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日銀の黒田総裁の記者会見-インフレ見通しのギャップ

2017年02月01日

はじめに

日銀の政策委員会は、市場予想の通り、今回の展望レポートで実質GDP成長率の見通しを上方修正した。日本経済がこの見通しどおりに推移すれば、GDP改定に伴う潜在成長率の上方修正を考慮に入れても、相応の成長が続くことを意味する。しかし、興味深いことに、政策委員会はインフレ見通しをほとんど不変のままに維持した。その理由を巡る議論も含め、記者会見の内容を踏まえつつ、展望レポートの内容を検討したい。

実質GDP見通しの上方修正

実質GDP見通しの上方修正は、政策委員会による景気判断の強さを反映している。つまり、本日公表された「基本的見解」によれば、雇用と所得の継続的な改善を背景に、個人消費の緩やかな回復に自信を強めている。加えて、輸出の回復と在庫調整の進捗を映じた生産活動の回復も認識している。

これを前回(10月)と比較すると、主要な需要項目の展望に関する政策委員会の基本シナリオには変化がないが、個人消費や輸出と生産に当時みられた一時的な弱めの動きが解消したことで、各々の回復の動きがより明確になったことが相違点と言える。その上に、「基本的見解」によれば、過去数ヶ月の金融市場の状況の好転が企業のマインドに好影響を与えていることも上方修正の一因とみられる。

これらを踏まえ、政策委員会による2016~2018年度の実質GDP成長率の見通しは+1.4%→+1.5%→+1.1%となり、前回(10月)に比べると、2016年度が0.4pp、2017および2018年度が各々0.2pp、各々上方修正されている。「基本的見解」はこうした上方修正の一部がGDPの基準改訂を反映したものであると指摘している一方で、全体として、本来の意味で上方修正が行われていることも示唆している。

インフレに関する慎重な見通しとその意味合い

対照的にインフレに関しては、政策委員会はこれまでの慎重な見通しをほとんどそのまま維持した。実際、2016~2018年度の消費者物価上昇率(除く生鮮食品)のうち、今回改訂されたのは2016年度(-0.1%→-0.2%)のみであった。この点は、上記のように実質GDP成長に対して相応に強気の見通しを示したこととの間で、幾分か整合的でない印象を与える。実際、「基本的見解」には、上方修正後の実質GDP成長率の下では、GDPの基準改定に伴う潜在成長率の上方修正を勘案しても、いずれGDPギャップが消滅し、見通し期間内にプラスに転ずることが示唆されている。

このため、本日の記者会見では数名の記者がこの点を取り上げ、黒田総裁に見通しの乖離の理由を質したが、黒田総裁の回答は必ずしも明確ではなかった。その上で黒田総裁は、足許の景気が底堅いことに加え、(原油価格によるlevel effectが減衰するなど)好材料が見られ始めたにも拘わらず、実際のインフレ率の改善が鈍いことに、政策委員が失望している可能性を示唆した。わが国でインフレ期待の形成において「適合的」な面が強いことを考えると、実際のインフレ率の停滞はインフレ期待の改善を遅延させることに繋がるだけに、政策委員が慎重なインフレ見通しを維持することも合理的な判断となる。

一方、実質GDPとインフレの見通しの乖離には別な理由を考えることもできる。もしも、今回の政策委員会がインフレ見通しも相応に引き上げたとすれば、市場ではイールドカーブ・コントロールのうち、10年国債利回りの目標に関して、近い将来の引上げの思惑が台頭した可能性は否定できない。政策委員会としても、この段階で、市場の思惑によって長期金利が不安定化することは、景気に対する影響だけでなく、為替を通じたインフレ自体への影響も含めて、歩みを再開したインフレ目標の達成への動きを阻害するものとして、回避したいと考えるのは当然であろう。同時に、先の「ノート」でも議論したように、国債の10年物利回りの目標の変更には、そもそも最適な水準自体を巡る議論も含めて、様々に技術的な課題を伴う。

これらの点を考慮すると、国債の10年物利回りの目標水準は、景気や物価の動向、あるいはそれらの見通しが変化しても、相当に「弾力性が低い」性質を持つことが示唆される。

見通しに対するリスク

今回の見通しに関して、もう一つ興味深かったのは、政策委員会が実質GDPとインフレの双方に関して、先行きのリスクが下方に傾いているとの見方を維持したことである。

このうちインフレの下方リスクに関して政策委員会が挙げた理由はお馴染みのものである。つまり、長期的なインフレ期待の不確実性、需給に対する価格弾力性の低い財やサービスの存在、為替レートや国際商品価格の推移に関する不確実性などである。

一方、実質GDPに関して、政策委員会は、海外で顕在化しうる要素-米国経済の動向や金融政策の展開、欧州の金融システム、新興国や商品産出国の景気回復-に引続き着目している。これは、逆に言えば、少なくとも当面は国内に大きなリスク要因は存在しないとの見方を映じている。

こうした状況もあり、本日の記者会見では、多くの記者がトランプ新政権の経済政策の持つ意味合いや影響を黒田総裁に質した。これに対し黒田総裁は、拡張的な財政政策が、既に緩やかな景気拡大を続ける米国経済を更に押し上げるというのが、基本認識であることを繰り返し説明した。その上で、このことがグローバル経済にも好影響を与えるとし、日本経済にもその恩恵が生ずるとの見方を示唆した。

もっとも、一部の記者はこうした比較的楽観的な見方には納得せず、米国の新政権が日本を含む主要国との通商交渉に厳しい姿勢で臨む可能性や、日本との貿易収支の状況に満足しない場合に為替政策の面で圧力をかける惧れに言及した。黒田総裁は、こうした指摘に対して、①二国間の貿易収支に過度に焦点を当てることは、少なくとも経済学の観点(貿易の便益の観点)で適切とは言えない、②為替政策にはG20のような国際金融コミュニティーでコンセンサスがある、といった点を指摘した。

少なくとも日本で、中央銀行関係者が外国かつ政治的に微妙な問題に比較的明確なスタンスを示すことはそう多くないように思う。今回、黒田総裁が上記の指摘を行った理由は、黒田総裁がかつて財務官として為替政策を運営するなど、政府側にいたことによるのかもしれない。同時に、QQEの下でようやく確実になりつつあるインフレ目標への歩みを、いかなる理由であれ損なう事態は避けたいという気持ちの表れかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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