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日銀による「総括的検証」の展望-主要な手段の運営を中心に

2016年09月20日

はじめに

先日の本コラムでは、「総括的検証」の中で枠組みを中心に検討を行ったので、今回はその下での手段と運営について検討したい。

今回の検証が「総括的」とされる以上、「量的・質的金融緩和」の政策手段のすべてを検証の対象とするのが望ましいし、実際にそのようになる可能性はある。ただし、今回の検証を政策手段から見れば、国債買入れの「限界」への対応と、マイナス金利の改善の必要性の二つが主たる背景であろう。そこで本コラムでは、国債買入れとマイナス金利政策に焦点を当てることとする。

国債買入れ:「限界」の克服

既に述べたように、国債買入れに関する課題の一つは「限界」の克服である。この点については、前回の本稿(枠組みに関する議論)で触れたように、「量的・質的金融緩和」の操作目標のウエイトを「量」から「質」へとシフトさせることで対応できる面がある。つまり、将来の国債買入れで札割れが発生しても、それが大規模かつ継続的でなく、かつ意図した方向で長期金利に影響を与えることができる限り、日銀は国債買入れは所期の効果を発揮していると説明できる訳であり、その意味では「限界」を克服できる。

その上で他の資産を新たに買入れ対象にすることも、選択肢としては存在する。ただ、具体的な選択に際しては、意味のある「量」が確保できるかどうかという常に注目される要件だけでなく、波及メカニズムの観点も劣らず重要である。例えば、FRBがQEの中でAgency MBSを買入れたのも、米国債に順ずる市場規模や流動性があったという理由だけでなく、金融危機後において、モーゲージ金利の引下げを通じた住宅市場の再活性化が金融政策の波及経路として重要との認識があったからである。

残念ながら、相応の市場規模と相応の政策効果を期待できるかどうかという観点から、日銀が新たな買入れ対象となる金融資産を選択する作業は容易ではない。例えば、前者の観点から取り上げられることの多い地方債も、後者の面では議論が残る。あるいは、政府が経済対策を通じて財投機関債を顕著に増発する事態になれば、二つの条件をある程度満たす一方、見方を変えれば特定の事業に対する財政ファイナンスにもなってしまうだけに、なお慎重な検討が必要となる。

結局のところ、日銀が新たな資産の買入れまでスコープに入れるかどうかは、今後の経済情勢如何ということになろう。仮に、日本が大きな下方ショックに見舞われることがあれば、政策効果が「相応」であったり、上記の点を含めた副作用があったとしても、そうした資産も動員する必要が生ずることはもちろん考えれる。つまり、新たな資産の買入れは、「限界」論に対する「第二線準備」という位置づけが相応しい。

国債買入れとマイナス金利の接点:イールドカーブの形状

市場やメディアによる今回の「総括的検証」に関する議論をみると、この点に相当なウエイトが置かれていることが明らかである。筆者自身も、マイナス政策金利の導入直後に訪問した米国でも、初夏に訪問した欧州でも、現地の政策当局と市場関係者の双方ともにこのテーマを取り上げることが多かっただけに、個人的に関心を持って考えてきた面がある。

この点は、マイナス金利政策の副作用としての金融仲介の機能-商業銀行だけでなく保険や年金のような長期投資家を含む主体の役割-への副作用との関係で取り上げられることが多いし、それ自体は、マイナス金利政策のsustainabilityとの関係で、日銀自身にとっても重要であることは言うまでもない。

しかし、より広い意味で「量的・質的金融緩和」の効果を検証するためにも、あるいはこの問題に関する適切な対策を模索する上でも、国債のイールドカーブがフラット化した-しかも、より強力なマイナス金利政策を運営しているユーロ圏よりも顕著に生じた-のは一体なぜなのかを整理しておく必要があろう。

この点に関しては主として三つの仮説が存在する。第一には、国内市場で共有される見方として、search for yieldが一段と強まったことに着目するものである。実際、マイナス金利の導入後に超長期債への買い意欲が強まったとの指摘は報道を含めて多くみられた。最近も、日銀自身が指摘するように、長期の社債発行が増加し、しかもそれらは順調に消化されているとみられる。

第二には、筆者が欧州当局から指摘された点であるが、国債管理政策に着目するものである。つまり、ユーロ圏では債務危機からの安定回復に伴い、主要国が超長期債の増発を通じて平均発行年限の「正常化」を進めていることが、ユーロ圏と日本のイールドカーブの反応の違いに寄与しているとの見方である。対照的に日本では、マイナス金利の導入以前から超長期の金利は低位であった中で、国債の発行年限の調整は慎重に進められてきた。

