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ECBの3月の政策理事会の議事要旨-Premature

2017年04月07日

はじめに

ECBの前回(3月)の政策理事会は外見上は「無風」であった。しかし、今回公表された議事要旨には、物価を中心に活発な議論が行われたことや、域内の国債市場で顕現化しつつある問題についても興味深い分析が示されたことが示されている。今後の政策運営に対する意味合いを中心に内容を検討したい。

金融経済情勢の判断

今回公表された議事要旨には、3月の政策理事会において、域内経済の回復がより堅調で広範囲なものとなっているとの言及が度々みられるが、この点自体は、政策理事会直後のドラギ総裁の記者会見で既に明らかになっている。

より重要なのは物価に関する議論である。すなわち、足許でのHICPインフレ率の加速が、原油価格下落の水準効果の剥落と食料品価格の上昇による点が強調され、しかも、これらの先行きに不透明性が高いことが指摘されている。さらに、ドラギ総裁も記者会見で述べたが、エネルギーと食品を除いたHICPインフレ率は+0.9%に過ぎず、インフレ期待にも大きな変化がみられないなど、インフレの基調は強くないとの評価が示されている。

これに対しては、ECBのインフレ目標はあくまでHICP総合であるとか、エネルギーと食品を除いたHICPインフレ率には長期にわたって下方バイアスがあり、1999年以降の平均も+1.4%に過ぎないという興味深い反論も示されている。ただ、少なくとも議事要旨の記述の分量から見る限り、総合インフレ率の顕著な改善をデフレリスクの低下と歓迎した前々回の政策理事会のトーンとはかなり異なる印象を受ける。

物価に関しては賃金も焦点となったようだ。つまり、インフレ率が目標に向かって徐々に伸びを高める上では、賃金の上昇が重要な前提となることが指摘されている。その上で、失業率の改善傾向が鈍化するリスクが取り上げられ、従って物価見通しについてやや楽観的ではないかとの指摘がみられる。

この点を含め、今回の議事要旨には、ECBスタッフによる見通しの妥当性に疑問を呈する指摘が散見されることも注目される。例えば、労働市場の改善→賃金上昇→インフレ加速というメカニズムについても、労働市場の改善傾向の持続性だけでなく、賃金上昇からインフレへのsecond round effectの点でも、賃金交渉のラグだけでなく、indexationの見直し等による構造的変化の影響も含めて、従来と異なるインパクトを想定すべきとの意見がみられる。さらに、ユーロ圏経済の牽引車である個人消費の持続性にも、インフレ率が上昇すれば実質所得の減少を通じて下押しするはずとの疑念が示されている。

政策運営とそのコミュニケーション

このように政策理事会の議論が物価を中心に慎重化した背景には、もちろん、ユーロ圏の景気回復が決して一様でないことに伴う政策理事会メンバー間での意見対立があることは明らかである。

同時に、この点は政策運営に関するコミュニケーションを巡る対立にも関わるように思われる。実際、前々回の政策理事会以降、市場では、ECBによる本年末までの資産買入れ(毎月600億ユーロ)のコミットメントについて、中途で見直しされる可能性が議論されるようになった。しかも、EONIAの先物金利を見る限り、資産買入れの終了後に政策金利を見直すというECBのフォワードガイダンスにも拘わらず、来年春までにはマイナス金利が緩和されるとの思惑が急速に広まった訳である。

これに対しては、ドラギ総裁も記者会見で反論を行ったところである。その上で、今回公表された議事要旨でも、プラート理事が執行部説明の中で、インフレ目標の達成には強力な金融緩和の継続が前提であること、景気や物価の見通しには依然として下方リスクが残ること、足許の物価上昇は一時的要因によること、といった点を指摘し、現在の政策運営スタンスを確認することの重要性を強調し、政策理事会メンバーの広範な支持をえたことが明らかになっている。

また、声明文に残されている政策運営の下方バイアスについても、いま除去すれば長期金利の上昇を招き、物価目標の達成に必要なfinancial conditionの維持を難しくするとの理由で、除去はprematureとの結論に至ったことが明らかになっている。

このように、今回の政策理事会ではファンダメンタルズに関する評価に加え、政策運営に関するコミュニケーションの面でも、前々回のメッセージに対してやや巻き戻しがなされたとの印象を与えるものになっている。

国債市場の流動性

今回の議事要旨の冒頭で、クーレ理事は前々回の政策理事会以降、ユーロ圏全体の国債のイールドカーブと、そのうちAAA格の国債のイールドカーブが双方ともsteepeningしたが、前者はlongendの金利上昇、後者はshortendの金利低下という各々異なる要因によると整理した。

その上で、後者の要因として、①安全資産への逃避傾向がBrexitや米大統領選によって定着、②ECBとの取引関係のない主体(ファンドやCCPなど)による担保ニーズの拡大、③市場におけるマーケットメイク機能の低下、④ECB自身による国債買入れ(特に預金ファシリティ金利以下の利回りの債券買入れ)、の4点を挙げた。加えて、OIS金利とドイツの短期国債の金利が拡大した点や、月末や期末に問題が深刻化する事実も付言した。

一方でクーレ理事は、レポ市場の金利は安定を維持し、ECBのlending facilityが効果を有していることや、ECBによる巨額の超過準備の供給により、国債市場の流動性に関するストレスが短期市場に波及しにくくなっている点も強調している。これらを踏まえると、ECBは国債市場の流動性低下を認識しつつ、1)要因の多くにECBとして対応できない、2)短期市場への波及など深刻な事態にはない、といった評価を下していると推察される。

もっとも、これらの議論はユーロ圏を全体としてみた場合の話でもある。そもそもクーレ理事の説明から明らかなように、市場流動性の低下はドイツを含むAAA格諸国の市場で顕在化している。しかも、これらの国々の視点に立てば、ECBによる国債買入れや取引先政策の見直しによって緩和しうる面もある。

上にみた物価や景気の判断に基づく意見の対立だけでなく、こうした「技術的側面」に関する理解もまた、ECBによる資産買入れの運営を巡る政策理事会メンバーの議論に影響を及ぼしうることは言うまでもない。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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