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FRBの9月FOMCのMinutes-Close Call

2016年10月13日

はじめに

今般公表されたFOMC(9月)の議事要旨について、米欧メディアの間では「比較的早期(relatively soon)の利上げを予想」という表現を抜粋して、hawkishな内容を示唆する報道が目立つ。しかし、議事要旨を全体としてみれば、本会合での議論はバランスの取れたものであったことに加え、メンバーの意見の相違が依然として深いことが改めて確認される。

金融経済情勢の判断

FOMCメンバーも、当面の金融経済情勢自体に関しては大きな意見の相違はないようだ。

つまり、雇用と所得、資産価値の拡大や、バランスシートの改善、マインドの強さといった要因に支えられた個人消費が、主たる牽引車になるとの見方が概ね共有されている。また、設備投資についても、外需の弱さや各種規制の先行きに関する不確実性といったマイナス材料はあるが、鉱業(原油掘削)セクターの回復によって明るさが出てきたとの見方が示されている。さらに、GDPの観点ではマイナス寄与の続いた在庫投資がプラスに転ずるとの予想も示されている。もっとも、海外経済は、年初に比べて状況が改善したにも拘らず、引続き、先行きのダウンサイドリスクの源泉とされている(11ページ第4パラグラフ)。

これに対し、デュアルマンデートの要素である労働市場と物価については、依然として意見の隔たりが大きい。

まず、労働市場については、今後数年にわたって失業率が長期の"normal rate"を下回って推移するとのメインシナリオが概ね共有されている。もっとも、労働のslackについては、雇用増加ペースの鈍化や緩やかな賃金上昇を根拠にほぼ解消したとの見方と、依然として弱い賃金上昇や高水準のパート雇用、労働参加率の最近の上昇を根拠になお残存するとの見方が併記され、ともに数名(some)の意見とされるなど、拮抗したバランスとなっていることが示唆される。

インフレについても、中期的に2%目標に向けて上昇していくとのメインシナリオで概ね一致している。しかし、コスト上昇圧力の欠如、雇用に対する賃金の感応度の低さ、インフレ期待の低下の可能性、slackの存在などの要素が、引続きインフレを抑制するとの見方が数名(several)のメンバーによって示されている。これに対して、サーベイベースのインフレ期待は概ね安定しているとの見方も示されている(11ページ第5パラグラフ)。

その上で、失業率が長期の"normal rate"を下回っている点の意味合いが提起され、多数(a number of)のメンバーが、今後数年にわたって利上げを行っていくことに同意を示している。もっとも、少数(a few)のメンバーは、過去にこうした状況が出現した場合に、その後の急速な利上げによって失業率の大きな上昇を伴うリセッションに陥った事実に言及し、利上げの不適切な延期によるリスクを示唆した。これに対し、他の数名(some others)のメンバーは、現在のインフレ率やインフレ期待はともに比較的低位であるほか、労働参加率の上昇が示唆するように真の"normal rate"がより低い可能性がある点などを挙げて、過去の経験はrelevantではないと反論した(12ページ第1パラグラフ)。

この間、低金利の継続に伴うもう一つのリスクとされる過剰なリスクテイクについては、少数(a few)のメンバーが非金融法人によるレバレッジ拡大の問題に言及した点が記載されているが、議事要旨の前半に示された執行部の認識や、これまでの議事要旨に比べて、プレゼンスが少ない印象を受ける。

実質中立金利の低下

そこで、政策判断に関する議論に移る前に、中長期の視点による実質中立金利の低下に関する議論に触れておきたい。

議事要旨によれば、低位な生産性上昇、人口動態の変化、世界の貯蓄過剰といった理由が議論された上で、一人のメンバーが実質中立金利が当面は低位に止まるとの見方を示した。しかも、多くの(a number of)メンバーは経済見通しの推計に際して、実質中立金利の想定を引き下げた(12ページ第3パラグラフ)。

実質中立金利が、以前の推計値よりも低いとすれば、議事要旨が示すように、政策金利がより頻繁に下限に近づくという中長期な意味合いだけでなく、現在の政策金利が想定されたほどの緩和効果を持っていないという短期的な意味合いも有する。これらの議論からは、ゼロ金利制約について、FOMCメンバーはジャクソンホールでイエレン議長が示唆したほどには楽観的でない考え方にあることが示唆される。

政策判断

9月のFOMCは利上げを見送った訳であるが、議事要旨によれば、労働市場にslackが残存することに加え、インフレ圧力も大きくないという多数派の見方がその理由であったことが確認される。

これに対し他の数名(some others)-票決からみて3名-のメンバーは、米国経済が既に完全雇用にあり、かつ2%インフレへの動きが明確化する下で、利上げを遅延させ続けることは、後に迅速な利上げを招くことで景気に大きなダメージを与えるとの考え方を再度示した。また、こうした利上げ推進派は、実体経済がFOMCの見通しに沿った動きをする下で、デュアルマンデートの指標のベンチマークからの乖離を放置することは、金融政策に対する信認を毀損すると主張した。

この間、多数派の中でも、数名(several)のメンバーは今回の判断が微妙(close call)であったとしている一方、労働市場の改善と景気の拡大が継続すれば比較的早期(relatively soon)に利上げしてよいとの意見と、インフレの2%目標に対する動きに関するより説得的な証拠を待つべきとの意見に分かれていることも示唆されている(12ページ第6パラグラフ)。しかも、最終的に声明文に含められた「過去数ヶ月の間に利上げに向けた条件が強まった」との表現についても、時間に関するコミットメントを示唆するため不適切との意見も示された(14ページ第1パラグラフ)。

結局のところ、議事要旨(13ページ第6パラグラフ)が皮肉にも明示したように、9月会合での利上げの適否については、どちらの立場からもreasonableな議論が可能な状況にあった訳である。その下で、上に見た実質中立金利の意味合いなども考慮して、慎重な判断に傾くことも合理的である。しかし、こうした状況が9月と12月とで大きく変わるとは思われない下で、それでも12月に利上げが行われるとしたら、FOMCによる利上げのロジックはdata dependent以外の、別な要素によって左右されている可能性を示唆することにもなる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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注目ワード : マイナス金利

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