1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. ECBの政策理事会(1月)のAccounts-Second …

ECBの政策理事会(1月)のAccounts-Second round effect

2017年02月17日

はじめに

ECBは1月の政策理事会で金融政策の現状維持を決めたが、今回公表されたAccount(議事要旨)は、物価の評価やコミュニケーション政策、国債買入れの運営に関して興味深い議論が行われたことを明らかにしている。いつものように内容を検討したい。

景気と物価に関する議論

政策理事会の幅広いメンバーは、①ユーロ圏の景気が、個人消費の堅調な拡大と設備投資の循環的な増加によって、広範なセンチメントの好転を伴いつつ堅実な(firming)ものとなった、②物価は足許で上昇率を高めたが、エネルギー価格の水準効果の剥落による面が大きく、基調的インフレの改善は見られない、との評価(執行部を代表してプラート理事が説明)を支持した。ただし、これらは政策理事会直後にドラギ総裁が記者会見で説明した内容であり、必ずしも新味はない。

その上で、ユーロ圏はこれまで世界経済の脆弱性の原因とされてきたが、今や外的ショックに対する頑健性を示すに至ったとの指摘や、デフレリスクをヘッジするオプションの需要が低下したことは、市場でデフレリスクが眼中になくなったことを示唆する、といった指摘が見られ、少なくとも全体としては、政策理事会にやや楽観的なムードが漂ったことも推察できる。

実際、ドラギ総裁が政策委員会直後の記者会見で確認したように、ECBは景気や物価のダウンサイド・リスクを依然として意識しているが、その潜在的根源は海外経済を想定しており、逆に言えば、ユーロ圏自身が自律的にダウンサイド・リスクを生み出す可能性は低下したとの見方を示唆している。この点は、金融市場が、今後の主要国での政治イベントの結果や一部国の金融システム問題を含め、ユーロ圏発のダウンサイド・リスクにも相応のウエイトをおいていうことと対照的な面もある。

さらに、今回の議事要旨で景気や物価の判断に関して興味深かったのは、第一に、ユーロ圏の実質GDP成長率がさらに加速しうるか否かに関する議論である。議事要旨によれば、潜在成長率が低下しているため、経済成長率は総供給側から制約を受けやすくなっているとの見方と、潜在成長率の推計には大きな不透明性があり、実際はより多くのslacknessが残存するので、総供給の制約はそこまでbindingではないとする見方に分かれたとされる。

第二に、基調的インフレにとって重要な賃金に関する議論である。議事要旨によれば、賃金の先行きを考える上で、1) ユーロ圏諸国では賃金決定プロセスは概ねバックワードルッキングである、2) 賃金交渉の日程は重要だが、近年は交渉期間や適用期間が長期化した結果、物価から賃金へのsecond-round effectはより長期のラグを伴いうる、3) 労働市場改革や非集権的な賃金交渉の拡大はフィリップスカーブの形状を変化させうる、4) 賃金の先行きは、統計的な捕捉の困難なslacknessの状況に依存する、5) ユーロ圏各国での賃金動向を、ユニットレーバーコストも含めて詳細に調査する必要がある、といった点が指摘された。

いずれの議論も、日本の景気や物価を展望する上でのポイントと共通する面があることは言うまでもない。

コミュニケーション政策

最初の執行部説明で、プラート理事は、足許でのインフレの加速もエネルギー価格の水準効果の剥落による面が大きく、これらが一時的と判断された場合は、中長期的な意味合いを持たない点を強調することが重要であると指摘した。併せて、景気や物価の見通しが再び不芳になったり、financial conditionが景気や物価の見通しと整合的でなくなった場合、ECBは資産買入れの規模や期間を拡大する用意があることを確認することが重要であることも強調した。

こうした考え方は、政策理事会メンバーによる自由討議でも支持され、同様なスタンスで臨んだ前回(12月)の政策理事会後も、市場が資産買入れの見直しの趣旨を適切に理解し、冷静に対応することに繋がったとの評価が示された。

しかし、政策運営に関する慎重なコミュニケーションは、先に見た景気や物価に対するよりポジティブな見方と必ずしも整合的ではない。この点は、政策理事会メンバーも当然に理解しているはずであり、従って、こうしたコミュニケーション政策はある種の「確信犯」と推察される。その理由の一つとして、ECBが景気や物価の情勢判断を自らが好転させたことが、市場の反応を通じて長期金利や為替レートに大きな影響を及ぼす事態を避ける意図があったことが考えられる。

そして、今回の議事要旨が明らかにしているように、こうしたコミュニケーション政策はその後も維持されている。

国債買入れの運営に関する議論

今回の議事要旨によれば、政策理事会での国債買入れに関する議論は、上に見た景気や物価に関する議論よりも反対意見が強く、コンセンサスの形成が難しかったことが推察される。

つまり、最初の執行部説明(クーレ理事)は、前回(12月)の政策理事会で決定した資産買入れの変更のうち、預金ファシリティの金利(現在は-40bp)以下の利回りの国債も買入れ対象とした点について、実際の運用は、①こうした国債の買入れ額を最小化する、②ECBへの出資比率に基づく各国国債の買入れ額の配分を優先する、という二条件を提示した。しかし、これに対しては、イールドカーブの形状への影響も含め、政策理事会メンバーから様々な賛成と反対の意見が示されたとされている。

その後の議論では、二つの条件の相対的なウエイトが重要であることが確認された上で、各国の国債買入れは、出資比率に基づく割り振りからの乖離を最小化しつつ、それらから短期的に乖離することも可能かつ不可避との指摘がなされた。そして最終的には、あくまで原則としては預金ファシリティの金利以上の利回りの国債を買い入れた上で、それ以下の国債を買入れる場合は、出資比率による各国国債の割り振りの遵守を優先することが合意された。

つまり、預金ファシリティの金利以下の利回りの国債を買入れるのは、そうでなければ出資比率による割り振りから継続的に逸脱するケースに限定され、従って、この選択肢を活用する度合いは国によって異なることになる。言うまでもなく、この選択肢が活用されるのはドイツを含む北部欧州諸国であり、今後の政治イベントや金融システムの展開如何によりユーロ圏にストレスが生じた場合には、この選択肢の活用が増えることになろう。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

この執筆者の他の記事

井上哲也の他の記事一覧

このページを見た人はこんなページも見ています