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ECBのドラギ総裁の記者会見-Nodiscussion on tapering

2016年12月09日

はじめに

今回の政策理事会は、来年3月以降の資産買入れのペースを毎月800億ユーロから同600億ユーロへ減額する一方、少なくとも来年末迄は継続することを決定した。もっとも同時に、来年1月以降の公共債買入れについて、①残存2年以上から同1年以上に拡大する、②預金ファシリティの利回り(現在-40bp)を下回るものも必要に応じて買い入れることを決定した。

こうした内容は非整合的に見える面もあり、欧州の長期金利や為替レートは短時間のうちに上下動する展開となっているが、ドラギ総裁はこうした内容が一貫した考えの下で纏められたことを強調した。いつものように声明文を参照しつつ、記者会見のポイントを検討したい。

金融経済情勢の判断

政策決定の前提となる金融経済情勢に関する判断は、前回と概ね変わっていない。このうち景気動向については、声明文は年後半の成長率が、第3四半期の前期比0.3%と同程度であるとの見方を示している。今後も、雇用の回復が消費を支えるほか、企業収益の好転と緩和的な金融環境が設備投資を促進するとの見方を示している。

物価についても、声明文は、エネルギー価格の水準効果が剥落することで、HICP総合インフレ率は来年初にかけて顕著な改善を見込んでいるものの、基調的インフレの上昇トレンドを示す説得的な兆候はみられないとしている。

今回更新されたスタッフ見通しも、実質GDP成長率については、2017年から2018年にかけて1.7%→1.6%と予想しており、前回(9月)と全く変わらないほか、こうしたシナリオには構造改革やバランスシート調整の遅延、海外経済の不確実性などのため下方リスクが大きいとの見方を維持した。一方、HICPインフレ率についても、同じく2017年→2018年にかけて1.3%→1.5%と予想し、前回(9月:1.2%→1.6%)とほぼ変わっていないほか、こうしたシナリオのリスクも上下双方にバランスしているとの見方を維持した。

資産買入れの見直しに関する議論

記者会見では、毎月の資産買入れのペースを来年3月以降に減額することの理由についての質問が比較的多く示された。

これに対しドラギ総裁は、本日の政策理事会で、①来年3月以降も毎月800億ユーロのペースを維持する、②来年3月以降は同600措くユーロに減額する、の2案が比較されたことを説明し、本日の政策決定は、政策理事会メンバーの相当多数(全会一致ではない)が②を支持した結果であると述べた。

その上で、こうした減額に関してドラギ総裁は、本年3月の政策理事会で、資産買入れのペースを本日とちょうど逆に毎月600億ユーロから同800億ユーロに示したことを確認した上で、本年3月にはインフレが減速しデフレのリスクも相応に存在したのに対し、現在はなお低インフレではあるがデフレリスクは顕著に後退したことを強調した。

それでも、こうした減額は資産買入れのテーパリングの始まりではないかとの見方は記者の間でも共有され、今回の政策理事会における議論の有無も含め、多くの質問が示された。

ドラギ総裁は、今回の政策理事会ではテーパリングに関する議論は全くなかった点を再三にわたって強調した上で、今回の減額にもテーパリングの意図は全く込められていないと述べた。その根拠としてドラギ総裁は、声明文に明記されているように、今後にインフレ見通しが望ましいものでなくなったり、インフレの継続的な調整と整合的でないfinancial conditionが出現したりした場合には、来年3月以降の資産買入れについて、買入れ額や継続期間を再び増やす意図を持っていることを強調した。実際、ある記者が毎月800億ユーロに文字通り戻す可能性を質したのに対し、ドラギ総裁は可能性を明確に肯定した。

その上でドラギ総裁は、声明文の説明を引用しつつ、物価目標を達成するにはfinancial conditionを良好に保つことが必要であり、そのためには過去の資産買入れの累積に加え、ECBが金融市場でのプレゼンスを維持し、政策効果の波及をより長持ちさせることが重要であるとの考え方を強調した。

このようにECBが資産買入れを継続するための技術的な調整としての公共債買入れのルールの見直しについては、上記のように、①残存2年以上から同1年以上に拡大する、②預金ファシリティの利回り(現在-40bp)を下回るものも買い入れる、の二点が決定されたが、ドラギ総裁は記者への回答の中で、②についてはあくまで必要な場合に発動すると強調した。また、別のルールであるECBの保有比率に関する上限(発行体あたり33%)を見直さなかった理由について、ドラギ総裁は、法制面での制約が大きいため断念したことを説明した。

資産買入れの見直しの意図と意味合い

これらを踏まえると、本年3月以降の毎月800億ユーロの資産買入れが異例であり、当時に比べればデフレリスクが後退し、インフレ目標への筋道も見えてきたことを踏まえて、「元に戻す」というのがECBの基本的考え方と理解できる。

もっとも、インフレ目標の達成には金融緩和の継続が必要である状態は変わっていないため、資産買入れルールの柔軟化を導入することでサステナビリティを高めた上で、毎月600億ユーロの資産買入れを少なくとも来年末まで続けることを表明するとともに、必要があれば増額ないし期間延長を行う姿勢も示した訳である。

ECBの意図は理解できるが、市場が今回の減額をテーパリングの第一歩と考えることも避けがたい。ドラギ総裁は、資産買入れを最後にゼロとするよう減額するのがテーパリングであるとし、今回の見直しはこれに該当しないと指摘した。もっとも、FRBの場合も、結果的には時間的インターバルを伴いながら減額された訳である。

そうなると、ユーロ圏の長期金利にとって、上昇圧力は米国債の利回りの波及だけではなくなる。そして、多くの記者が懸念を示したように、長期金利の上昇が続けばイタリアの銀行の経営再建や不良債権処理に影響が及ぶ。ドラギ総裁は、こうした問題には政府(監督当局)が対処すべきとの考えを示唆したが、ECBも良好なfinancial conditionの維持を通じて貢献することは可能であるし、それが求められている。

その意味では、来年3月以降の資産買入れに際しても、ECBは、インフレ目標との距離感だけでなく、域内国の金融システムとの関係も当然に考慮の対象となると想定される。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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