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日銀の9月MPMにおける「主な意見」-パラダイムシフト

2016年09月30日

はじめに

日銀が「総括的検証」とそれを踏まえた「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入したMPMの「主な意見」が公表された。予想外の意見はみられない一方、票決の結果が示唆するほどにはコンセンサスが形成されたかどうか不透明な印象も受ける。当面の政策運営に対する意味合いも含めて、内容を検討したい。

「総括的検証」

「総括的検証」のポイントである「量的・質的金融緩和」の全体の効果については、デフレではない経済状況を実現できたことや、インフレ期待の形成において適合的な要素が大きいので、フォワードルッキングなメカニズムを強める必要があることなど、黒田総裁の会見や講演の内容に照らして、執行部ないしそれに近い立場とみられる意見が示されている。その上で、マネタリーベースの拡大が期待インフレ率の押し上げに寄与したとの意見と、両者の相関は為替レートを通じた短期的かつ見せかけに過ぎないとの意見が、異なる立場から併記されている。

以前の本コラムでも触れたように、少なくともこれまでの「量的・質的金融緩和」の効果を振り返る際には、為替レートは相当なウエイトを以って取り扱うべき論点である。その意味では、このような形であれ言及があったこと自体は重要だが、黒田総裁が会見で再度強調したように為替政策は財務省の専管事項であるだけに、これ以上深入りすることは現実的ではないのであろう。

マイナス金利政策に関しても、長短金利を大きく引き下げる効果を持ったが、金融機関や金融市場への影響にも留意すべきという、執行部とみられる意見が冒頭に示された上で、後者の点に関しては各々異なる立場からの意見も示されている。

つまり、金融機関の体力はグローバルな金融システム安定にとって重要である-大手金融機関を念頭に置いていると示唆される-との懸念が述べられる一方、①金融機関経営の悪化が経済に及ぼす影響と、金融緩和が金融機関を経由せず経済を好転させる効果のバランスを考えるべきという中立的な意見に加え、経済が好転すれば信用コストの低下や貸出の増大によって金融機関の経営も好転するとの指摘も記されている。

マイナス金利政策は所期の効果を発揮したが、その運営に際しては金融仲介への影響に配慮するというのが、黒田総裁の会見等で示された「公式見解」であるが、今回の「主な意見」を見る限り、マイナス金利政策の運営については、必要な「配慮」の程度も含めて、まだ様々な意見が残っている印象も受ける。

「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の総論

今回の「主な意見」では、「イールドカーブ・コントロール」と「オーバーシュート型コミットメント」の二つの柱に関する議論の記述に入る前に、「総論」というパートが置かれ、枠組み全体に関する議論が記載されている。そこには、腰をすえた取組みのために新たな枠組みを採用することや有効性や副作用を踏まえた柔軟な対応をとることの必要性など、黒田総裁の会見や講演のトーンに近く、執行部的な立場とみられる意見が示されている。

その上で、今回採用された「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」について、従来の政策との整合性を確認しつつ、インフレ目標の早期達成に向けたパラダイムシフトとして適切との意見が示されたことは、今回の枠組みの改訂が様々な立場に配慮するものであったことを示唆して興味深い。

加えて、上記のマイナス金利政策に関するパートに記載された意見も含め、金利の低下や利鞘の縮小は自然利子率の低下や長期のデフレ、企業部門の貯蓄超過など構造的問題であるとの指摘や、潜在成長率を上げてこそ自然利子率が上昇し、名目金利体系も正常化するといった指摘がなされている点も注目される。これらの意見は、金融緩和の効果を発揮するには、官民で成長力強化の取組みを進めるべきとの指摘に繋がっている。

こうした考え方自体は、金融市場や実業界からも支持を受けることであろう。その上で、当面の日本経済を展望した場合にどの波及経路が機能するかを見極め、そこに官民の成長力強化の焦点を当ててもらうことも大切であるように思われる。

「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の柱

「イールドカーブ・コントロール」に関しても、まず、これまでの政策運営でイールドカーブ全体への影響力行使の経験ができたことや、柔軟性や持続性のメリットを持つことといった考え方が示されている。加えて、国債の買入れ量が結果的に増減することは政策的な意味を持たない点を市場に対して説明する必要性や、10年金利の操作目標は長期的なペッグでなく、毎回の会合で見直す点なども含め、執行部的な立場の意見が記述されている。

その上で、この手段への慎重論として、①長期金利をマイナス圏に固定し、金融仲介機能を損なう懸念がある、②長期金利の上昇によって国債の買入れ量が高まるリスクがあり、持続性の改善に繋がるか不透明といった指摘が記されている。①に関しては、「総括的検証」後に市場で議論されているように、10年金利の操作目標値の根拠に関わる。同時に、毎回の会合で見直すという考え方自体は上記のように必要である一方、短期金利のようなファイン・チューニングは現実的でないことも否定できない。これらは、今後の実際の運営を通じて明らかにされるべき点である。

一方、「オーバーシュート型コミットメント」については記載された意見自体が少ない。つまり、インフレ期待の引上げのためにマネタリーベースを拡大する方針を継続すべきという、このコミットメントの特徴的な趣旨を説明する意見と、コミットメント強化の意味合いを確認する意見が示される一方、現実的な目標でなく効果も期待できないという消極論が示されているに止まっている。

金融経済情勢の判断

9月のMPMについては、「総括的検証」とそれに基づく「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入という大きなテーマがあっただけに、市場の注目がそこに集中したのも当然であるが、もちろんMPMでは金融経済情勢に関する議論も行われており、これに関する意見も「主な意見」の冒頭に整理されている。

興味深いことに、示された意見を全体としてみると慎重なトーンが感じられる。つまり、緩やかな回復という基調は維持しつつも、個人消費の弱さを認める意見が複数みられ、その要因としてはマインドの弱さと累次の耐久財需要の喚起策の反動などが挙げられている。また、海外経済の不安定性を指摘する意見も複数記載されている。これらを文字通り受け取れば、新たな枠組みの下での政策が実際に発動される日もそう遠くないかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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注目ワード : マイナス金利

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