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FRBのイエレン議長の記者会見-Further evidence

2016年09月22日

はじめに

市場の予想通り、9月のFOMCは金融政策の現状維持を決めた。もっとも、声明文によれば、FOMCとして利上げの条件が強まったとの判断を下した上での見送りであったほか、メンバーの3名が利上げを主張して、現状維持に反対票を投じる中での決定であった。その一方で、改訂された見通しは長期的には下方修正の意味合いも有するなど、今回の政策決定は全体のメッセージが一見分かり難い面があるように見える。いつものように内容を検討したい。

金融経済情勢の判断

声明文やイエレン議長の記者会見での冒頭説明によれば、政策判断の前提となる金融経済情勢の判断は総じて上方修正されている。つまり、雇用や所得、センチメントや純資産に支えられて個人消費がrobustであるほか、設備投資もエネルギー関連のマイナス寄与が徐々に消滅するにつれ改善するとし、実質GDP成長率も、本年前半の低迷を脱して改善するとの見通しを示している。

デュアルマンデートについても、労働市場には更なる改善を見込むほか、インフレも過去の輸入物価の下押し効果が減衰するにつれ、2%に向けた動きが続くとの従来の見方を踏襲している。加えて、前回(7月会合)の際には海外問題の一服によって、短期的な(下方)リスクが減退としたのに対し、今回はリスクが上下双方向に概ねバランスしていると評価を前進させた。

政策判断

FOMCとしては、金融経済情勢の判断だけでなく、それに裏打ちされたデュアルマンデートの達成にもさらなる自信を示したにも関わらず、今回の利上げを見送った。この点に関して声明文は、目標に向かう継続的な動きに関する一段の証拠を待つ(第3パラグラフ)ためと説明した。さらに、イエレン議長は記者会見の冒頭説明では、特に労働市場に関して、雇用の増加ペースは足許で回復しているが、utilizationが年初来あまり改善していないことや、表面的な失業率に比べて賃金上昇が緩やかであるなど、決して過熱を心配する状況ではないとの説明を行った。

もっとも、21日の会見に参加した記者は、利上げを行わなかった理由を改めて問う質問が目立った。それらの中には、ジャクソンホールの講演以降、イエレン議長自身も9月利上げを示唆したにも拘らず現状維持を決めたことや、3名のメンバーが利上げを主張し反対票を投じたことが金融政策への信認を減殺するとの指摘や、イエレン議長が利上げのハードルを再三にわたって事実上引き上げてきた中で、追加的にどのような条件が整えば利上げできるのかを改めて問う質問が含まれていた。

これに対しイエレン議長は、追加的条件を特定することを回避するとともに、結局、米国経済の構造変化-イエレン議長の言葉で言えばnew normal-について、FOMC内でコンセンサスが得られないことを挙げた。後者の点は、後で見るSEPと密接に関連する筋合いにあるし、一定の合理性を持つ。それでも、この点も外部からの観察が難しいこともあって、記者には不満もみられ、数名の記者は大統領選との関係を取り上げたが、もちろんイエレン議長はそうした要素が政策判断に影響する可能性を明確に否定した。

そうなると、イエレン議長が今回の利上げを見送った最大の理由は、現在の政策金利が依然として極めて低位であるだけに、景気が後退局面に入った際に効果的な金融緩和手段があるかという不安に求められるように思われる。実際、この考え方はFOMC議事要旨でも再三示されたほか、今回の記者会見でもイエレン議長もこのような考え方に言及している。

そうした考え方自体は合理的である一方、だとすれば、イエレン議長が、ジャクソンホールで、政策金利の名目ゼロ制約に直面しても、大規模な資産買入れとフォワードガイダンスによって対応しうると主張したのはなぜかという別な疑問も生ずる。いざとなれば「腹を括る」が、できるだけやりたくないという意思表示であったと理解すべきであろうか。この点は、現在のところ必ずしも明確にはなっていない。

SEPとdot chart

FOMCメンバーによる景気や物価の見通し(SEP)は、前回(6月FOMC)と比べてほとんど変わっていない。細かく言えば、本年の実質GDP成長率の見通しが年前半の低成長を映じて引き下げられた(2.0%→1.8%:median)一方、本年の失業率の見通しが、同様に足許の動きを反映して引き上げられた(4.7%→4.8%:同)程度である。

その上で注目されるのは、「長期(longer run)」の実質経済成長率がさらに下方修正された(2.0%→1.8%:median)ことである。イエレン議長は記者会見の質疑の中で、主に労働生産性の伸び率が低下していることの反映であると説明した。実際、筆者が今月初に米国を訪問した際も、長期的な労働の増加率が約1%、長期的な労働生産性の伸び率が(後にブレイナード理事の講演でも指摘されたように)0.5%とすれば、潜在成長率は2%を下回るとの指摘を受けることがあった。

この点の直接的な意味合いは、中立的な政策金利に影響を及ぼすことである。実際、今回改訂されたdot chartによれば、「長期(longer run):median」の政策金利は2.9%とわずかながら再び下方修正された。しかも、今回から加えられた2019年末の政策金利の見通し(median)は2.6%とされ、上記の中立的金利になお届かないことが予想されている。

そこで、dot chartを本年から2019年にかけて改めてみると、medianでは政策金利が0.6%→1.1%→1.9%→2.6%と進むことが予想されている。その特徴は、①全体として下方修正された(ちなみに6月時点のmedianは0.9%→1.6%→2.4%→n.a..)、②ばらつきはあるが、本年に1回の利上げは見込まれている、③2017年の利上げの予想ペースも鈍化した(7月時点では25bp×3回が示唆されていたが、今年は25bp×2回;median)といった点に整理できる。

以上の検討を総合すると、よほどの下方ショックが生じない限り、年内の残りのFOMC(おそらく12月)には多数の賛成を得て利上げが実現する可能性は高い一方、来年もせいぜい半年に1回程度のペースでしか利上げしないパスが推察される。来年の実質GDP成長率が2.0%と潜在成長率をかろうじて上回るにすぎないことを考えれば当然ではあるが、最早「正常化」のプロセスの再開というよりも、「時々利上げ」と称する方が実態に近い印象を受ける。その意味では、長い目で見た米国の長期金利や為替相場にも、無視し得ない意味合いをもつこと考えられる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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