第三には、よりファンダメンタルな観点から、マイナス金利政策が将来にわたって「平常化」するとの期待が形成された可能性に着目するものである。つまり、日銀が数年後に現在のマイナス金利政策からexitできても、今後30年といった期間を展望した場合、景気に下方リスクが高まるたびに一定期間のマイナス金利政策が行われるとの期待が市場に共有されたとの理解である。

こうした期待が生じたことはさらに二つの意味合いを持つ。一つは、ゼロ金利政策の導入まで、日銀の政策金利が文字通りゼロ制約に直面していたとの理解が存在した可能性である。この点には、日銀がそれまでマイナス金利政策に強い消極姿勢を示していたことも影響しているかもしれない。しかし、より重要なことは、最適な政策金利がマイナスなのに実際の政策金利が0.1%で止まったとの見方が存在していた可能性自体である。

もう一つは、日本で長期の経済成長率や長期のインフレ率に対する期待がそもそも非常に低い可能性である。だからこそ、今後30年を展望した場合に、日銀は断続的にマイナス金利政策を運営するといった期待が生じてしまうことになる。この点は、イールドカーブがフラット化した理由に関する、上記の第一の仮説にも関連している。つまり、こうした期待が強いのであれば、ポートフォリオのデュレーションを長期化するメリットがとコストを上回るとの理解に繋がるからである。

日本国債のイールドカーブがフラット化した理由がこのようなファンダメンタルズに関わる面が強いのであれば、日銀による対応の効果は劇的ではないことになる。実際、筆者自身も、「量的・質的金融緩和」が効果を発揮する-将来にわたって経済成長率とインフレ率を改善する-ことに対する信認が強化されることが、イールドカーブの形状の「正常化」にとって、最も基本的な対応であるとの指摘を受けることが多かった。

ただし、そうした指摘に正面から反対することは難しいとしても、現実の政策論としては、この問題に関して日銀に残された対応は技術的に皆無だとは思わないし、先に見たように重要な問題であるだけに、コストとの関係で正当化される対応はきちんと講ずることは、金融仲介を通じた波及効果の下支えを通じて、「量的・質的金融緩和」の信認との関係でも意味を持つものと考える。

そこで、現実的な対応を考えると、市場で既に議論されているように、日銀が国債の年限ゾーン別の買入れを見直し、短中期を相対的に厚く、超長期を相対的に薄くすることがあろう。その上で、こうした変更が所期の効果を持つには、いくつか考えるべき点も残る。

第一にゾーンによって札割れが生ずる可能性への対応である。今後、イールドカーブの形状の「正常化」を意識したゾーンの割り振りを行う場合、これまでの割り振りで相応に考慮されたとみられる要素-market neutralityや市場参加者のニーズ-のウエイとが低下する結果、ゾーンによって札割れが生ずる可能性も上昇しうる。

この点でも、「量的・質的金融緩和」の操作目標において「量」と「金利」の相対的ウエイトを変えることは意味を持つ。新たなゾーンの割り振りの下で買入れ額の目途を厳密にクリアーし続けることは極めて難しく、相応の柔軟性が必要だからである。もちろん、日銀による短中期国債の保有シェア(対発行額全体)は既にかなり高いので、政府による国債管理政策のサポートがなければ、こうした対応にも時間的な制約は残るが、ファンダメンタルな形でイールドカーブが「正常化」するまでの下支えとの考え方はあろう。

第二にイールドカーブの形状を「正常化」する場合のベンチマークである。イールドカーブにより強い働きかけを行う以上、日銀は市場とベンチマークについて相応の理解を共有する必要がある。そうでなければ、市場に様々な疑心暗鬼が生じる結果、政策意図の実現が難しくなるだけでなく、無用のボラティリティを生むことに繋がる。

この点では、先日の「金融市場パネル」での議論も含めて、日銀による「均衡イールドカーブ」への関心が高まったことは興味深い。昨年5月の日銀企画局による「日銀レビュー」で言及されたことを契機に広く知られるようになったこの概念や推計は、「量的・質的金融緩和」の操作目標において「金利」のウエイトを高める考え方と整合的であるだけでなく、市場との対話の円滑化を通じて、政策効果の強化に資するであろう。

ただし、留意すべき点も残る。まずは計量モデルの宿命的な問題として、相応の推計誤差が避けられないことである。このため、仮に時間的ラグを無視しうるとしても、推計結果に基づくことで、市場金利を却って不適切な水準に誘導することも考えられる。市場金利の絶対水準が5%といった「平時」であればまだしも、現在のように絶対水準が低い状況では目立ちやすい面もある。

