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ECBの7月政策理事会のAccount-コミュニケーションのレビュー

2016年08月19日

はじめに

ECBのドラギ総裁は、7月の政策理事会後の記者会見(7月21日)で「緩和予告」とも理解できる発言を行ったが、今般発表された議事要旨(account)によれば、政策手段の選択肢を含め、明確な意識が共有されていたとまでは言えない面も明らかになっている。その理由も含めて議事要旨(accounts)の内容を検討しよう。

金融情勢判断

前回(6月1日および2日)の政策理事会後のユーロ圏にとって、最大のリスクイベントが英国のEU離脱を巡る国民投票であったことは言うまでもない。しかもその上で、政策理事会の大勢は、長い目でみた経済面の影響にはなお不透明性が残るとしつつも、金融市場もポンド相場や銀行の株価を除いて安定を回復し、実体経済にもとりあえず大きな影響は出ていないとの見方で合意した。

このうち国内経済に関しては、雇用と所得の改善を背景に個人消費が堅調な拡大を続けるほか、企業収益の好転の継続と緩和的な金利環境によって設備投資の一段の拡大が続くとの従来からの予想を維持した。海外経済をみても、依然として成長率は総じて低いものの、中国でのマクロ経済対策の実施や米国の第1四半期の低成長からの立ち直りつつなどにより、全体として安定化の兆しがみられるとの見方が示された。

この間、インフレ率は足許でわずかながらプラスとなったほか、年末にかけては原油価格のlevel effectも消滅するが、政策理事会メンバーは、ここから2%に向かって上昇を続けるイメージが持てないとの見方を示した。また、インフレ期待も、家計や専門家に対するサーベイ結果によれば、特に中長期のインフレ期待は概ね安定している一方、5年先の5年物金利のような市場指標は、英国によるEU離脱の国民投票後に顕著に下落し、その後も回復していない点が問題視された。

なお、金融システムに関しては、貸出金利や株価全般、為替レートからみて、マクロのfinancial conditionは緩和的になったとの見方が示された。もっとも、当然ながら一部国の銀行システムには懸念が示され、自己資本比率の低下や不良債権の残存等を背景に、こうした国での銀行の貸出供給力の低下に対して懸念が示された。

追加緩和の合理性と内容

今回の議事要旨は、冒頭に述べたように、次回(9月)の政策理事会での追加緩和を明確に示唆する内容を盛り込んでいる、とまでは言えない。それでも、追加緩和を合理化する理由として考えられる要素を今回の議事要旨から整理すると次のようになる。

第一に、政策理事会メンバーは、景気の中心的シナリオとしては6月時点の見通しに近い線を意識しているものの、英国の国民投票の結果による中長期的な不透明性を含めて、先行きのダウンサイドリスクは高まったとの認識を共有している。

第二に、インフレとインフレ期待とも、上に見たように改善の兆しが不透明になったとの理解が共有された。この点は、個人消費や設備投資を中心に景気に相応の自信があるのであれば、あるいは雇用者報酬や企業収益の増加傾向に確信が持てるのであれば、そこまで深刻に捉える必要もないように見えるかもしれない。

しかし、ユーロ圏の場合はドラギ総裁が毎回の記者会見で強調するように、非金融法人企業のバランスシート調整は総じて遅延しており、従って銀行システムも過剰融資を抱えている。こうした民間債務の問題を解決していく上で、相応のインフレがあったほうが円滑であることは否定できない。

第三に、政策理事会はECBの金融政策による効果に対して一定の信認を維持している。この点は、今回の議事要旨でも、金融緩和が貸出金利の低下と銀行貸出の増加を招いたとの理解が共有されている。また、英国の国民投票で過半数がEU離脱を指向したにも関わらず、金融市場や実体経済への影響が抑制されている理由の一つとして、ECBを含む世界の主要な中央銀行が「行動の用意」を迅速に示したり、実際に流動性を供給したことが挙げられている点からも示唆される。

その上で、プラート理事の提案により、①政策理事会はユーロ圏経済に対してcautiously optimisticである、②政策理事会は今後も経済と金融市場の動向を密接にモニターする、③今後数ヶ月には、新たな経済指標と新たなスタッフ見通しが入手できる、④政策目標の達成に必要であれば、マンデートの範囲内のすべての手段を動員する用意がある、といったメッセージを発信することが合意され、これらは7月政策理事会の声明文に盛り込まれた。

もっとも、今回の政策理事会では、追加緩和の際の政策手段の選択肢やそのコスト・ベネフィットに関する議論は、少なくとも公表された議事要旨の内容からは見出すことは出来ない。その理由は議事要旨だけからは明確ではないが、例えば、次回(9月)の政策理事会までに、各政策手段に関するある種の検証が必要との理解が共有されていることが考えられる。

日銀ほど「総括的」である必要はないとしても、ECBの場合も、マイナス金利、国債および政府機関債買入れ、証券化商品およびカバードボンドの買入れ、社債買入れ、銀行貸出支援策(TLTROII)と多様な手段を次々に投入してきただけに、各々の政策手段の合理性や適切な規模、相互の影響や効果などを再検討し、追加緩和を行う場合の手段の選択肢を整理しておくことには少なからぬ意味がある。

議事要旨の課題

ECBが政策理事会の議事要旨(accounts)の公表を開始したのは、2015年2月の会合からであり、この間に概ね1年半の実績が積み上がった訳である。

そこで改めてその意味合いを考えると、まず、ECBに関しては、各国の中央銀行代表が参加するだけに情報開示の難しさが指摘されていたことを思うと、取りまとめの工夫によって議事要旨の刊行に至ったことは前向きに評価されうる。一方、議事要旨の刊行が透明性の向上に繋がっているかどうかには微妙な面もある。

例えば、政策理事会直後のドラギ総裁の記者会見により、次回の政策理事会での決定に一定の期待が生じた場合も、議事要旨の公表によって期待が修正されたケースはあまり記憶になく、政策理事会メンバーによる講演の影響力が大きかった印象がある。

その理由は、例えば、議事要旨には特定のテーマに関する政策理事会メンバー間の意見の対立が丁寧に書かれていない-執行部の意見に対する賛否の形で示される-点にあるようにもみえる。ECBにとっては、さらに新たな政策手段を模索する以前に、コミュニケーションのレビューも大切な宿題であろう。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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