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日銀の黒田総裁の記者会見- イールドカーブコントロール再論

2017年03月17日

はじめに

今回の金融政策決定会合は、日本時間で同日の早朝に開催されたFOMCに比べて注目度が低かった面は否定できないし、黒田総裁の定例会見の中でも米国の利上げの影響を問う質問も少なくなかった。

それでも、記者の質問が集中したイールドカーブ・コントロール(YCC)に関しては、今後の運営を考える上での参考となる議論も行われた。いつものように記者会見の内容を検討したい。

金融経済情勢の判断

今回の声明文を見る限り、政策委員会のメンバーは国内経済に関する評価をほとんど不変に維持したようだ。実際、黒田総裁も記者会見の中で、国内景気が概ね前回(1月)の見通しに沿った動きとなっているとの評価を示した。

インフレに関しては、見通しに沿った動きとなっている面と、そうでない面が混在しているようだ。つまり、原油価格による水準効果の剥落に伴って、総合インフレ率は予想通りに上昇しているが、多様な指標を見ても、基調的インフレ率は低位に止まっている。景気が比較的堅調であるだけに需給ギャップは縮小を続けているとみられるが、インフレ期待が依然として低位であることや、そうした期待の形成が適合的である面が強いといった構造要因が関係していることが示唆される。

これらを踏まえ、黒田総裁は、インフレ目標の達成になお時間を要するだけに、日銀として現在の金融緩和政策の維持にコミットすることを確認した。

イールドカーブ・コントロール

興味深いことに、国内市場では、日銀が本年中のどこかで10年国債利回りの操作目標の引き上げに踏み切るのではないかとの思惑がみられる。それだけに、今回の記者会見でも、YCCに多くの質問が集中したのも無理もないと言える。

まず、記者からは、海外経済や海外市場に基因する金利上昇圧力が国内に波及した場合、日銀が10年国債利回りの誘導目標を引き上げるかどうかについての複数の質問がなされた。

これに対し、黒田総裁はそうした可能性を明確に否定するとともに、操作目標を引き上げるとすれば、あくまでもインフレ見通しの変化によることを強調した。つまり、インフレ見通しの顕著な改善がない限り、日銀は操作目標を引き上げないということである。

加えて黒田総裁は、10年国債利回りの誘導目標は、O/Nの政策金利のような正確な調節は難しいとしても、ある程度のレンジの範囲にコントロールすることは可能であり、かつ実際にできているとして、運営面での自信も示した。

続いて、より根本的な問題として、記者からは、10年国債利回りの誘導目標の運営に関して、日銀が条件に関する理解を市場と共有してはどうかとの提案も示された。

しかし、黒田総裁はその実現性に疑問を示し、具体的な条件を共有することは困難との考えを示唆した。つまり、10年国債利回りの操作目標を変更するには、基調的なインフレの動きを把握する必要があるが、その多くは数量化しにくいためである。実際、黒田総裁は、基調的インフレの把握に際しては需給ギャップや中長期のインフレ期待が重要との考えを示した。

YCCの焦点である10年国債利回りの誘導目標の操作に関するこれらの議論は合理的である一方、YCCを含む現在の金融緩和を巡る課題を浮き彫りにしている面もある。

第一に均衡イールドカーブと実際の操作目標との関係である。理論的には、日銀は均衡に沿った形で操作目標を設定することが考えられる。一方で、操作目標を低位に設定するほど、金融緩和度合いが強いとの議論もみられる。これは、伝統的金融政策の枠組みにおいて、短期の政策金利を中立金利との対比で下げれば下げるほど金融緩和の度合いが強いというのと似ている。

第二に金利政策と量的緩和政策との整合性である。日銀は、YCCを導入した当初は、ネットで80兆円程度の国債を買い入れ続けることが、10年国債利回りを操作目標近辺に維持する上で、必要にして十分との議論を展開していた。しかし、同じ操作目標を維持しようとしても、日々の市場環境等によって、日銀が買い入れなければならない国債の金額は変動しうる。

例えば、米国債のre-pricingによって日本国債の利回りに上昇圧力が生じた場合に、操作目標を維持しようとすれば、日銀はより多くの金額の国債を買入れる必要が生ずるであろう。確かに、少なくとも実績に基づけば、日銀が金利政策によりウエイトを置く傾向がある点も、市場は相応に理解している。それでも、市場は、日銀がどの程度の柔軟性を許容するかはわからない。

第三にO/Nの政策金利と10年国債利回りの誘導目標との連動性である。実際、記者がこの点を取り上げたのに対し、黒田総裁はマイナス金利の運営に際しては、経済・物価・金融の三つの状況に照らして判断すると説明した。その上で、最後の金融に関しては、幅広い金融機関に対する収益面の影響を含むことを確認した。

こうした黒田総裁のコメントを踏まえると、日銀は10年国債利回りの誘導目標を必ずしも変えなくても、O/Nの政策金利を変更することは可能との理解にあることも考えられる。しかし、もしそうだとすると、O/Nの政策金利から10年国債利回りの操作目標に至るイールドカーブと、均衡イールドカーブとの関係へと問題は再び最初に戻ることになる。

ドイツでのG20財務相・中央銀行総裁会議

表記の会合を間近に控え、今回の記者会見では議論の焦点についての質問もいくつかみられた。もちろん、黒田総裁はこうした質問に正面から答えることはなかったが、その上で、日本政府として、通貨の競争的切り下げや保護主義的な通商政策に反対の立場であることに変わりがない点を確認した。

記者がこうした問題を取り上げるのにも、もっともな理由はある。つまり、会合を前に、欧米メディアの間ではコミュニケから上記のような趣旨の表現が脱落するのではないかとの思惑が広がっている訳である。もちろん、コミュニケの文章が本当に大きく変わるようであれば、今回のように太平洋の双方で金融政策を決定することよりも、市場にはるかに大きな影響をもたらすことも考えうる。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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