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ECBのドラギ総裁の記者会見- Lost sense of urgency

2017年03月10日

はじめに

ECBは今回の政策理事会で金融政策の現状維持を決めた。また、市場の一部で予想されていたフォワードガイダンスの変更もなされなかった。それでも、景気や物価の見通しの上方修正に加え、金融緩和バイアスの後退もあって、総じてみればややhawkishな印象を与えるものとなった。ドラギ総裁による記者会見での説明を踏まえつつ、その意味合いを検討したい。

金融経済情勢の判断

今回の声明文に示された金融経済情勢の判断は前回(1月)と大きく変わるものではなく、要するに地域と産業の双方の面で回復の動きが広がりを持っているとの理解である。その上で興味深いことに、ドラギ総裁は、最初の質問に対する回答の機会を利用して、今回の政策理事会において2014年以降の金融緩和の効果が確認されたと述べた。

具体的な証拠として、ドラギ総裁は、①2014年以降は毎四半期の実質GDP成長率(前期比)が概ね+0.3~+0.6%のレンジ内で安定している、②企業や家計のセンチメントは2011年以来の高水準に回復した、③PMIも2011年以来の水準に上昇した、④ボトムとの対比で400万人以上の雇用が回復した、⑤貸出金利の低下も含めfinancial conditionが顕著に緩和したといった事実が、政策理事会で取り上げられたと述べた。

この間、ECBの執行部による実質GDPの見通しは、2017年から2019年にかけて+1.8%→+1.7%→+1.6%とされ、前回(12月)が2017年から2018年にかけて+1.7%→1.6%であったのに対して若干の上方修正に止まった。しかし、こうした成長ペースはユーロ圏の潜在成長率(欧州委員会の直近の推計では+1.2%)を明確に上回ることに注意すべきであろう。

景気に関するやや強気な見方に比べると、ドラギ総裁もインフレに関しては慎重な見方を維持した。つまり、先月のHICPインフレ率(総合)は2013年1月以来の+2.0%に加速したが、これはエネルギーと食料品の価格上昇による面が大きい点を強調するとともに、基調的インフレ率は依然として低い(先月のHICPインフレ率(コア)は+0.9%)ことを確認した。今後についても、強力な金融緩和の下で、景気拡大によってslacknessが徐々に縮小することに伴う緩やかな加速という見方を6維持した。

ECBの執行部によるHICPインフレ率の見通しは、2017年から2019年にかけて+1.7%→+1.6%→+1.7%とされ、前回(12月)は2017年から2018年が+1.3%→+1.5%であったのに比べて上方修正になっている。しかし、ドラギ総裁は、2017年については先に述べた一時的要因の影響が大きい点を示唆した。

金融政策の判断

その上で、金融政策の運営に関する判断は、景気判断と同様にややhawkishな印象を与えるものとなった。

第一に、ドラギ総裁は、上に見た最初の質問への回答の末尾で、景気のリスクバランスが改善したと指摘した上で、これまで声明文に含まれていた一文(「政策目標のために必要になれば、政策理事会は利用可能な全ての手段を行使する」)を今回は削除したことを説明した。そして、その理由については、さらなる金融緩和を講ずるための「切迫感がなくなった(lost its sense of urgency)」ためであるとした。

第二に、ECBが銀行貸出の促進のために行ってきたTLTRO IIが今月分で当初の予定を終えるのに対し、今回の政策理事会では延長を巡る議論が全くなかったことを指摘した。この点に関しては、一部の記者からユーロ圏で再びストレスが高まった場合に再開する余地を問う質問もあり、ドラギ総裁は金融経済状況が悪化した場合に再開することに何らの支障がないことを確認しつつも、今回の政策理事会で何らの議論がなかったことが金融システムに関する現在の評価を示唆するものであるとの理解も強調した。

その一方で、今回の政策理事会はフォワードガイダンスの見直しにまで踏み込むことはなかった。つまり、市場の一部では、声明文の中にある「資産買入れの終了後も政策金利を現在ないしそれ以下の水準に保つ」とする表現が変更されるとの思惑があったが、今回は以前と同じく維持された。

それでも、ドラギ総裁は、先に見た最初の質問に対する長い回答の中で、今回の政策委員会ではこの部分に関する議論があったことも示唆した。加えて、別な記者の質問に対しては、こうした表現が政策理事会の「予想」であることを強調し、コミットメントとしての性格をやや弱める理解を示唆した。

興味深かったのは、ドラギ総裁がこのようにややhawkishなトーンで説明しても、少なくともファンダメンタルズの観点からは記者から批判的な指摘がみられなかったことである。実際、景気や物価に関する下方リスクを取り上げる質問も、殆どは域内国の選挙結果を含む地政学的要因を念頭に置くものであった。

その背景としては、欧州の市場やメディアの間で、ユーロ圏全体としてみた景気回復に一定のコンセンサスが存在することが考えられる。加えて、前回(1月)の政策理事会の議事要旨によって、ECBは物価にも相応に自信を持っているが、それが金融市場に大きなインパクトを与えないよう慎重なコミュニケーションを行う意図を持っていることが明らかになっている事実も、相応に影響しているのかもしれない。

国際会議への対応

今回の記者会見では、今後に予定されている主要な国際会議へのECBの対応に関する質問も散見された。

日経を含む数名の記者は、ドイツで開催されるG20において、為替政策に関する共同声明に変化が見込まれるかどうかを質した。これに対しドラギ総裁は直接的な回答は避けたが、戦略的な通貨切り下げを行わないというコミットメントが、自由な貿易とともに世界経済の成長に貢献したとし、声明文の変更の動きを牽制した。

また、別の数名の記者が、現地時間夜に開催される欧州理事会を念頭に"multi-speed Europe"を巡る議論についてコメントを求めたのに対し、ドラギ総裁は、この点に関しても政治プロセスであるとして直接的なコメントは避けた。一方で、こうした問題の解決にはsupranationalな対応が必要であると指摘するとともに、SGPやESM、SSMなど既にそうした方向での取組みがいくつもなされている点を含め、ユーロは不可逆(irrevocable)なプロセスであるとの考えを確認した。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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