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ECBの12月政策理事会のAccounts-Steady hand

2017年01月16日

はじめに

ECBは昨年12月の政策理事会で、本年3月末以降の資産買入れをペースを落とした上で本年末まで続けることを決定するとともに、残存年限や利回りの面で買入れ対象となる公共債の範囲を拡大した。ただ、今回公表された議事要旨(Accounts)は、こうした見直し内容に関して、メンバーの意見が双方向に分かれていたことを示唆している。いつものように内容を検討したい。

金融経済情勢の判断

プラート理事が「執行部」の立場で示した金融経済情勢に関する判断のうち、少なくともユーロ圏自体の景気については、メンバーの幅広い合意が得られたとされている。

すなわち、景気に関しては、所得と雇用の改善の継続を背景に個人消費が順調に拡大しているほか、緩和的な金融環境と良好な企業収益の下で設備投資の回復が続いており、住宅投資も堅調に拡大するなど、ユーロ圏全体として、「緩やかだがより着実(moderate but firming)な回復」という評価に支持が示されている。ただし、メンバーの間では海外発の要因による不透明性も強調され、要因として、Brexitの展開、米国大統領選の結果に伴う予想外の影響、新興国の動向などが指摘されている。

物価についても、過去の原油価格下落によるlevel effectが剥落していること(と短期的には食品価格が上昇したこと)を背景にインフレ率が加速しているとのプラート理事による評価に幅広い合意が示された。もっとも、基調的なインフレ率の改善が依然として緩やかである点も指摘され、その要因の一つとして、雇用と賃金との相関関係が従来と異なる可能性が示唆されている。

この間、financial conditionに関しては、米国の大統領選挙後にユーロ圏の長期金利も上昇圧力を受けたことに加え、政策金利の点での追加緩和(マイナス金利の一層の「深堀り」)に対する期待が市場で一段と後退したことによるEONIA先物カーブの全般的上昇といった引締め方向の要素が顕現化したことが説明された。それでも、ECBによる資産買入れによって米欧の長期金利差はむしろ拡大気味であるほか、銀行貸出金利が低下を続け、直近のサーベイ結果に拠れば中小企業向け与信も緩和方向にあるなど、全体としてみれば非常に緩和的にあるとの見方でコンセンサスが得られた。

なお、クーレ理事からは、「執行部」の立場から、ドイツに止まらずフランス、イタリア、スペインの各国債市場でも現物の保有に対するプレミアムが高まることで国債(レポ)市場の流動性が低下したことが報告された。この点は、次にみる資産買入れの見直し内容にも関連するポイントである。

資産買入れの見直し

最初に、プラート理事から、NCBを含む検討結果を反映した資産買入れ見直しの「執行部案」として、①本年3月末以降も、本年9月末まで毎月800億ユーロのペースを維持する、②本年3月末以降は、毎月600億ユーロのペースに落とした上で本年12月末まで継続する、という二つの選択肢が示された。

その上で、プラート理事からは、①には継続性と市場予想との整合性というメリットがある一方、②にはECBによる市場へのプレゼンスの長期化とそれに伴う波及効果の強まりというメリットがあることが示された。加えて、②はユーロ圏の経済が改善しつつあるとの判断と整合的であるほか、仮に見通しが悪化したり、financial conditionが実体経済と不整合にタイト化した場合にも、買入れペースを再び増加させうる点で柔軟性を持っているとの説明がなされ、プラート理事自身が②を支持することが明らかにされた。

また、クーレ理事からは、①の場合には資産買入れの中核をなす公共債買入れ(PSPP)について、残存年限1年以上の債券や、預金ファシリティの金利(現在は-0.4%)以下の利回りの債券も買入れ対象に加えるだけでは不十分となる可能性があることが説明された。これに対し②の場合は、これらの変更だけでも資産買入れの柔軟性がむしろ高まり、ECBに対する出資比率による国別の振り分けという基本ルールからの逸脱も最小化しうるとして、②を支持することが明らかにされた。 こうした「執行部」説明を受けたメンバーの議論では、インフレ率が改善しているが依然として目標まで距離がある点で、本年3月以降も資産買入れを続けるべきこと自体にはコンセンサスが得られた。しかし、その内容に関しては様々な意見があったことが明らかになっている。

つまり、少数(afew)のメンバーからは、「執行部」による上記の二案を支持せず、本年3月末以降は単純に(本年9月末まで)買入れ規模を減少させるべきとの意見が示された。興味深いことに、議事要旨は「資産買入れ、なかでもPSPPに対する良く知られた懐疑的意見」によると記載しており、ドイツを含む北側諸国であることを強く示唆している。より具体的には、デフレリスクが後退した現在、資産買入れのような「last resort」を活用すべきでなく、財政に対する意味合いにも留意すべきとの主張であるとされている。

また、別の少数(a few)のメンバーからは、プラート理事が説明したメリットなどを理由に上記①を支持するとの意見も示された。もっとも、これらのメンバーは、政策理事会で②にコンセンサスが得られるのであれば、それを支持するとの留保条件も示されていた。

これに対して、大多数(very broad)のメンバーからは②に対する支持が示された。その理由は、プラート理事やクーレ理事が示した内容と一致しており、つまり、実体経済の回復に関するECBとしての自信の高まりと今後の不透明性に備える柔軟性との適切なバランスがとれていることや、PSPPの条件変更も含めて国債の市場流動性を確保する内容となっていることなどが示されている。

結果として、大多数の支持により、資産買入れの見直しは②の通り決定された訳であるが、決定内容に関するコミュニケーション(端的にはドラギ総裁の記者会見における説明)に関しては、今回の決定がインフレ率がなお低位であることに対応するためのものであることや、今後に見通しが悪化したら資産買入れの規模や期間を延長する用意がある点を説明することの重要性が強調され、市場への配慮が示唆されている。

ユーロ圏の景気と物価が全体として徐々に回復していくとすれば、ECBにとって当然に望ましい展開である。しかし、金融システムの状況も含めて、主要国の間でも状況の違いが同時に明確になっているだけに、今回の議事要旨は、金融緩和の強度の見直しに関する意見の対立が、むしろ今後により尖鋭になりうることを示唆している。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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