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日銀の黒田総裁の記者会見-Reaction function

2016年11月02日

はじめに

日銀は、今回の展望レポートで物価見通しを小幅に引き下げただけでなく、インフレ目標の達成時期を2018年中とさらに後ズレさせた。しかし、少なくとも国内市場は冷静に反応し、例えば、日経平均のMPM当日の変動幅は昨年7月会合以来の小幅に止まったそうである。

その意味で、日銀は残された宿題を果たし、「総括的検証」で意図したことを概ね成し遂げたことになるが、もちろん、話はこれで終わりという訳ではない。いつものように内容を検討したい。

経済と物価の見通し

今回の展望レポート(基本的見解)は、冒頭の見出し部分が簡略化されたり、メインシナリオの説明が、時系列に即したものから需要項目に即したものに組みかえられたりしているので、一見すると前回(7月)からの変更点が見つけ難い面もある。

それでも結論は明確であり、景気は概ね不変(3ページ冒頭)、物価はやや下振れ(同)である。つまり、2017年度から2018年度にかけての実質GDP成長率見通しは1.3%→0.9%と、前回(7月)と変わらない一方、消費者物価上昇率(除く生鮮)の見通しは1.5%→1.7%と、ともに前回(7月)対比でで0.2%ポイント下げられた。

このうち景気については、所得から支出への前向きのメカニズムが家計と企業の双方で維持されるという基本シナリオを維持しつつも、経済対策やオリンピック関連需要の効果への期待がより明確に示されている。この間、輸出も、先進国の回復とその新興国へのspilloverによる緩やかな増加との見方を維持した。

総じて前向きな見通しの背景としては、極めて緩和的な金融環境と構造改革の進展による潜在成長率の緩やかな上昇が挙げられている。こうした考え方自体は従来の展望レポートにも示唆されていたが、基本的見解の中でこのように明確に整理されたことも「量」から「金利」へのシフト-自然利子率を軸に政策金利の妥当性を示す-を象徴しているように思える。

物価については、ゼロ近傍で推移した後、景気の拡大に伴う需給ギャップと中長期的なインフレ期待との改善によって、伸び率を高めるとの基本シナリオは維持している。しかし、今回の展望レポートは、インフレ率の立ち上がりが遅延するとの判断を示している。その理由としては、①足許の低インフレにより「適合的」な期待形成のメカニズムが強く作用した、②需給ギャップが横ばい圏内で推移した、③既往の円高の影響が浸透した、といった点を挙げている。その上で、MPMとしてはこれらがいずれも減衰すると考えているわけである。

こうした説明において、インフレ期待の「適合的」な部分と「フォワードルッキング」な部分とを書き分け、前者はエネルギー価格下落の効果が剥落すること、後者は日銀によるインフレ目標へのコミットメントによって支えられることによって、全体として改善するとの議論は、「総括的検証」における議論の成果とみられる。

ただし、MPMメンバーによる原油価格の想定は、「大勢見通し(7ページ)」の(注3)が示すように、2018年にかけて緩やかな上昇を意味するものに変わっている。つまり、エネルギー価格の下押し圧力は剥落するが、その後の押し上げは期待しえなくなった訳である。だからこそ、上に見たようにインフレ率を引き上げるメカニズムは需給ギャップの改善とそれに伴うインフレ期待の上昇ということになる。前者はともかく、後者には依然として不確実な面がある以上、外的ショックが起こらなくても、インフレには下方リスクがあると考えることもできる。

2018年問題

冒頭に述べたように、少なくとも国内市場は、インフレ目標の達成時期を後ズレさせつつ追加緩和を見送ることも、「総括的検証」の下での「ゲームのルール」として冷静に受け止めたようだ。

もちろん、既に多くのメディアが指摘しているように、「量的・質的金融緩和」の下でも、インフレ目標の達成時期の後ズレと金融政策の現状維持の組合わせが既に4回も発生しており、単なる学習効果との解釈も可能である。それでも、総裁を含む幹部が先月の国際会議を始め、国会答弁や講演などの場で金融政策の現状維持を明確に示唆してきたことも影響していることは否定できないであろう。つまり、「総括的検証」のいわば「3本目の柱」であったコミュニケーション政策の転換が実践されたと言える。

しかし、国内市場の対応に比べると、本日の会見での記者のスタンスは総じて厳しかった。実際、ほぼ半数の質問が、今回のインフレ見通しの下方修正によって、黒田総裁の任期終了(2018年4月)までに物価目標を達成することが難しくなったことに関するものであり、その理由や感想、責任などに加えて、再任の意向を問うものまであった。

これに対し、黒田総裁は、少なくとも2014年の中盤までは物価自体やインフレ期待が順調に改善する成果を実現したが、その後は消費税率引き上げ後の消費の低迷、原油価格の急落、新興国問題等による円高などによって物価上昇が妨げられたという、「総括的検証」での分析結果を再度説明した。また、インフレ目標のできるだけ早期の実現を目指して「量的・質的金融緩和」を実施してきたことを強調して責任論を退けた一方で、これまでインフレ目標が達成できていないことは残念であると率直に認めた。

このように、今回の会見は、9月会合以前の「量的・質的金融緩和」の「総括」としての色彩がむしろ強くなったことは興味深い。前回の会見は、イールドカーブ・コントロールやオーバーシュート型コミットメントなど新たな手段が登場したため、どうしてもこれらの運営に関する技術的な側面に焦点が当たった印象もあり、今回ようやく「総括的検証」の意味合いを落ち着いて考えることができるようになったのかもしれない。

もちろん、黒田総裁の任期とインフレ目標の達成の関係は自然と関心を引くテーマであるし、「量的・質的金融緩和」が従来とは非連続的な考え方によって導入され、運営されたことを考えれば尚更にそうである。一方で、「総括的検証」後の新たな「量的・質的金融緩和」が、政策手段の面でも、期待する波及メカニズムの面でも相当にオーソドックスであり、それが国内で受け入れられるのであれば、次の総裁が黒田氏の再任であろうがなかろうが、総裁の交替を期に政策が再び激変する蓋然性は小さいと考えることもできる。

そうであれば、今回の会見でメディアが取り上げた責任論を措くとすれば、インフレ目標の達成時期が黒田総裁の任期中であるか否かは、「総括的検証」の結果として、もはや本質的には大きな問題ではなくなったと考えることもできる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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