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日銀による「総括的検証」の展望-政策の枠組みを中心に

2016年09月12日

はじめに

国内だけでなく海外でも高い関心を集めている日銀の「総括的検証」の結果公表まで約2週間となった。本日(9月12日)の「金融市場パネル」でもこのテーマを取り上げ、できるだけ早く議事概要を公表するが、会合でメンバーの皆様のご意見を伺う前に、私自身の頭の整理を含めて、主に枠組みに関する論点を検討しておきたい。

「量的・質的金融緩和」の枠組みについて

7月の展望レポート以降、日銀関係者が強調してきたように、今回の「検証」はあくまで2%のインフレ目標をできるだけ早期に達成するためのものと位置づけられている。

この点自体に関しても、「量的・質的金融緩和」の実施を通じて、市場では様々な議論があったし、欧米の状況を考えてもいずれは議論の俎上に上るはずの論点であるが、日銀のスタンスが明確である以上、今回の「総括的検証」の展望としてはスコープの外に置くべきなのであろう。

その上で、文字通り「総括的検証」をテーマとして取り上げた9月5日の黒田総裁の講演は、第1のポイントが、大規模な金融緩和を行ったのに2%のインフレ目標を達成できなかった理由にあることを明言している。さらに重要な点は、政策がどのように機能し、何が目標の実現を阻害したのか明らかにするとしている点である。

これらの点をもう少し直裁に言えば、日銀としては、外部要因ないし特殊要因がなければ「量的・質的金融緩和」はインフレ目標達成に導くものであったかどうかを確認したいということになる。

実際、この講演では、企業収益や雇用・所得環境、基調的インフレの面で「量的・質的金融緩和」が初期の効果を発揮したことが強調されている一方、それでもインフレ目標を達成し得なかった理由として、原油価格の下落、消費税率引上げ後の消費の低迷、新興国経済の減速や国際金融市場の不安定化によって、インフレ期待の改善が妨げられた点を挙げている。

もう一つ重要な点は、日銀が「量的・質的金融緩和」の波及メカニズムとして、実質金利の引き下げを念頭においている点である。この点は、9月8日の中曽副総裁の講演ではさらに明確に述べられており、要するに日銀としては、国債買入れやマイナス金利政策によって名目金利を押し下げるとともに、インフレ目標へのコミットメントを通じてインフレ期待を押し下げることで、実質金利をマイナス方向に動かすことを企図していたことを確認した訳である。

そして最後に重要な点は、日本ではインフレ期待の形成メカニズムにおいて「適応的」な要素が強いことを黒田総裁が認めたことである。この点は既に6月の慶応大での講演に始まり、8月のジャクソンホールでの講演でも指摘しており、9月8日の中曽副総裁の講演も含めて、日銀として相当に強調したい点であるように見える。

これらの議論を踏まえると、「総括的検証」にとって重要な二つの論点が浮かび上がる。第一に外生要因と内生要因との区別である。つまり、日銀としては、インフレ目標を達成し得なかった要因のうちで外生要因による影響を識別したい訳である。黒田総裁の上記の整理によれば、原油価格の下落や新興国経済の減速、国際金融市場の不安定化がこれに該当する。

第二にはインフレ期待に働きかけるメカニズムの再検討である。上にみたように、日銀はインフレ目標へのコミットメントが重要としており、9月の二つの講演をみる限りその点には変わりがないようだ。ただ、そのための手段については議論も残る。少なくとも「量的・質的金融緩和」の当初には、ベースマネーの大規模な拡大、あるいはそのコミットメントが、企業や家計の期待形成に影響を与えることが意識されていた。しかし、今や黒田総裁が認めるように、インフレ期待の形成が「適応的」なのであれば、このルートの効果は期待しがたいことになる。

「中間目標」の可能性

「総括的検証」では、これら二つの論点が確認できたとして、果たして「量的・質的金融緩和」の枠組みを-できるだけ早期のインフレ目標達成を所与とした下で-変えるような議論は可能だろうか。

上記の第一の論点に即して言えば、筆者としては、「中間目標」的なものを意識した政策運営の余地があるように思う。誤解のないように言えば、ここでの「中間目標」は「最終目標」である2%のインフレの「中間」-例えば1%のインフレ-という意味ではない。そうでなく、ここでの「中間目標」は「量的・質的金融緩和」が「最終目標」に向かって適切に効果を発揮しているかを明確に示すための目標である。

