の一次投票がご覧のような結果となり、決選投票でEUおよびユーロからの離脱を標榜する候補が当選する可能性が低下したことも関連しているのであろう。ドラギ総裁自身は、今回の説明も含め、ECBの政策判断は政治情勢には左右されないとの立場を強調するはずである。しかし、政治イベントが金融経済に何らかの影響を持つ以上、その影響に対して必要な政策を講じることは当然のことである。

第二に、景気回復が明確化したことで、強力な金融緩和のコストやリスクがむしろ注目されるようになったことである。このうち国債買入れについては、ドイツのように、ECBによる割り当てに比べて市場規模が小さい国の場合、本年末にはECBによる国債保有シェアが4割に接近するといった点で、少なくとも市場の視点では市場機能低下への懸念が強まる。また、マイナス金利政策についても、家計向けの預金金利が事実上の下限に達する中で、貸出金利の継続的な低下が利鞘の圧迫を続けることは否定できない。

第三に、FRBのコミュニケーション政策が影響を与えている可能性もある。つまり、FRBは本年末ないし来年初とみられる「再投資政策の見直し」について、前回(3月)のFOMCから本格的議論を開始し、その内容を議事要旨等を通じて発信している。こうした対応は、おそらく2013年のQE縮小を巡る議論の経験を踏まえたものであろうが、欧州市場でも、本年末に目処を迎えるECBの資産買入れに見直しを指向するのであれば、早めに市場との対話を開始すべきとの考え方がみられる。

「地ならし」を巡る議論

このような背景の下で、今回の記者会見では「正常化」に向けた「地ならし」に関する質問が多数示された。具体的には、①今回の政策理事会で緩和バイアスに関する議論があったか、②同様にフォワードガイダンスに関する議論があったか、また利上げとの順番について考え方に変化はあるか、といった点が取り上げられた。

このうち、①については前回(3月)の政策理事会で取り上げられたことが議事要旨によって明らかになっている。一方、②に関しては、既に前回(3月)の政策理事会の時点で、EONIAの先物は来年春までにマイナス金利政策が縮小される可能性を織り込んでいた。しかも、今回の政策理事会前(4月6日)に開催されたECB Watcher Conferenceで、ドラギ総裁がフォワードガイダンスの副作用を議論したことも背景の一端となったようだ。

結論から言えば、ドラギ総裁は今回の記者会見では、これら2種類の質問に対していずれもNoと明言した。実際、今回の声明文には緩和バイアスもフォワードガイダンス(資産買入れ終了まで、政策金利を低位に維持するとのコミットメント)も従前の通りに残されている。

その理由についてドラギ総裁は、第一に、インフレ目標の達成に依然として不透明性が高いことを指摘した。実際、ユーロ圏では景気拡大が続く一方、インフレ率は、エネルギー価格の回復の効果を除けば、なお力強さを欠いている。ドラギ総裁も、失業率の低下→名目賃金の上昇といったプラスのメカニズムはなお期待できるが、基調的インフレ率は年率1%前後と停滞感が根強いほか、短期の見通しも芳しくないことを認めている。

第二に、堅調さと広がりを伴う景気拡大も、実はECBによる金融緩和によって支えられているとの判断である。今回の記者会見でも、ドラギ裁は声明文の当該箇所を強調して説明したほか、記者からの再三の質問に回答する際にも、このような考え方に言及した訳である。

このように「正常化」を促す質問が多数であった一方で、過去の局面に基づき、ECBは利上げを急ぎすぎる傾向があるとの指摘が散見されたことも興味深かった。これに対してドラギ総裁は、過去とは金融経済の局面が異なることを強調するとともに、ECBは今回の「正常化」に際しては、物価目標の達成との関連で政策判断を行う方針を確認した。

フォワードガイダンスの再検討

ドラギ総裁が再三否定するにも拘らず、記者だけでなく市場でも資産買入れの終了前に利上げに着手する-従って、現在のフォワードガイダンスを放棄する-との意見が根強いことの背景には、マイナス金利を縮小して欲しいという金融業界からの願望もあるように思われる。実際、先に述べたEONIA先物も、マイナス金利政策を急速に正常化することではなく、段階的な縮小を織り込んでいる訳である。

その一方で、本当に資産買入れを終了する前から利上げを行った場合、イールドカーブの一層のフラット化を招く可能性もある。そうなれば、マイナス金利の縮小によって金融機関が収益面のメリットを享受したとしても、少なくともその一部を別な要因で喪失することになりかねない。

ECBにとっても、利上げを進める下で買い入れた国債には、後でキャピタル・ロスが生じやすい点では避けたい選択肢であろう。一方で、資産買入れが域内に残る金融システム問題の顕在化を少なくとも結果的に抑制しているとすれば、その効果を維持できる点ではメリットがあると考えることもできるかもしれない。

いずれにせよ、ドラギ総裁自身が先に述べた講演で示唆しているように、フォワードガイダンスだけを取り出して検討するのでなく、金融緩和の枠組みの一部として総合的に検討されるべきであると考えられる。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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