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イエレン議長の講演とFOMCによる利上げ戦略

2017年03月06日

はじめに

地区連銀総裁による一連の利上げ支持発言に加え、先週はNY連銀のダドリー総裁やブレイナード理事がこれに続き、最後にイエレン議長とフィッシャー副議長がダメ押しのメッセージを発したことで、市場では3月FOMCでの利上げ予想が急激に上昇した。今や、FOMCメンバーがここまで明確な発言を行う以上、利上げの蓋然性を議論する段階ではなくなったようだ。

それでも、FRBによるこうしたコミュニケーションの変化や3月以降の利上げに向けたロジックを考え直すことは引続き重要である。イエレン議長による3月3日の講演内容を参照しながら、これらの点を考えることとしたい。

FRBによるコミュニケーションの変化とその背景

今回のコミュニケーションに関して注目されるのは、早期の利上げを示唆する発言が短期間に集中して行われた点である。しかも、1月FOMCの議事要旨の公表後でもある。その意味では、FOMCが議事要旨に込めたメッセージ(fairly soon)が市場に上手く共有されなかったために、より踏み込んだメッセージの伝達が必要となったことが考えられる。

実際、FOMCメンバーや地区連銀総裁の講演日程の多くは予め決まっているであろうが、具体的な内容には相応の柔軟性もある。また、今回のダドリー総裁も含めて、メディアのインタビューという機動的手段を活用することもできる。

もっとも、前回の本コラムで検討したように、1月の議事要旨にはFOMCメンバーの慎重なスタンスを示唆する記述も少なくなかった。つまり、雇用や物価の改善が底堅いという評価も12月FOMCの議事要旨と大きく違うものではなかったし、企業や家計におけるマインドの改善も、実際の支出行動に繋がる上での不透明性も指摘されていた。

加えて、1月の議事要旨では、FOMCメンバーが足許の金融経済情勢の評価を踏まえて、景気や物価の見通しを(12月FOMCの際のSEPから)変えていないことが示唆されていた。このため、市場も筆者も早期利上げという印象を受けなかった訳である。

その意味で大変興味深いことは、今回のイエレン議長による講演は、「今月下旬の会合で、雇用と物価が(FOMCによる)予想通りに推移していることが確認されれば、利上げが適切であろう」という考え方を明確に示していることである(13ページ第1パラグラフ)。

こうしたロジックのギャップを埋めるための一つの仮説は、3月に利上げに踏み切ったとしても、FOMCによるその後の利上げ戦略には変化がないというものであろう。

実際、イエレン議長も今回の講演で、FOMCメンバーによる予想のmedianが年内3回(合計75bp)の利上げであることを確認している(12ページ第3パラグラフ:ただし、12月FOMC後の記者会見ではイエレン議長はこの点を強調しないように努めたことも事実である)。また、前回の本コラムで取り上げたように、1月FOMCの議事要旨には、年1~2回程度しか利上げしないとの市場の見方を修正する必要を指摘する議論もみられた訳である。

6月まで待たずに3月に利上げに踏み切る場合の理由も、こうしたコミュニケーション上の必要性に関連付けることも可能である。イエレン議長は、予て強調してきた点ではあるが、利上げを不適切に遅延させることが、後になって加速的な利上げを余儀なくし、結果的に金融経済にダメージを与えるリスクについて、今回の講演でも確認している。

実際問題として、FOMCメンバーを含むFRB高官が上記のように早期利上げを示唆する発言を繰り返しても、短期市場や中期債の利回り以外には目立った影響が現れないことは、市場の大勢もこの仮説に沿った理解にあることが考えられる。

利上げ戦略の変化の可能性

しかし、先に見たギャップを説明する上では、もう一つの仮説も考えることができる。それは、FOMCによる利上げ戦略が変化しつつある可能性である。

イエレン議長による今回の講演は、2014年にQE3を停止して以降の2年間、FOMCによる事前のdot chartの示唆する内容とは大きく異なり、結果として年1回づつの利上げしかできなかったことの理由を巡る議論に大半が割かれている。それは、言うまでもなく海外経済や原油価格、ドル相場などの外部要因が予想外の展開を示したことと、金融危機後の米国経済の構造変化(例えば、企業の支出行動や労働参加率)を適切に理解できなかったことであるとされている。

その上でイエレン議長は、国内外でこのようなインパクトを持つ要因が生ずるリスクが低下した以上、金融緩和の縮小のペースは2015~16年と同じようなものではないとの見方を、講演の冒頭と最後で2回述べて強調している(1ページ第3パラグラフ、15ページ第1パラグラフ)。

もちろん、2017年の利上げ回数が2015~16年のように年1回ではないと言っているだけであるし、金融経済環境が変われば利上げペースが異なるとしても、それは政策反応関数の変化を意味するものではない。それでも、イエレン議長の下でのFOMCにはdovishなバイアスがあったために利上げが抑制されたとの解釈を打ち消そうとする意図は感じられる。

加えて、今回の講演では、中立的な政策金利も徐々に上昇するとの見方が指摘されている。これも新たな論点ではないし、筆者も(中立的な政策金利と密接に関わる)潜在成長率が顕著に改善することには懐疑的であるが、イエレン議長が示唆するように本当に中立的政策金利が改善していくのであれば、同じ緩和度合いを維持するためだけでも、利上げが正当化されることになる。

フォワードガイダンスの運営

3月利上げを巡る議論に関しては、利上げを巡るフォワードガイダンスの面でも考えておくべき点があるように思われる。

イエレン議長は今回の講演の中で、フォワードガイダンスが政策金利のゼロ制約の下で有効な手段であったことを確認している(5ページ第2パラグラフ)。しかし逆にみれば、利上げによって政策金利が徐々に上昇すれば、フォワードガイダンスの意義は低下し、金融経済環境の変化に柔軟に対応する上でむしろ制約になっていくことも考えられる。その意味では、今回のような利上げの「織り込ませ」がいつまで繰り返されるか興味深いし、FRBが既にサンプルを公表したfan chartの導入と関連付けて考える必要もあろうが、フォワードガイダンスからの円滑な撤退には、dot chartの見直しという難しい問題も残ることも事実である。

Writer’s Profile

井上哲也

井上哲也Tetsuya Inoue

金融ITイノベーション研究部
部長
専門:中央銀行、国際金融

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