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7月FOMCの議事要旨-Long-Run Framework

2016年08月19日

はじめに

ダドリー副議長によるコメントの後、米国市場では関心を失っていた年内利上げの可能性に対し、多少は再注目する兆しもみられた。そうした中で公表された7月FOMCの議事概要は利上げに前傾化した内容ではないが、FRBによる金融政策の先行きを考える上で、当然ながら有用な情報が含まれている。

金融情勢判断

議事要旨に示された金融経済情勢による議論(8~11ページ)のトーンは、会合直後に公表された声明文に要約された通りであり、大きなサプライズはない。その上で注目すべきなのは、FOMCが意識した二つの不透明性、①英国のEU離脱に関する国民投票結果による金融市場への影響、および②米国労働市場の改善ペースの失速リスクの双方が、6月FOMC時点に比べて低下したとの判断を示している点である(10ページ左段下以降)。

①に関しては、米国株価や米ドル相場の状況から明らかであるだけでなく、議事要旨は実体経済に対する影響もほとんどないとした。②に関しても、議事要旨は、6月の雇用統計が顕著に好転し、様々な統計から見ても労働市場が急に減速した訳ではないとの判断を示した。これらを踏まえ、FOMCメンバーは短期的な景気のダウンサイドリスクが低下したと判断した(10ページ右段上)。

もっとも、議事要旨のこの直後には、FOMCメンバーが長期の視点から注視する点が挙げられている。代表は、1)ユーロ圏、特にイタリアの銀行の自己資本の脆弱性や不良資産の大きさが、経済活動を圧迫するリスク、および2)中国の外為政策の不透明性や景気刺激に伴う債務の増加が経済に与えるリスク、といった周知の要素である。もっとも、議事要旨には、数名のFOMCメンバーが、米国の経済見通しに関する不透明性は特に高くはなく、リスクは上下にバランスしていると主張したことも記載されている。

これらを含め、FOMCメンバーは7月会合時点で金融経済情勢について見方が分かれていたとする米国メディアの解釈は正しい。ただし、6月FOMC時点に比べると、短期的なリスク要因が剥落したと判断している点で、金融経済情勢の評価が総じて好転したことも確かである。

利上げのロジック

今回の議事要旨は、利上げ見送りの理由について、FOMCメンバーの多数が、デュアルマンデート達成に向けたモメンタムを判断する上で、追加的情報を待つことが"prudent"と判断したことによると説明している(11ページ右段上)。この点に関しては、雇用がタイトになっても、"unwanted"なインフレ圧力上昇のリスクは低いとの判断を示したことにも注意すべきであろう(11ページ左段上)。

ただし、FOMCが今後の利上げを考える上では、金融経済指標を丁寧に確認するだけでなく、次の点に関する検討も必要であると思われる。第一に、デュアルマンデートに関する部分とそれ以外の部分でパフォーマンスが乖離した場合の対応である。実際、今回の議事要旨でも、労働市場は失業率や賃金のみならず、幅広い指標が顕著に改善していると評価され、インフレ率もコアPCEは相応の水準に達し、過去の原油価格の下落やドル高の影響が順調に消滅すれば2%に向かって近づくとの展望が確認されている。

しかし、議事要旨前半に示されたように、自動車の消費サイクルに成熟化のリスクもあるほか、設備投資はエネルギー部門を中心に減速し、住宅投資も長い目で見れば一進一退である。潜在成長率との関係もあるが、総需要の成長率が年率2%程度でも、需給ギャップが縮まるかどうかは議論が残る。

第二に、長いインターバルを伴う利上げの効果や意味合いをどう考えるかという点である。次回の利上げをあたかも「単発」の利上げと捉える方が、計量モデルで金融経済に与える影響を推計する上では好都合かもれない。しかし、経済主体の利上げ予測(やそれが体化されたイールドカーブ)は、利上げ「プロセス」を考慮に入れるはずであり、それらが全体として金融経済に効果を及ぼす面が大きいように思われる。

そうであれば、FRBが利上げに踏み切っても、市場は次がいつか(また、いずれの方向か)不透明と感じるようでは、利上げは金融経済に所期の効果を発揮しうるかという疑問を招き、「のりしろ」確保に主眼があるとの疑念を強めざるを得なくなる。

第三に、市場の利上げ期待における感応度の低さにどう対応するかという点である。実際、米国市場では年内利上げの期待は低かったし、今回のダドリー発言の影響も(この議事要旨の受け止めもあって)すぐに低下した。今後の経済指標が一方向に好転すれば良いが、上に見たようなリスクもあり、相応のばらつきも避けられない。

そうした状況のままで、9月であれ12月であれ利上げの可能性が本格的に浮上すれば、米国の長期金利や株価が相応に不安定化するリスクは否定できない。FOMCはこれを避けがたいコストと判断するかもしれないが、ボラティリティが顕著に上昇すればその後の政策運営を相応に制約することも考えられる。

金融政策の枠組み

実は今回の議事要旨の冒頭には、金融政策の長期的な運営に関する議論が記載されている。当面は変更の必要がないという穏健な結論に至ったとされるが、内容は興味深い。

すなわち、事務局は、①先進諸国の政策運営、②金融危機後のFRBの政策運営、③金融危機後の米国の金融市場、の三点に関する分析を報告した。これに対しFOMCメンバーは、1)ショックに対する柔軟性を有する枠組み、2)金融政策の枠組みと金融システム安定の関係、3)オペの取引相手や適格担保、中央銀行のバランスシートの大きさや構成、4)市場金利と政策金利の関係、5)準備通貨としての米ドルと政策の波及、等を議論した。

先進諸国の政策運営をもとに、ショックに対する柔軟性を有する枠組みを議論すれば、マイナス金利や社債買入れも当然に論点となったはずである。その意味で、こうした「長期の」議論にも、遅々として進まない利上げと米国景気の成熟の中で、「次のサイクル」での政策運営を意識した面が含まれることは否定できない。

個人的には上記の5)も大変興味深い。米ドルが準備通貨であることは、世界のドル資産と負債の絶対量が圧倒的に大きいことを意味する。従って、仮に金融政策が通貨の対外名目価値に影響を与えることができるのであれば、FRBは世界の金融システムを動員して、上下双方により大きな政策効果を発揮しうる立場にある。しかし、日本を含むROWにとっては、米国にこうした効果を"prudent"に活用するよう促すガバナンスの仕組みを有していない訳である。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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