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ECBの9月政策理事会のAccount-Great Emphasis

2016年10月07日

はじめに

ECBで資産買入れのテーパリングが議論されているとの報道により、足許でユーロ圏の長期金利に上向きの力が働いているが、今般公表された政策理事会(9月)の議事要旨にはその証拠は含まれていない。むしろ、ユーロ圏でも目立ち始めた低金利環境の金融仲介に対する副作用を巡る議論について、ECBの考え方が整理されている点が興味深く感じた。

金融経済情勢

今回の議事要旨は、9月のECBスタッフ見通しが示すようにユーロ圏経済が緩やかな回復を続けるとの見方に対し、政策理事会として幅広い合意が得られたとしている。

主な要素別にみると、第2四半期は輸出の回復が一時的に貢献したものの、基調的には個人消費が、労働市場の継続的な回復や実質購買力の上昇に支えられ、引続き牽引車になるとの見方が共有されている。設備投資についても、内需の拡大による設備稼働率の上昇や緩和的なfinancial conditionという好条件はあるものの、外需の先行きに関する不確実性に加え、域内諸国による金融経済環境のばらつきによる下方リスクも指摘されている。

インフレについても、ECBスタッフ見通しが示すように、当面は低位ながら徐々に回復していくとの見方が共有されたとしているが、コンセンサスの度合いは経済成長ほどには強くないようだ。

つまり、エネルギーを含む輸入物価のlevel effectが徐々に解消することがインフレ率を押し上げるとの見方は広く共有されているが、食料品とエネルギーを除くコアインフレが1%前後で横這いとっていることが取り上げられ、今後の上昇にはサービス価格、ひいてはその主要な構成要素である賃金の動向が重要であるという我々には馴染み深い議論がみられる。

その上で、インフレ見通しに関する上下双方のリスクが指摘されている。まず、下方リスクについては、①従来も見通しに上方バイアスがあった、②mean-reversionを前提とする計量モデルに問題がある、③低インフレの長期化によりインフレ期待も低下しうる、④低インフレでは域内国による相対価格を通じた構造調整が困難化するなど、多くの意見(a number of remarks)が示された。

上方リスクについては、①域内国の労働市場改革が一巡し賃金の下押し圧力が減衰する、②雇用回復が低賃金労働から高賃金労働の雇用回復へシフトする、③原油価格は市場予想以上に上昇する可能性があるとされた。このように議事要旨はバランスをとっているが、上方リスクに関する表現(also argued)からみて、下方リスクの議論が相対的に強かったと理解すべきであろう。実際、インフレ期待に関しては、サーベイベースの指標は安定しているとしつつ、ECBによるSPFの確率分布が下方に傾いている点や、市場ベースの期待が下方にシフトしたことが指摘されている。

金融緩和の評価

政策理事会メンバーは、金融緩和が企業や家計の資金調達コストを引下げ、円滑な資金調達に繋がったという点を強調したとされている。加えて、経済成長率やインフレ率の緩やかな回復という見通し自体が極めて緩和的なfinancial conditionの維持を前提条件とするものであるとする指摘がみられるなど、金融緩和が所期の効果を発揮している点自体には、政策理事会として幅広い合意が存在することが示唆されている。

その上で、ユーロ圏では金融政策の波及における銀行貸出チャネルを密接にモニターすることの重要性が指摘された後、銀行部門が抱える課題に関する興味深い議論が展開されている。

まず、ユーロ圏の銀行のバランスシートに関わる構造問題や低収益性が、金融政策の波及メカニズムや信用サイクルの回復に対するリスクであり続けることが確認された。また、銀行の純金利収入は(資産買入れを巡る思惑によって好影響を受けた)前年との対比でも高水準にあるとしつつ、足許で金利収入、非金利収入、トレーディング収入の三つの柱が低下していることが指摘された。ただし、こうした現象に対して低金利環境が影響していることを認めつつも、金融機関同士の競争の激化や、域内の一部国での不良債権に対する引当の負担によっても生じていることが指摘された。

また、規制ないし監督上の要求によって、ユーロ圏の銀行収益が一段と大きな課題を抱えることが確認された一方、政策理事会としては、こうした規制や監督の強化が銀行部門のsustainability強化のために行われるものであり、最終的には金融政策の波及や信用創造に寄与することをきちんと説明すべきとの意見も示された。さらに、銀行の株価下落についても、資本コストの上昇を通じて貸出にマイナスとの見方が示される一方、多くの要素が関係するため、両者の因果は不明確との意見も示されている。

これらの議論は、マイナス金利を含む金融緩和が銀行収益を圧迫し、金融緩和の波及や金融仲介を却って妨げるとの懸念がユーロ圏でも高まり始めたことに対し、最近のECB幹部の講演とともにECBの意見表明になっている。つまり、ECBはそうした側面を認めつつも、銀行の低収益や株価低迷には他の要因が大きいと反論している訳である。そうした要因に金融機関同士の競争激化(ドラギ総裁はESRBコンファレンスで"overbanking"と表現した)まで含められたことは、筆者自身にも感慨深いものがある。

資産買入れの限界論

上記のように、政策理事会が金融緩和の効果にポジティブな評価を与え、景気と物価の緩やかな回復という見通しが強力な金融緩和の維持を前提としていることを確認しているだけに、来年3月以降も必要に応じて現在の金融緩和を維持するとのスタンスが再三にわたって示されていることは言うまでもない。

その上で、今回の議事要旨には、資産買入れに十分な量の債券を確保することの課題が議論され、(NCBによるとみられる)"committees"に対して、資産買入れの円滑な継続を確保する選択肢を検討するよう要請したことも記されている。同時に、意図した買入れ量を達成するため、資産買入れのparametersをいつでも調整しうる点が強調されている。さらに、9月の声明文で強調された点-インフレ目標達成のため、政策理事会は必要な行動をとるwillingnessとcapacityおよびabilityを有している-が大きく強調(great emphasis)されたとしている。

冒頭に指摘したように、こうした議論から「資産買入れのテーパリングが近づいている」という推論を引出すことは難しい。それでも報道のような議論があったのであれば、資産買入れの維持可能性を高める議論を行う上で、慎重派に配慮するために、将来の「正常化」に向けた戦略もセットで示されたということかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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