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ECBの政策理事会のAccounts-Balanced Approach

2016年11月21日

はじめに

ECBは12月の政策理事会で、新たなスタッフ見通しを参照しつつ来年3月以降の資産買入れを見直すことを明らかにしている。その意味で、今回公表された前回(10月)の議事要旨(Accounts)は、見直しの方向や内容に関するヒントを得る手段となるべきところ、それは実際には難しかったようだ。

こうした点を意識しながら、いつものように内容を検討したい。

金融経済情勢の判断

議事要旨の冒頭で、9月の政策理事会以降に海外で生じた大きな変化として、米国債と日本国債の利回りが上昇しつつ、各々のイールドカーブがスティープ化したことが挙げられている点は興味深い。しかもその背景は、①日銀の「総括的検証」、②米国の堅調な経済指標、③原油価格の回復、④英ポンドの急落と英国の長期金利の上昇、の4つの要素であるとの整理が示された。

こうした下で、ユーロ圏の景気については、「緩やかだが着実(moderate but steady)な回復」という評価で概ねコンセンサスが成立したことが示唆されている。なかでも、個人消費は雇用や実質購買力の増加に支えられて拡大を続けているほか、非建設投資も危機前の水準を回復したとするなど、総じて前向きな評価が目立つ。もっとも、設備投資には企業収益の一部しか貢献していないとの意見もみられ、依然として必ずしも万全ではないとの見方も示唆されている。

この間、物価についても、過去の原油価格下落によるlevel effectが剥落するに連れて緩やかに加速してきたほか、サービス部門の設備稼働率の上昇とともに、販売価格の上昇期待が改善し続けるといった前向きの評価がみられる。もっとも、雇用の拡大が続く下でも賃金上昇が停滞気味であることも議論され、(米国流の)pent-up wage deflation のほか、低インフレ環境下でのslacknessの残存、雇用の確保の優先、一部国での対外競争力改善に向けた動き、低位な生産性の伸びといった、我々にはおなじみの仮説が取り上げられている。

その上で、financial conditionに関しては、EONIAの先物(特に1年以上)が9月の政策理事会以降に7-8bp上昇したことが指摘され、長い目で見たECBの金融政策の予想が市場で変化したことが示唆されている。また、貸出金利を含む信用面では引続き緩和的な状況が維持された下で、銀行貸出のモメンタムが低下したことは一時的と整理されているものの、一部国での不良債権やビジネスモデルの構造問題などによる銀行株価の低迷、低金利環境と競争による収益性の低下も言及され、こちらも必ずしも磐石でないとの見方が示されている。

これらを踏まえて、10月の政策理事会では、ユーロ圏経済の先行きのリスクはダウンサイドにあるとの判断が示された。既に声明文で明らかなように、リスクの主たる根源は海外の金融経済にあるとされている。つまり、海外経済を巡る不確実性が、企業のセンチメントを抑制し、設備投資などの経済活動の拡大を阻害することが想定されている。加えて、企業や家計の慎重な支出行動がISバランスを不均衡にし、経常黒字の拡大に繋がっているとの整理が示されている。

加えて、金融面では金融セクターのバランスシートの脆弱性もダウンサイドリスクの根源になりうるとの見方が示されており、一部国では住宅価格の過度な上昇も、将来的に金融システム安定を損なうリスクとなりうるとの見方も示された。

金融政策の効果

10月の政策理事会では、ECBの金融緩和がもたらす効果について、引続き前向きな評価が示された。先に見た貸出金利→銀行貸出の好循環については、TLTROIIが(量はともかく)金利の抑制に貢献したとの見方が示され、それらは直近のBank Lending Surveyによって確認できるとされている。

今回の議事要旨では、資産買入れの直接的効果についてもいくつか指摘がみられる。例えば、買入れ資産の量的不足に対する市場の懸念にも拘わらず円滑な買入れが実施されたほか、特に政府債を対象とするSLFは利用が徐々に増加するなかで、市場流動性も概ね満足すべき状況が維持されたとの見方が示されている。社債買入れについても、市中の社債発行額が増加したほか、新発債の加重平均年限が約1.5年も延びたとの指摘がみられる。証券化商品も、社債ほどではないが発行が増加するとともに、地域や裏付け資産の面で広がりがみられるとされている。

その上で、今後の政策運営に関して10月の政策理事会で決定することは早計(premature)との判断がコンセンサスであるとし、大規模な金融緩和の効果が全体的に実現するのを待つことの重要さが確認されている。そして、本コラムの冒頭で見たように、新たなスタッフ見通し(2019年を初めてカバー)の結果と、必要に応じて2017 年3 月を超えて円滑な資産買入れを行うための"Committees"によるオプションの提示が得られる、次回(12月)の政策理事会の方が、今後の政策運営を判断する上で良好な状況になるとの判断が示された。

コミュニケーション政策

今回の議事要旨の最後には、"balanced communication"に関するプラート理事の提案が概ね合意されたことが説明されている。つまり、政策理事会として、2%のインフレ目標を不必要な遅延なく達成するのに必要な非常に大量の資金供給のコミットメントを再確認すると同時に、市場で将来の政策対応に関する不必要な期待が生じないよう留意するものである。これに沿って、ECBは、月間800億ユーロの資産買入れを、必要であれば来年3月以降も継続することや、資産買入れの継続期間をはるかに超えて政策金利を現在の水準ないしそれ以下に維持することに関するフォワードガイダンスを確認すべきとされている。

実際、10月の政策理事会後のドラギ総裁の記者会見では慎重な発言が目立ち、特に追加緩和への「バイアス」や資産買入れの見直しのポイントに関する記者の質問には多くを語らなかった訳であり、その背後にはこのような合意事項があった訳である。

それは、「総括的検証」を機に予告型のコミュニケーションに転換したとみられる日銀と対照的である点で興味深いだけでなく、少なくとも10月の政策理事会の時点では、資産買入れの見直しの方向について外部に示しうる水準のコンセンサスが存在しなかったことを改めて示唆しているように思われる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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