1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. BOEのカーニー総裁の記者会見-Overshooting

BOEのカーニー総裁の記者会見-Overshooting

2016年11月04日

はじめに

11月3日の英国では、政府による(Article50に基づく)Brexit交渉の開始には、国会の議決が必要との判断をHigh Courtが示すという 大きなニュースがあり、ポンド相場を中心に市場が動いている。

こうした中で発表されたBOEのInflation Reportとそれに基づく政策判断も相応のサプライズを含んでおり、これから市場での消化 が進むものと思われる。カーニー総裁による会見も含めて、その意味合いを検討したい。

金融情勢判断と景気・物価の見通し

BOEは、前回(8月)のInflation Reportの際に示した慎重な見方が、少なくとも短期的には誤りであったことを事実上認めた。

具体的には、同時に発表されたSummaryやMinutesに記載されているように、雇用や所得の堅調さ、あるいは緩和的な金融環境が家計支出を予想外にresilientにしているほか、住宅投資も支えているとし、経営者のマインドの慎重化による設備投資の低迷という予想通りの動きを補って余りあるとの見方を示した。実際、第3四半期の実質GDP成長率は+0.5%に達したわけである。

この間にポンド相場は大きく減価していることが目立つ。BOEは、特に10月以降の加速的な下落について、Brexitの交渉が厳しいものになるとの見方が市場で拡大した結果、将来の実質所得が減少するとの予想や対外競争力が大きく毀損するとの不安によって、いわば均衡レート自体が下落したとの思惑が広がったことを最大の理由として指摘している。

同時に生じているGilt利回りの上昇についても、BOEは他の先進諸国での長期金利上昇に連動している部分を認めつつも、上昇率が相対的に大きい点を挙げ、上記のようなポンド安の影響も相当に大きいとの見方を示している。

もっとも、ポンドの減価が上に見たファンダメンタルな理由である以上、もとには戻らないとすれば、家計の実質購買力を毀損したり、各種の金利負担を増やしたりする結果、消費は徐々に減速するとの見方を示した。また、カーニー総裁が会見で述べたように、Brexitの交渉が進めば、不透明性の低下にともなって設備投資が復活することも期待できる。このようにBOEは、短期的に乖離した消費と設備投資もいずれ収斂するとみている訳である。

この結果、今回のInflation Reportに掲載された実質GDP成長率の見通しは、2017年から2018年にかけて1.4%→1.5%となっており、前回(8月)が0.8%→1.8%であったのに比べると、2017年を大きく上方修正すると同時に、この間の景気がより安定的に推移するとの見方に変更した。

2017 年から2018 年にかけてのCPIインフレ率の見通しも、2.7%→2.7%と前回(8月)の2.0%→2.4%から大きく上方修正された。もちろん、BOEは、実質GDP成長率の予想パスを上記のように引き上げ、ポンド相場の大幅な減価も事実上endorseしている以上、インフレ見通しをこのように変えること自体は合理的である。しかし、BOEも2%のインフレ目標を掲げる以上、こうした見通しは文字通りovershootを容認していることになる。

インフレ目標の運営

このようなovershootについて、SummaryやMinutesには、①金融引き締めによってインフレ率を早期に2%へ向けて抑制しようとすれば、雇用を中心とする実体経済面の副作用が大きい、②先に見たように経済活動は中期的には減速すると見込まれるので、願いしますこの点からもインフレ圧力は徐々に低下するとの見方が示されている。すなわち、コスト・ベネフィットの点でovershootは正当化されるとの考えを示唆しているわけである。

こうした主張に対しては、本日の会見でも様々な角度から課題が提起された。例えば、BOEによるインフレ目標では、総裁は目標からの乖離に対してremitの提出を含むaccountabilityを求められる点を念頭に、こうしたovershootも政府(財務省)にendorseされるのかという疑問が複数示された。この点は、メイ首相の下でBOEの独立性を巡る議論が再燃し、結局、カーニー総裁の退任時期の再調整に繋がった動きも念頭にあるのであろう。

もちろん、カーニー総裁は政府との良好な関係を強調するとともに、退任時期の件は既に対外公表済として、会見の場では具体的な言及を避けた。それでも実務上は、どの程度のインフレ率まで許容するかという問題も残る。この点に関してSummaryやMinutesは、許容範囲には限界があるとしつつも、インフレ期待のsecond-round効果や経済のslacknessの状況などを考慮する必要があり、絶対水準を示すことはできないとしている。

会見では、BOEが短期間のうちに経済や物価の見通しを大きく変えたことも焦点となり、数名の記者からはBOEへの信認を毀損するリスクが挙げられた。これに対してカーニー総裁は、先に見たように消費の短期的な動向を見誤ったことを認めつつも、見通し期間を通してみれば、特に景気見通しは、前回とそう大きくは違わないことを強調した。

Brexitのような前代未聞のプロセスとその影響を考慮して金融政策を運営することは非常に難易度の高い課題であることは言うまでもない。その意味でも、カーニー総裁が会見で示唆したように、今後も実際の金融経済との間がギクシャクする事態を完全になくすことは極めて難しいであろう。ただ、前回(8月)に示した「緩和予約」-つまり、経済や物価が見通しに沿って進んでも、政策金利の引き下げを示唆した-をわずか3ヶ月で撤回したことは、看過しえない面もあるように思う。

政策判断

景気と物価の双方の見通しを相応に引き上げた以上、BOEが金融政策を現状維持としたことは当然であるし、英国経済が新しい見通し通りに推移したとすれば、BOEの金融政策は現状維持を続ける蓋然性が高いことになる。実際、今回の見通しの前提となった、政策金利のパスに関する市場の見方も、2018年まで行っても10bp程度の上昇にすぎない。もちろん、Brexitの帰趨に大きな不確実性がある以上、BOEの次のアクションには金融緩和と金融引き締めの双方の可能性が残ることになる。

今回の会見では、カーニー総裁か政策判断の際に考慮する要素として、需要と供給とともに為替レートを明示的に挙げていた点も印象に残った。記者への回答で確認したように、BOEも為替レートを政策目標にしているわけではもちろんない。それでも、当面は物価に大きな影響を持つという意味で為替レートに焦点を当てている訳であり、その率直さにはある種の好感も感じられる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

この執筆者の他の記事

井上哲也の他の記事一覧

注目ワード : ブレグジット