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日銀の黒田総裁の記者会見-No Surprise

2016年12月21日

はじめに

今回のMPMは景気の現状判断を若干引き上げた。また、黒田総裁はこうした改訂の理由が、米国の新政権の経済政策によるポジティブな波及効果への期待ではなく、以前に国内外に残っていたいくつかのマイナス要素が後退したことにあると説明した。加えて、今回の記者会見では、10年国債の金利に緩やかな上昇傾向がみられるなかで、イールドカーブ・コントロールのうち10年国債の金利目標の運営について多くの質問が提示された。

景気と物価の現状判断

今回のMPMは景気の現状判断を上方修正した。全体として修正の程度は大きくないが、修正は広範な領域にわたっている。

つまり、新興国経済が年初に比べて安定化したことなどを背景に、輸出の緩やかな増加を指摘したほか、このことが生産活動に残っていた弱さを払拭したと評価した。また、直近の短観の結果を踏まえて、企業のセンチメントが幾分好転している点を指摘したほか、個人消費も一時の弱さを脱したとの理解を示した。

これらの要因は、全て過去のことである点に注意する必要がある。その意味では、12月FOMC後の記者会見でYellen議長が説明した若干の強気化の背景と同様なロジックである。つまり、米国の新政権が採用する経済政策による好影響の期待は織り込まれていない訳である。

その意味では、市場が期待するように、新政権が広範な「pro-growth」の政策を本当に実施した場合、FRBだけでなく日銀も強気化するとの推論も成り立ちうる。しかし、黒田総裁はそうした思惑に対してクギを刺し、国際金融市場には依然として不透明性が残ることを指摘した。

今回のMPMがインフレの現状判断を上方修正しなかったのも、こうした不透明性に関する認識が関係しているとみられる。実際、黒田総裁は、最近の円安がインフレの改善を幾分かはサポートする可能性を認めつつも、円相場だけがインフレの決定要因でないことにも言及し、比較的慎重なスタンスを維持した。

イールドカーブ・コントロールの運営

黒田総裁の本日の記者会見では、このテーマに関する議論が最も興味深く思えた。ご覧のように、10年国債の金利が若干ながら日銀の目標値(0%)を上回って推移する中で、また、日銀が長期国債の買いオペの額(1回当たり)を増やす中で、このテーマに関する議論が次第に関心を集めている。

数名の記者は、10年国債の金利上昇圧力が高まった場合に、日銀が目標金利を引き上げるかどうかを質した。これに対し黒田総裁は、まず、イールドカーブ・コントロール(YCC)がインフレ目標の達成を目指すQQEの手段として実施されていることを確認した。その上で、黒田総裁は、MPMが、毎回の会合でこの水準の適切さを判断すると述べた。

加えて、黒田総裁は、長期金利の上昇圧力が主として海外市場の要因によって生じている限り、10年国債の金利目標を変更することはないと明言した。この発言の重要な意味合いの一つは、MPMが、少なくともこれまでの10年国債の金利上昇圧力について、主として海外市場の要因によるとの理解を有しているとみられることである。その上で、次に生ずる質問は、仮に10年国債の金利上昇圧力が国内の実体経済によって生じた場合に、日銀はどう対応するかということである。

この重要な質問に進む前に、為替相場との関係という興味深い質問にも触れておく必要があろう。実際、数名の記者は、円安が加速した場合に、日銀が10年国債の金利目標をどう運営するかを質した。こうした視点-国内市場の一部にも共有されているとみられる-は、日銀がYCCを適切に運営していることが、日米の長期金利差を拡大させ、この間の急速な円安に大きく貢献しているとの見方を背景としている。

これに対し黒田総裁は、内外金利差だけが為替レートの決定要因ではないことを確認した。加えて、現在の円相場の水準も驚きではなく、年初の水準に戻っただけとの見方を示した。実際、今年の国内市場を振り返ると、年初の新興国経済に対する悲観の広がりと、年央の英国の国民投票とを期に、大幅な円高と株安に見舞われ、企業と家計のセンチメントが悪化したことは事実である。黒田総裁からすれば、こうした悪材料が後退して、ようやく年初の状態に戻ったということであろう。

いずれにせよ、記者が取り上げた問題は、一方的な円安が進行すると、いずれはわが国の主たる貿易相手国による円安批判を招く上に、YCCがその一翼を担っているとの批判を受けるのではないかとの懸念を反映している。

加えて、より複雑な問題は、先に見たように10年国債の金利上昇圧力が国内の景気見通しの改善によって生じた場合、日銀がどう対応すべきかである。実際、今回の会見でも数名の記者がこの問題を取り上げたが、黒田総裁は実質的に回答を避け、インフレ目標の達成にはまだ距離があるだけに、この問題を議論することは早計との立場を示唆した。

しかし、現在見られる企業のセンチメントの好転が、企業収益から設備投資や家計消費への好循環を強めた場合、この問題が相応の現実性を持って注目を集める可能性は存在する。例えば、日銀が次回(1月)以降のMPMで景気や物価の見通しを実際に上方修正した場合、市場でこうした思惑が広がることはありうる。

理屈の上では、かつ方向としては、こうした場合に日銀が10年国債の金利目標を引き上げることには合理性がある。その一方で、実務的には結論はそう簡単でないようにも見える。

第一に、MPMがYCCの中で10年国債の金利目標を設定する際に、ある種の「forward guidance」的な意味合いを込めた可能性との関係である。そうだとすると、9月に導入してまだ日が浅い中で、目標金利の変更に踏み切るには、景気や物価の見通しの顕著な改善といった相当な理由が必要となる。

第二に、MPMが10年国債の金利目標を「fine-tuning」することは、現実的には難しいこととの関係である。仮に、目標をそのように刻んでも、実際の利回りとの相対的乖離が大きくなり、目標の意味合いに疑問が生ずるリスクがある。そうだとすれば、日銀による10年国債金利の最適値に関する推計によほど大きな変化をもたらすような事態でもない限り、目標を実際に変更することは難しいことになる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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