「中間目標」を活用するメリットは、日銀にとって市場を含む幅広い経済主体との間で政策効果に関する理解を共有できることである。実際、特に2015年以降の「量的・質的金融緩和」を振り返ると、「市場との対話」がしばしば焦点となった。2%のインフレ目標の早期達成という「最終目標」のみが存在する下では、その到達が遠ざかるに連れて、市場は追加緩和の期待を高め、日銀は外生要因による面が大きいと判断して現状維持を繰り返すというギャップが生じた訳である。

そうした目的での「中間目標」にとっては、三つの条件が必要となる。第一に透明性の高さである。抽象度が高くて実際に計測不能であったり、日銀が内部で秘かに推計するといったものでなく、外部と明確に共有できるものである必要がある。第二に日銀が相当にコントロールしうるものである。原油価格や国際金融情勢のような外生要因に左右されるものでなく、日銀の政策運営によって変え得る変数であることが求められる。第三に当然であるが「最終目標」との安定的な因果関係を有する必要がある。

果たして、こうした条件を満たす指標は存在するだろうか。先週の黒田総裁と中曽副総裁の講演やその資料をみると、「量的・質的金融緩和」が効果を発揮している根拠として、ともに実質金利と金融環境(financial condition)の二つを取り上げている。これらは、上記の三つの条件に照らしてみても相応に満足しうる面がある。特に第三の点に関しては、もともと「量的・質的金融緩和」の波及メカニズムとして意識されていただけに、日銀だけでなく市場からも受け入れやすい面があろう。

その上で、もちろん課題も残る。実質金利に関してはインフレ期待の推計が難題である。つまり、インフレ期待の推計自体は技術的には難しくはないが、使用するデータ-例えば市場ベースやサーベイベースか-によって結果は異なりうる。このため、厳密さには目をつぶった上で、実質金利の変化の方向性といった視点で捉えるといった扱いが現実的かもしれない。

金融環境についても、多様な要素からどのように総合的な評価を行うかという課題は残る。二つの講演が示唆するように、日本の金融システムの特徴に照らして、考慮すべき要素はある程度収斂するのであろうが、そのウエイト付けが問題となる。このため、こちらも厳密さの点ではある程度の問題を許容した上で、市場との理解を共有しながらFCIのような指標を使用することが現実的かもしれない。

為替レートの扱い

「総括的検証」の第二の論点の検討に移る前に、外生要因と内生要因の識別の観点から、為替レートの扱いに触れる必要があろう。先に見た黒田総裁の整理に即して言えば、為替レートは国際金融市場の一要素となり、外生要因と整理されうることになる。実際、2015年中盤に円安傾向が反転して以降の動きを振り返ると、新興国経済への不安や欧州金融システムへの懸念、Brexitや米国の利上げシナリオの変化といった、まさに日銀にはコントロールしがたい要因によって円高が進んできた面は大きい。

一方で、特に海外市場の関係者の間では、先に見たように追加緩和の期待が裏切られ続けた結果として、日銀のインフレ目標に対する信認に問題が生じたことも円高圧力の原因になったとの見方も根強い。その意味でも「中間目標」によって市場との対話を改善することの重要性は高いことになる。

しかし、仮に市場との対話が改善しても、政策運営が為替レートを変動させることで直接ないし間接的に「中間目標」の指標に影響を与えるだけでなく、「最終目標」の達成にも直接的な影響を及ぼす点は否定できず、つまり内生的な性格は残ることになる。実際、少なくとも市場では、「量的・質的金融緩和」が初期の段階でインフレ率を実際に押し上げたメカニズムとして円安が強く意識されたことは事実である。あるいは、インフレ期待が「適応的」なのであれば、まず円安によって実際のインフレ率を上昇させ、それによって期待のre-anchoringを図るという戦略も一定の合理性がある。

このように「総括的検証」を純粋に捉えた場合には、為替レートの位置づけや影響は重要な論点となることに異論は少ないであろう。しかし、現実に戻って考えると、特に米国が経済と政治の両面から為替レートに神経質になっているという外部環境や、為替政策は日銀ではなく財務省の専管事項であるという国内要因を踏まえると、今回の「総括的検証」の焦点となる可能性は少ないと考えるべきなのであろう。

