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動き出すトランプ大統領の金融制度改革

2017年02月06日

2017年2月3日、アメリカのドナルド・トランプ大統領は、2010年に制定されたドッド=フランク法の見直しを初めとする金融制度改革の検討を命じる大統領令に署名した。

この大統領令は、金融規制における「中核的な原則」を示し、それらの原則に合致しない既存の法令その他の規制を見直すよう指示している。中核的な原則とされるのは、次の7項目である。

  • (a)アメリカ国民が独立して金融上の決定を行い、市場で十分な情報に基づいた選択をし、退職後に備えた貯蓄を行い、個人資産を形成することを可能にすること。
  • (b)納税者の負担による(経営破綻金融機関の)救済(bailouts)を避けること。
  • (c)システミック・リスクやモラル・ハザードや情報の非対称性といった市場の失敗を解決するための規制の影響分析をより厳格に(more rigorous)行い、経済成長と活発な金融市場を促進すること。
  • (d)アメリカ企業が国内及び海外市場において外国企業に対して競争力を有するようにすること。
  • (e)国際的な金融規制に関する交渉や会合において、アメリカの利益を追求すること。
  • (f)規制を効率的で効果的で実態に即した(appropriately tailored)ものとすること。
  • (g)連邦金融規制機関の公的なアカウンタビリティーを回復し、連邦金融規制の枠組みを合理化すること。

大統領令は、財務長官に対して、各金融規制機関の代表者と協議した上で、120日以内に既存の法令や政府の政策等が上記の中核的な原則とどの程度まで合致しているか、また中核的な原則を推進するためにどのような措置がとられ、とられようとしているかについて報告するよう求めている。その後も定期的に報告を行うことが求められる。

今回の大統領令が、トランプ大統領が選挙期間中から繰り返し主張してきたドッド=フランク法の全面的見直しを初めとする金融制度改革を本格的に始動させるものであることは間違いない。実際、トランプ大統領は、この大統領令の発表に先立ち「ドッド=フランクからたくさん切り捨てることになるだろう」と述べている。

もっとも、今回の大統領令の内容やそれに関連したトランプ大統領の発言等だけから、今後進められる金融制度改革の具体的な内容を推し量ることは極めて困難である。

大統領令に示された中核的な原則の内容は、極めて常識的なものであり、ドッド=フランク法の諸規定を含めた既存の法令やルールと原理的に大きく対立するようなものではない。

確かに、アメリカ企業の国際競争力に触れた(d)や国際的な金融規制の枠組みづくりにおいてアメリカの利益を追求することを強調する(e)の内容が「アメリカ第一」を掲げるトランプ大統領らしいといえばその通りだが、それらの原則とて、従来の法規制の内容を直ちに覆すようなものだとはいえない。例えばドッド=フランク法の規定には、G20における国際的合意の内容を実施するために設けられた条項が少なくないが、G20の協議自体、アメリカが欧州と協調しながら主導して進められたものである。

また、(b)で納税者の負担による公的資金注入を通じた破綻金融機関の救済を否定しているのは、政権発足前からトランプ氏の周辺関係者が主張してきた「納税者は『大きすぎて潰せない(too big to fail)』金融機関を救済させられるという厄介な立場に置かれたままだ」という認識を反映したものと思われる。しかし、この点についても、そもそもドッド=フランク法は「大きすぎて潰せない」という状況を排除する仕組みを導入した法律だという有力な見解も存在するのである。

トランプ大統領はこれまで、金融規制の影響で企業、とりわけ中小企業が資金調達に苦しんでいるという見解をたびたび示しており、今回の大統領令発表に際しても「立派なビジネスをやっている多くの友人が、銀行がルールや規制とドッド=フランクのせいで金を貸してくれないので借りられないでいる。」と述べている。ドッド=フランク法に代表される現在の金融規制が、銀行による「貸し渋り」につながっているという認識である。

こうした見方の当否はさておき、トランプ政権が全体としてアメリカにおける企業活動・経済活動の拡大を強く志向していることをも踏まえれば、今後、銀行による貸し出し拡大の障害となっていると考えられる規制が具体的に摘出されれば、それらの見直しが試みられることは確かであろう。

また、トランプ大統領は、選挙期間中からドッド=フランク法の産物として金融消費者保護局(CFPB)のあり方を強く批判してきた。同局が、今回の大統領令の(g)が排除しようとする公的なアカウンタビリティーを欠く規制機関だとして槍玉に挙げられるといった展開も予想される。

トランプ大統領の政治姿勢には、いわゆるポピュリズム(大衆迎合)の色彩が目立つとして、大衆的な支持を得ているとは言いにくいウォール街の大手金融機関や株式市場にとってはネガティブな影響が懸念されるといった見方もかつては強かった。しかし、政権発足後は、いずれもゴールドマン・サックス出身のスティーブン・ムニューチン氏が財務長官、ゲーリー・コーン氏が国家経済評議会(NEC)議長に指名されるなど、人事面からも大手金融機関の主張が政策に反映される余地が拡がっているように思われる。

今回の大統領令発表に際しても、トランプ大統領は、JPモルガンのCEOであるジェイミー・ダイモン氏との面会予定があることを踏まえながら、「ドッド=フランクについてはジェイミーがいちばん良く分かっている」と述べている。今後の具体的な規制見直しにあたっても、大手金融機関やその出身者の影響力が強まる可能性は高い。その結果、銀行の自己勘定取引に制約を課し、大手金融機関の間ではとりわけ評判が芳しくない「ボルカー・ルール」の見直し(撤廃?)といった展開も十分あり得るものと考えられる。

トランプ大統領は、今回の大統領令とは別に、労働長官に対して2017年4月に発効する予定となっていた、証券会社のブローカー等を含め退職勘定に係る投資アドバイスを行う者一般に対して受託者責任(fiduciary duties)を課すルールについて、当該ルールがかえって投資家の得られる情報の質や量を低下させるといった懸念がないかどうか見直すよう指示する「覚書(memorandum)」を出している。

これは事実上、労働省に対して新たなルールの施行延期を命じたものとも言える。このルールも大手投資銀行を初め、証券市場関係者が強い懸念を表明してきたものであり、トランプ政権がオバマ前政権よりもウォール街の声を尊重する姿勢をとるのではないかとの見方を裏付けるものと言えるかも知れない。

アメリカの株式市場も今回の大統領令の発表を好感し、金融機関の株価が上昇した。今後の規制見直しが、金融機関の収益力向上につながるという期待感は根強い。



(注)当初ホワイトハウス・ホームページ掲載の原文には、「中核的な原則」の(f)の記載がなかったが、後日修正され(f)が付加された。

Writer’s Profile

大崎貞和

大崎貞和Sadakazu Osaki

未来創発センター
主席研究員
専門:証券市場論

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