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BOEのカーニー総裁の記者会見-Trade-off

2017年02月03日

はじめに

今月のBOEのMPCは、Inflation Report(IR)の四半期毎の改訂に当たる(Super Thursday)。MPCによる政策判断は、政策金利と資産買入れともに予想通りの現状維持であった。もっとも、IRに掲載された最新の景気や物価の見通しは、前回(11月)に比較して、後者は概ね不変に維持された一方、前者は本年を中心に再び大きく上方修正された。いつものように内容を検討したい。

金融経済情勢の評価

IRに掲載されたMPCメンバーの見通しをみると、実質GDP成長率は、2017~2019年の3年間に+2.0%→+1.6%→+1.7%と推移すると期待されている。前回(11月)は+1.4%→+1.5%→+1.6%であったので、特に2017年が0.6ppもの大幅な上昇修正であったことが目立つ。この間、今回のHICPインフレ率の見通しは、同じく2017~2019年にかけて+2.7%→+2.6%→+2.4%となった。前回(11月)が+2.8%→+2.6%→+2.4%であったので、2017年の微妙な修正を除けば、今回の見通しは概ね不変であったと理解できる。

このため、今回の記者会見でも、2017年について経済成長率の見通しを引き上げつつ、インフレの見通しを殆ど変えなかった理由に関する質問が提示された。これに対してカーニー総裁は、昨年の国民投票後の経済見通しに問題があることを認めた上で、実質GDP成長率の見通しを今回引き上げた背景として、①英国政府による景気刺激策の決定、②海外経済全般の回復、③極めて緩和的な金融環境の存在、④実質購買力減少の下での消費マインドのresiliency、といった点を挙げた。

記者会見では、さらにこの点を巡る議論が展開し、上記④の点に関して、家計が貯蓄率を低下させていることが金融システムの不安定化に繋がるとの懸念も記者から示された。実際、今回のIRによれば、英国の貯蓄率は実に1960年代以来といった低い水準に達したとされる。これに対してカーニー総裁は、議論の方向自体は妥当するものの、例えば消費者ローンの量的なインパクトはまだ大きくなく、マクロのレベルで家計が過大なレバレッジを抱える状況にはないとの見解を示した。

また、他の数名の記者は、英国でも労働市場が極めてタイトになっているにも関わらず、インフレ率の上昇期待が高まらない理由を質した。このような事実も日米においても議論になってきた点であるだけに、大変興味深い問題設定である。

この点に関してカーニー総裁は、BOEによる自然失業率の推計がやや過大であるとの理解を示した上で、もしそうであれば、実質GDP成長率が多少加速しても(賃金を経由して)インフレ率が高まる効果は小さいだけでなく、実際の失業率が4%台に入っても低下を続けるといった、予て想像しにくい現象を整合的に説明しうることを示唆した。その上でカーニー総裁は、正しい自然失業率を推計するには、実際の失業率とインフレ率とを適切に見ていくことが重要であると述べた。

すなわちカーニー総裁は、自然失業率がこうした経済変数の関係から実証的に導き出される筋合いであることを強調するとともに、特定の水準の自然失業率を前提に最適な政策を考えることは不適切との見方を示唆した。この間、今回の議事要旨(BOEはMPC翌日に公表する)には、インフレ期待の粘着性に関する記述も見られるが、決して「主役」ではないことも興味深い。もちろん、英国では、上に見たように足許のインフレ率が2%に達する中での議論であり、経済環境や経済構造が日本とはかなり違うことに注意する必要もあろう。

政策判断の展望

今回の議事要旨や記者会見からは、カーニー総裁の下でのBOEによる金融政策運営の考え方が従来と大きく変わらないことが示唆される。

このうち特に重要なのは、実体経済の安定維持を優先し、インフレについては目標からの一時的なオーバーシュートを許容する考え方である。つまり、今回の議事要旨にも、英国によるEUからの離脱交渉や実質所得の改善の低迷といった要素を考えると、今後数年は英国経済にダウンサイドの力が働くとの懸念が示されている。実際、先に見たBOE自身の新たな見通し通りに実際のインフレが推移したとしても、外見上は英国のインフレ率が3年連続で目標を上回ったことになるが、それでもBOEは金融引き締めを急がないということを意味する。

もちろん、MPCメンバーもインフレ率の目標からのオーバーシュートを無制限に許容するわけではない。今回の議事要旨にもこの点に関するBOEとしての考え方が示されており、オーバーシュートの許容の限界を考える上で、三つの前提を置くとしている。第一に、ポンド安は広く予想されるとおりにHICPインフレ率を上昇させる、第二に、MPCによる労働市場のslacknessに関する推計と整合的な形で、定例給与部分の上昇率は依然として緩やかな改善に止まる、第三に、現在は頑健な動きをみせる個人消費支出も、いずれは実質購買力の減少とともに減速に転ずる。

今回の声明文によれば、足許でポンド相場はやや落ち着きを見せ始めているが、依然として2015年11月の直近ピークとの対比で18%も減価している。カーニー総裁が記者会見で率直に認めたように、この間におけるインフレ圧力の相応の部分はポンド安によって生じた訳である。それでも、上記の議論に拠れば、ここからさらにポンドが下落してインフレ圧力が生じても、BOEはそう簡単には金融引締めに転じないことになるほか、この点についてはBOEと市場との間で相応の理解が共有されているように見える。

為替政策の意味合い

先日の黒田総裁会見と同じように、今回も数名の記者が米国の新政権による経済政策の影響について質問を提示したが、カーニー総裁は当然ながら明確な回答は避けた。

その上で、敢えて検討する必要があるとすれば、米国のドル安政策が英国にも向けられた場合の意味合いであろう。それは、ポンドの急落を防止し、上記のようなインフレのオーバーシュートのリスクを軽減し、家計の実質購買力の減少に歯止めをかけるといった点で良い話も少なくない。一方で、ポンド安の抑制は、英国内の産業にはfriendlyでなく、先に見た国内労働市場でのslacknessの吸収にもそれに伴う賃金の改善にも支障が生ずる惧れがある。

英国経済にとっては、米国の新政権のスタンスだけでなく、ポンドの具体的な水準や変化幅も含めて、為替を巡る不透明性が一層高まったように感じる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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