1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. ECBのドラギ総裁の記者会見-Moderate but st…

ECBのドラギ総裁の記者会見-Moderate but steady

2016年09月09日

はじめに

市場では資産買入れの調整に関する様々な思惑が見られたが、結局、ECBの9月政策理事会は細部を含めて金融緩和の現状維持を決定した。現在の景気を考えれば納得感がある一方で、市場とECBとの意見の乖離には、ECBによる資産買入れに固有の問題だけでなく、先進国の金融政策に共通する問題も関連しているように見える。いつものように記者会見の内容を検討したい。

金融経済情勢の判断と新たな見通し

ドラギ総裁は、記者会見の冒頭説明において、ユーロ圏の現在の景気が、前回(6月)の見通しに概ね沿った動きになっていることを強調した。すなわち、雇用と所得の拡大や原油価格下落による実質購買力の増加が個人消費を支えているほか、緩和的な金融環境や総需要の回復が企業収益を通じて設備投資の回復を促進し、緩やかだが着実な景気回復が続くとの見方を確認した。

インフレに関しても、ドラギ総裁は現在の動きが前回(6月)の見通しに沿っているとした上で、今後数ヶ月は低迷が続くが、年末にかけて原油価格のlevel effectが消滅していくに連れて回復のパスを辿るとの見方を確認した。さらに、来年以降についても、景気の回復に伴う需給ギャップの改善によってインフレ率の上昇が続くとの見方を示した。

実際、今回公表された9月のスタッフ見通しは前回(6月)からほとんど変わっていない。今年から2018年にかけての実質GDP成長率見通しは1.7%→1.6%→1.6%となり、2016年が0.1%ポイント引上げ、2017年以降が各0.1%ポイント引下げとなったに止まった。HICPインフレ率の見通しも0.2%→1.2%→1.6%となり、来年だけが0.1%ポイント引き下げられたに過ぎない。

ユーロ圏が改訂後の実質GDP成長率見通しに沿った動きになれば、当面は潜在成長率を上回った状態が維持されることを意味するだけに、先にみた総需要を通じたインフレの押し上げも含めて、ユーロ圏経済は少なくともマクロ的には金融危機以降で最も良好な環境に置かれることになる。

金融緩和のスタンス

ユーロ圏経済に関するこうした判断を踏まえると、ECBによる政策も少なくとも当面は現状維持が合理的となる。しかし、ドラギ総裁は、Brexit後の不確実性による面もあって外需が依然低調であるほか、多くのセクターでバランスシート調整が必要であることに加え、構造改革の実施が遅延しているために、経済成長率のリスクは依然としてダウンサイドにあることを指摘した。その上で、必要であれば、政策理事会はマンデートの範囲内で全ての利用可能な手段を発動するとの考え方を確認した。

このように慎重な姿勢の背景には、ドラギ総裁が質疑の中で強調したように、現在のユーロ圏経済の回復の少なからぬ理由が他ならぬ金融緩和であると理解していることがあろう。つまり、ドラギ総裁はECBによる金融緩和スタンスの後退-あるいは市場にそう解釈されること-が生ずれば、景気回復シナリオ自体が揺らぐと思っている訳である。

だとすれば、金融危機以降で最も良好な経済環境も「ゲタ」を履いているに過ぎないことになり、ドラギ総裁は経済成長率だけを考えても、金融緩和のスタンスを緩めることはできないことになる。

もちろん、ECBにはその上にインフレ目標の達成という課題がのしかかっている。しかも、今回の見通しが示唆するように、潜在成長率に比べて相対的に高めの成長を続けても、2018年になっても2%のインフレ目標に到達しないのはむしろ厳しい見方である。

実際、総じて平穏なやり取りが多かった今回の記者会見の中で、ドラギ総裁が回答に若干窮したのは、見通しの期間内にインフレ目標の達成が見込めないのに、なぜ追加緩和に踏み切らないのかという質問であった。しかも、ドラギ裁は、現在の金融緩和がクレジットスプレッドを含めて金利を全般的に低下させ、良好なfinancial conditionを実現したという意味で効果を発揮したと回答した。

読者は、このようなやり取りをみて、黒田総裁の記者会見との間で既視感を覚えるかもしれない。つまり、インフレ目標の早期達成にコミットする下で、見通し期間内に目標の達成が難しいとの見方が示唆されれば、市場が追加緩和に期待することには相応の合理性がある。ユーロ圏でも日本でも大規模な金融緩和によって各々の金融経済に様々なプラスの効果が生じていることは明らかであるし、市場もそのことは納得するであろう。その上で、こうした効果とインフレ目標達成との関係について、どのように理解を共有するかという問題が残されている訳である。

金融政策手段の運営

景気とインフレの両面から金融緩和を維持する必要がある以上、ECBにとっては、上記のコミュニケーションの課題に加え、政策手段のsustainabilityを維持することも重要である。まずは、予て本稿で議論したように、一部の国の国債買入れについて来年前半にも生じる支障をどう乗り切るかである。

こうした支障は、日銀の国債買入れに関して意識されているものとは異なる。つまり、日銀の場合は、最終的に民間投資家が国債の売り渡しに消極化することで、資金供給量の確保が困難化するとの懸念である。これに対しECBの場合、まずは、利回りの下限(預金ファシリティの金利=▲0.4%)や発行体当りのECBによる保有シェアの上限(33%)に抵触するリスクが懸念される。

その意味では市場が資産買入れの技術的調整を予想したのも合理的であるし、先に見たように金融緩和の長期化が予想されるのであれば尚更である。実際、今回の記者会見でも、調整の内容に関して多くの質問が示された。

これに対しドラギ総裁は、①今回の政策理事会では議論していない、②政策手段の運営は"committees"で検討中である、の2点を説明した。後者はおそらく主要NCBを含めた場であり、既に実施している政策手段の効果を評価するとともに、課題を明らかにし、ドラギ総裁も示唆するように新たな手段の可能性も模索しているのであろう。つまり、ECB版の「総括的検証」である。

2017年3月まで資産買入れを継続するコミットメントは、延長の可能性について柔軟に規定している。それでも、市場が国債買入れの限界に過度に神経質にならないよう、今回会合で一部でも結論を出すべきだったかもしれない。特に焦点である国債買入れは、利回りの下限や保有シェアの上限といったECB自身によるルールの緩和が現実的解であることに異論は少ないであろう。にもかかわらず次回(10月)以降に決定が先送りされたことは、政策理事会での意見の相違が意外に大きいことを示唆するかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

この執筆者の他の記事

井上哲也の他の記事一覧