「量」と「金利」の相対的ウエイト

それでは、先に見た「総括的検証」の第二の論点であるインフレ期待に働きかけるメカニズムに関しては、どのような対応が可能だろうか。インフレ期待の形成が「適応的」であるとすれば、この点に関する対応は苦しい。実際、黒田総裁と中曽副総裁はともに、2%のインフレ目標のできるだけ早期の達成というコミットメントの維持が重要であることを強調しており、その点自体に関して異論は少ないであろうが、インフレ期待に対する働き掛けとしては間接的ないし補完的であることも否定できない。

そこで少なくとも言えることは、「shock and awe」のような戦略の意味合いは少なくなっており、見直しが必要という点である。日銀は、予てからサプライズを意図した政策運営は行っていないと主張しているが、実際は2014年10月の追加緩和のように市場が予想しない形での政策決定もあった。そうした実績は措くとしても、将来に向かってスタンスを明らかにすることは考えられる。その意味では、今回の「総括的検証」について、黒田総裁と中曽副総裁がともに明確な説明を講演の形で事前に行ったことは興味深い。

また、ベースマネーの顕著な拡大ないしそれに対するコミットメント自体がインフレ期待に影響を及ぼすという説明を維持することも難しい。日銀としては、既に、少なくとも2014年5月の「日銀レビュー」の頃以降はこうした主張を行っていないのかもしれないが、「総括的検証」でもインフレ期待に働き掛けるメカニズムの説明は明確にしておくことが望まれる。

この点は、先に見た第一の論点と併せて考えると、日銀による政策効果の説明において、「量」と「金利」の相対的なウエイトを全体としてシフトすることを意味する。この点は、副次的には政策手段の運営に対しても意味を持ちうる。例えば、市場では、国債買入れに関して、現在のペースを維持した場合に、早ければ2017年中にも買入れ額の確保が難しい事態に陥るとの見方があり、この点が「量的・質的金融緩和」自体に関する悲観論に繋がっている面もある。

日銀が「総括的検証」を行ったoperationalな背景が、今回のジャクソンホールのテーマであったresiliencyにあるのであれば、このような懸念は決して看過しえない。そこで、「量」と「金利」の相対的なウエイトを変えるができれば、日銀は国債買入れの金額を柔軟化したり、仮に札割れに直面しても金利を抑制できれば所期の効果を発揮できていると主張しうるようになる。もちろん、その上にマイナス金利政策の意味合いを説明したり、実質金利を「中間目標」として位置づけることも相対的に容易になる。

ただし、現時点で「量」の意味合いを敢えて否定することは現実的ではないのであろう。「量的・質的金融緩和」の基本的な枠組みに関わる要素であることに加え、先に見た為替レートへの影響も-特に海外市場を念頭に置いた場合-考慮する必要がある。さらに、日銀が政策効果としてfinancial conditionを意識するのであれば、「量」も当然ながらその構成要素と位置づけられる訳である。

コミュニケーション・ポリシー

最後に大きな枠組みに関する論点ではないが、コミュニケーション・ポリシーに関する課題にも触れておきたい。

「量的・質的金融緩和」が抱えていた市場との対話の主要な課題は、先に見たように、市場の根強い追加緩和への期待と、インフレ目標から遠ざかる下での日銀の現状維持の繰り返しにあった。この点自体は、「中間目標」の導入といった手段も含めて、日銀の政策が「最終目標」に向けてどの程度効果を発揮しているのか、外生要因による阻害はどの程度で、それがいつなくなるのかについて、日銀と市場がより的確に理解を共有することによって解決すべき問題である。

その上で補完的な対応として、日銀はいわば短期的なフォワードガイダンスを行うことも考えられる。例えば、次回の経済・物価の見通しの改訂までは、現在の政策運営を維持するとか、2017年6月までは緩和策の縮小は行わない、といった説明を行うことである。もちろん、これらは「量的・質的金融緩和」のコアにあるフォワードガイダンス-2%のインフレ目標を安定的に達成するまで、「量的・質的金融緩和」を維持する-に比べてマイナーなコミットメントであるが、海外の事例も踏まえると、市場との対話の面で相応の効果が期待できるように見える。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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