その意味では、「均衡イールドカーブ」の推計結果を活用するとしても、それはreferenceとするに止め、推計結果に沿った形でイールドカーブの各点の金利水準に明示的な目標を置くといった対応は控えるのが現実的かもしれない。市場との対話という観点でも、日銀は総裁を含む幹部の講演資料や展望レポートの付属資料に必ずこの推計結果を入れておくとか、基調的インフレ率に関する様々な推計と同じく定期的に推計結果を公表するようにすれば、市場は必ず注目するであろうし、結果として、日銀との間で緩やかな共通理解が生ずるのではないか。

日銀がイールドカーブの特定の期間に明示的な目標を置くとすれば、視点を変えれば、国債の価格コントロールをコミットしていることになる点にも注意する必要がある。ここまで大量の国債を買入れたことを考えれば、今更という意見もあろうが、ここで敢えて日銀が国債の価格コントロールを明言することの意味は決して小さくないように思うし、財政の健全化に向けた道筋が現時点では明確でないことも考えると尚更にそうである。

一方、日銀が国債買い入れの年限ゾーン別の割り振りを修正し、イールドカーブに関するreferenceを示すだけで、イールドカーブの形状に対して所期の効果を挙げうるのかという疑問もあろう。この点に関してはフォワードガイダンスの強化が一つの選択肢となりうる。

つまり、日銀が、「量的・質的金融緩和」の将来の運営に関して明確なコミットメントを行うことで、市場の期待を通じてイールドカーブに働きかけるものであり、国債の年限ゾーン別の買入れ運営との相互補完的な役割を狙うものである。

もちろん、この対策も万能薬ではない。既に日銀は2%目標を安定的にクリアーするまで「量的・質的金融緩和」を行うとのフォワードガイダンスを行っているので、より強いコミットメントを行う必要があるが、目標の大幅なovershootを許容するとか、前回の本コラムで検討したカレンダー型のコミットメントにするといった案には各々制約もある。加えて、短中期金利と超長期金利に逆方向の影響を及ぼすようなフォワードガイダンスは考え難い-先に見たように、現在の強力な金融緩和が、将来は成長率やインフレ率を上げるといっているのと変わらない-といった制約はある。それでも、短中期の金利の抑制に絞れば、これまでの経験も含めて活用の余地が存在するように思われる。

マイナス金利政策:金融仲介機能の支持

マイナス金利政策が金融仲介機能をむしろ阻害する可能性に対しては、これまで見てきたイールドカーブの「正常化」以外にも、対応策の余地は残されている。

例えば、政策金利の展望について、日銀と市場がより明確な理解を共有することは、過度な懸念や悲観を回避する上で意味を持ちうる。この点は、マイナス金利の活用可能性を復活させたい日銀が、「深堀り」の余地を強調するメッセージを出していることも併せて検討する必要があろう。この点では、日銀が最適な政策金利について、自然利子率の推計に基づく議論を示すことが考えられる。同様に推計誤差を逃れることはできない一方、「均衡イールドカーブ」のように中長期の金利を扱う場合に生ずる多くの問題は避けることができる。

もちろん、金融機関が金融仲介機能を発揮しやすい環境を整えることも検討対象となりうる。金融機関がマイナス金利政策の副作用として利鞘の縮小に伴う収益面の打撃を強調することは当然であるし、金融仲介に良い影響を与えないことに異論はない。その上で、政策の波及の観点からは、業態や業容によって収益に対する影響の大きさや内容が異なる面があるようにも見えるだけに、金融仲介機能の維持に向けた収益のサポートを行うのであれば、ミクロ的にきめ細かい対応とすることが考えられる。

こうした観点から見れば、例えば、金融機関によるマイナス金利での資金調達を可能にする手段を導入する場合も、対象となる金融機関や対象となるビジネスの面で適切な条件を設定することが大切になる。その際には、日銀が考査等を通じて収集した個別の金融機関に関する情報や知見を有効に活用することが有用であろう。

プルーデンス政策による貢献の余地はこれに止まらない。例えば、イールドカーブの「正常化」が政策意図の通りに進んだ場合には、現在のリスクエクスポージャーの特長によって、金融機関や機関投資家に対して様々に異なる方向での効果や影響を及ぼすことになる。そうした金利環境の変化に、各主体が円滑に対応するよう促すことも、今後において重要な役割となりうる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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