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G20財務大臣・中央銀行総裁会議- Free TradeとFair Trade

2017年03月21日

はじめに

週末にドイツで開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議は、結局、「あらゆる保護貿易を拒否する」との文言を削除したコミュニケを公表して終了した。もっとも、興味深いことに、この点に関する内外メディアの事前報道の割には、会議の参加者からの発言は総じて抑制的な印象を受ける。

この点も含めて、今回の会合の議論について、参加国の経済政策との関連を踏まえつつその意味合いを検討したい。

コミュニケの変更とトランプ政権の考え方

今回のコミュニケの中で、マクロ経済政策に関する記述は基本的に第1パラグラフに集約されている。上記の文言は、前回会合(2016年7月:中国)のコミュニケでは、為替レートの競争的な切り下げ等を行わないとの記述の直後にあったが、今回は削除された訳である。一方で、①貿易が経済活動の強化に資するよう努力していること、②経済成長の追求にあたり、過度な不均衡を縮小し、inclusivenessとfairnessを促進し、格差を縮小するよう努力する、との内容が付加されている。

通商問題に関するこれまでの発言を踏まえると、トランプ政権の不満は、上記の②に示された点、つまり主要な貿易相手国に対して大きな赤字の状態にあるという意味で、米国にとって貿易がfairnessを欠くというものであると理解できる。実際、トランプ大統領は、メルケル首相との個別会談に先立って同趣旨のコメントを行ったことが報道されている。その意味では、削除された文言だけでなく、付加された文言も相応の意味を持つと考えられる。

加えて、今回の会合の米国代表の一角を占めるムニューチン財務長官も、free trade自体への反対を示唆しているわけでなく、上記①のように国内経済への貢献に対する役割を重視していることを考えれば、トランプ政権は、米国と主要な貿易相手国とが本当にfree tradeを行えば、米国にとってfairな結果が生ずるはずとの考えにあることも推察される。

米国にとってunfairな結果を過去分まで取り返そうとすれば、そのための政策は保護主義的な色彩を帯び得る。そうした余地を残す上で、米国にとって「あらゆる保護貿易を拒否する」との文言は、ムニューチン財務長官が言うように最早「不適切」となった訳である。

米国の政策形成の現状と他国の配慮

内外の主要メディアによる報道によれば、フランスのSapin財務大臣に代表されるように欧州諸国を中心として、今回のコミュニケの修正に対する批判なコメントが目立っており、こうした批判は十分に予想されたことであった。

米国からみても、通商政策の変更をG20のようなmulti-lateralの場に持ち出すことが得策ではないことは言うまでもない。なぜなら、米国は主要な相手国のほとんどに対して巨額の貿易赤字を抱えているだけに、それを通商政策で調整しようとすれば-特に過去分に遡って便益を取り返そうとすれば-会議の参加国の殆どを「敵」に回すことになるからである。この点は、トランプ政権の通商政策がmulti-lateralな会合によるのではなく、個別国とのbi-lateralな交渉を活用しようとしていることと整合的でもある。

ところが、興味深いことに、今回の会合後には米国の状況に配慮するような発言もみられる。例えば、ホスト国であるドイツのショイブレ財務大臣は、会合後の記者会見で、米国のムニューチン財務長官が、今回の会合に臨む上でトランプ大統領から交渉のマンデートを与えられていなかったとの見方を示し、そうであれば回答を求めすぎるべきではないとの考えを述べた。また、英国のハモンド財務大臣も、現時点で厳しい回答(hard answer)を求めると、良い答えを得ることは難しいとコメントし、少なくとも米国に猶予を与えるべきとの考え方を示した。

これらが示唆する状況が正しいとすると、米国側の現状に関して二つの可能性が考えられる。第一に、トランプ大統領が、少なくとも通商政策に関してトップダウンで対応を指揮する状況となっていることである。第二に、トランプ政権内で通商政策の具体的戦略が固まっておらず、現時点で何らかの合意にコミットすることが難しい状況にあることである。そのいずれなのか両方であるのかは現時点では判然とせず、まさに時間が明らかにすることになるのであろう。

もちろん、こうした独英のコメントに示唆されるG20参加者のスタンスは、米国に対する「思いやり」のみで行われたわけでもなかろう。ホスト国であるドイツには、秋のサミットに向けて最初から対立点ばかりが目立つ展開を避けるインセンティブがあろう。意見の対立の先鋭化が国際金融市場の不安を招く事態は、ホスト国以外の参加国にとっても、もちろん避けたい事態である。

さらに、Brexitを控えて米国とのbi-lateralな通商協定を指向する英国の場合はなおさらに、G20で米国との対立を避けるインセン ティブが存在する。この点に関して、一部の欧米メディアが日本も米国をサポートする上で貢献したとの報道を行っていることは興味深い。この点は、少なくとも現時点では、日本側関係者のコメントなどからは必ずしも判然としない。ただ、英国と同じように、日本にも米国との良好な関係を維持することへの大きなインセンティブが存在すること自体は明らかであろう。

最後に、本テーマの主役の一角である中国にも注目しておきたい。トランプ政権の成立後、中国は保護主義の批判を強めており、欧米メディアによれば、中国は今回の会合でこうした原則の維持に向けた主張を最も強く行った国の一つとされている。

通商政策の対立が国際貿易の縮小や為替レートの不安定化をもたらすといった事態を避けることは、中国にとって極めて重要な課題である。もっとも、米国では、WTO加盟によって国際貿易に直接的に参加するようになって以降、中国が国内での保護主義的な政策によって、unfairな形で便益を享受したとの見方を示されることが少なくない。実際、トランプ政権が通商政策の面で、少なくともこれまでのところ中国に対して厳しい姿勢を示していることとも整合的である。

もちろん、中国政府の通商政策も将来に向けても顕著に変化することが考えられる。しかし、少なくとも現時点で、中国の通商政策のfairnessに対して、米国のみならず他のG20諸国も相応の課題を認識しているのであれば、トランプ政権による通商政策だけを批判しても、グローバルな不均衡の是正には繋がらないとの推論が導かれる。この点もまた、今回のG20で米国対その他という構図が過度に先鋭化しなかった理由の一つかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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