1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. ECBのドラギ総裁の記者会見-High class prob…

ECBのドラギ総裁の記者会見-High class problem

2017年01月20日

はじめに

ECBは今回(1月)の政策理事会で金融緩和の現状維持を決定した。前回(12月)の会合で、本年中の資産買入れの運営方針について重要な決定を下したばかりであり、ECBとしては政策効果を見守る局面である。しかし、記者の関心は既に次の課題-ドラギ総裁がhigh class problemと表現したもの-に移っているようだ。いつものように内容を検討したい。

金融経済情勢の判断

ドラギ総裁は、ユーロ圏の景気が一段と着実な(firming)回復を続けているとして景気の現状に一定の自信を示す一方、物価に関しては慎重な見方を維持した。

すなわち、企業と家計のセンチメントが高水準である下で、所得と雇用の回復を背景に個人消費が拡大しているほか、緩和的な金融環境と良好な企業収益が設備投資を支えているとし、昨年第4四半期の成長率は前期(第3四半期)の実績(前期比0.3%)をやや上回るとの見方を示した。もっとも、構造調整の負担に加え、海外発のリスクが残るとして、リスクバランスは引続きダウンサイドであると評価した。

これに対し物価に関しては、HICPインフレ率が顕著に加速した(ユーロ圏全体の前年比上昇率は、11月の0.6%に対し、12月は1.1%)ことに言及しつつ、エネルギー価格のlevel effectの剥落による面が大きいとの理解を示すとともに、賃金を含む基調的インフレ率には動意が見られないと指摘した。加えて、この基調的インフレ率は、金融緩和による下支えの下で、slackが解消していくことで緩やかに上昇すると述べ、本格的回復には時間を要するとの見方を確認した。

この間、ドラギ総裁は、金融面では銀行貸出の回復が続いていることを強調し、金融緩和の効果の浸透による金利低下が続く中で、幅広い貸出において需要が強まっているとの認識を示した(これらは、直近のBank Lending Surveyの結果を念頭に置いているとみられる)。

インフレ圧力

ドラギ総裁によるこうした冒頭説明を受けた質疑応答では、インフレ率の加速の持つ意味合いが大きな焦点となった。ドラギ総裁は、基本線として、足許のインフレ率の加速が上記のような一時的(transient)な要因によるとの理解を繰り返し示すとともに、基調的インフレ率の改善には慎重な立場を維持した。

その上で多くの記者は、足許でのインフレ率の加速が域内国の間での顕著な分散を伴うことを取り上げた。実際、先に見たように、ユーロ圏全体としての12月のHICPインフレ率は1.1%であったが、ドイツは1.7%にも達した一方、イタリアは0.5%とかなり大きな違いが生じている。ドイツの記者からは、こうした状況でも強力な金融緩和を維持することについて、ドイツ国民にどう説明するのかといった厳しい質問も示された。

これに対しドラギ総裁は、ECBにとっての物価安定とはユーロ圏全体の物価安定を意味するとの説明を再三行ったほか、ドイツ国民にとっても、ユーロ圏全体の経済が回復することのメリットは大きいはずであると指摘し、低金利による負担を蒙っている方々に対して忍耐(patient)して欲しいとの希望を示した。

加えて、多くの記者は、インフレ率の加速がECBの金融緩和に与える影響を取り上げ、資産買入れのテーパリングの可能性について、ドラギ総裁の考えを質した。

ドラギ総裁は、前回(12月)と今回の双方の政策理事会ともに、資産買入れのテーパリングは一切議論していないと説明した。また、前回(12月)の政策理事会で決定した資産買入れの減額(本年4月以降は、それまでの800億ユーロ/月から600億ユーロ/月へ変更する)も、あくまでも昨年3月に拡大した資産買入れの再評価(re-calibration)であって、テーパリングとは異なるとの説明を行った。

その上で、ドラギ総裁は、ECBがインフレ目標を達成したと判断するための次の4つの条件を示した。第一に2%以下で2%に近い状況が「中期」に維持されること。第二にそうした状況が一時的(transient)でなく、持続的(durable)であること。第三にそうした状況が金融緩和などの助けがなくても、self-sustainedな形で維持されること。そして第四には、先に見たようにユーロ圏全体でそうした状況が共有されることである。

このようなドラギ総裁の議論に関しては、既に欧州のメディアから、ECBによる金融緩和ないしその「正常化」のバーを引上げ、かつ条件を複雑化したとの報道がみられる。もっとも、域内国の経済状況にばらつきが存在する下で政策運営を行うことは、ECBが設立以来直面してきた課題であり、決して新たな話ではない。ただ、現在の局面は、堅調な拡大を続けるドイツ経済の対極に存在するのが、金融システムや財政に問題を抱えるイタリアというユーロ圏の主要国の一角である点で、ギリシャやアイルランド、ポルトガルとレベルの異なる慎重さが求められることは否定できない。

実際、数名の記者はイタリア政府による銀行支援策の評価を質したが、ドラギ総裁は、本件はECBの中でも監督理事会の所掌であるとして、実質的なコメントを行わなかった。

トランプ氏の政策

今回の記者会見の大半はインフレ率の加速に端を発した議論であったが、一部の記者がこのテーマを取り上げた。

もちろん、記者会見の時点でトランプ氏はまだ大統領に就任しておらず、従って、ドラギ総裁も基本的にはコメントを回避した。ただ、トランプ氏によるドル高牽制のコメントに関しては、直接的な議論は避けつつも、「競争的な通貨の切り下げ」は行わないというのがG20などの国際会議における基本的なコンセンサスであると述べ、「口先介入」に批判的な考えを示唆した。

しかも、トランプ氏がユーロ圏に対して懐疑的な考え方を示していることに対する感想を求められた際、ドラギ総裁は現時点ではノーコメントとした上で、新政権が具体的な経済政策を示した場合にコメントすることを示唆した点は、少なくとも現時点で、ECBによるトランプ氏へのスタンスを浮き彫りにした点で興味深い面がある。

ECBにユーロ圏全体の景気とインフレの回復や金融システムの安定を実現することが求められる以上、ドラギ総裁としては、ユーロ高も長期金利の上昇も、少なくとも現時点ではトランプ氏の影響を遮断したい要素である。今後のECBにとっては、こうした要素も海外発のリスクの一部となる訳である。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

この執筆者の他の記事

井上哲也の他の記事一覧

このページを見た人はこんなページも見ています