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ECBのドラギ総裁の記者会見-Scarcity

2016年10月21日

はじめに

ECBが今回(10月)の政策理事会で金融緩和の現状維持を決めたことは市場の予想通りであった。加えて、ドラギ総裁が現在進行中の資産買入れの見直しについて慎重な発言を行ったこともあり、今回の記者会見は、通例(約1時間)まで約15分を残した時点で質問が消滅して終了するという珍しい事態となった。

それでも、次回(12月)に決定される見直しの内容を考える上で、いくつかのポイントが示唆されていたように見える。いつものように内容を検討したい。

金融経済情勢の判断

記者会見の冒頭説明で、Draghi総裁は、景気は「moderate but steady」な回復を続け、インフレは緩やかに2%目標へ近づくという、前回(9月)見通しにそった動きであるとの理解を示した。

このうち、景気に関しては、第3四半期のGDPが前期並み(前期比+0.5%)との見方を示した上で、その後も金融緩和と企業収益の改善に支えられた設備投資と、所得・雇用の回復や実質購買力の改善に支えられた個人消費が牽引するとした。もっとも、外需の停滞やバランスシート調整、構造改革の遅れなどによる影響を受けるとも指摘し、域内の景気には依然として下方リスクが残るとの見方を示した。

インフレについても、原油価格のlevel effectが解消していくことで徐々に高まるとの見方を示しつつも、基調的インフレ率の改善に関する説得的な証拠がみられないとも述べ、先行きに対する慎重さを示唆した。後者に関し、ドラギ総裁は具体的な事実に言及しなかったが、サービス価格の上昇率やHICPコアインフレ率には足許でモメンタムがみられないことは事実である。

ドラギ総裁が景気やインフレにやや慎重な見方を示したことは、次回(12月)の政策理事会で決定される資産買入れの見直しが、少なくとも金融緩和の縮小を意味する方向にはならないことを示唆するものと理解できる。

資産買入れの見直しの展望

その上で、今回の記者会見での質問の多くは、見直しの内容に関するヒントを引出そうとするものとなった。

まず、「ECB高官」が資産買入れのテーパリングを議論しているとの報道を契機に生じたユーロ圏版の「mini taper tantrum」を念頭に、複数の記者は、今回の政策理事会でテーパリングの議論があったかどうかを質した。これに対してドラギ総裁は繰り返し明確に否定するとともに、現在進行中の資産買入れの見直しは、あくまでも2017年3月ないしそれ以降も円滑に継続するための選択肢を巡るものであると強調した。

また、記者からは、こうした報道の影響も含め、ユーロ圏の国債利回りが幾分上昇したことで、利回り面で買入れ適格となった国債の量が増えたことはECBにとって恩恵ではないかとの指摘も散見された。しかし、ドラギ総裁はこれを明確に否定し、資産買入れが技術的に容易になることよりも、長期金利の(タームプレミアムの削減を通じた)抑制という金融緩和の本来の狙いが優先することを示唆した。

もっとも、別な質問に対しては、ドラギ総裁も、社債買入れが順調に進んでいるだけに買入れ資産の不足(scarcity)は現在ではなく将来の問題であるとの説明も行った。加えて、ECBがこれまでは買入れ金額(フロー)によって政策の強度や効果を説明してきたのに対し、今後は資産の保有残高(ストック)へ軸をシフトする可能性を問う質問も散見された。これに対し、ドラギ総裁は正面から回答することを避けつつも、今回の見直しは一部国で今後に買入れ資産の不足(scarcity)が生ずる惧れがあることも背景の一つであると説明し、フローを重視する考えを維持した。

さらに、ドラギ総裁が上記のようにテーパリングを議論していないと強調したためか、資産買入れが(緩やかに減少するのでなく)突然減少する可能性を問う質問も散見された。ドラギ総裁は、資産買入れが環境的な金融環境を通じて経済を下支えしていることを確認しつつ、冒頭説明の中で、政策金利の低位維持を資産買入れの終了後も続けるコミットメントを示していることに言及した(ただし、ドラギ総裁は当該箇所を探すのに手間取り、いわば放送事故のような沈黙が流れた)。

その上で、資産の不足を克服するための具体的な手段に関しては、ドラギ総裁は具体的な言及を避けた。つまり、ドラギ総裁は、今回の政策理事会は、資産買入れの見直し作業をアサインしている「Committees」(域内で有力なNCBのチームとみられる)から様々な分析結果を聞くことが目的であったとしたほか、それらから導かれる様々な推論についても、政策委員会メンバーの賛否を取っていないと説明した。

マイナス金利の評価

ECBが12月の政策理事会に向けて行っている見直しは、あくまでも資産買入れの延命策である。しかし、その意味では日銀による「総括的検証」と同じく、マイナス金利政策の効果を再整理し、modalityを高めるべく検討することにも意味がある。

実際、今回の記者会見でもマイナス金利政策による金融仲介への副作用に関する質問がみられた。これに対してドラギ総裁は、低金利環境が早期の景気回復に貢献したことを示唆するマクロモデルのシュミレーション結果に言及することともに、短期金融市場でのリスクプレミアムを抑制し、銀行貸出や社債の発行を促進するといった効果を発揮していることを強調した。

ドラギ総裁によるこのような議論は、マイナス金利に対する欧州金融機関からの反発がここへ来ていっそう強まったのに対し、ECBの高官が反論してきた経緯を考えれば、当然と受け止められるであろう。実際、こうした反論の中には、欧州の銀行収益が厳しくなってきた理由として、オーバーバンキングとか過当競争など、我々にはおなじみの構造問題も含まれている。

おわりに

これらの検討からは、次回(12月)の政策理事会で、フローの資産買入れを延命させる対応が決まるものと推察される。ドイツなど主要国のイールドカーブの位置や社債買入れの順調な推移によって、買入れ資産不足の逼迫度はやや緩和するとしても、金融緩和の停止条件を2%インフレと紐付ける以上、持久戦に耐えうる枠組みが必要である。その意味では、国債の買入れ条件の緩和に止まらず、金融仲介により密接な関係を持つ新たな資産買入れが俎上に上ることも考えられる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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注目ワード : マイナス金利