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BOEのカーニー総裁の記者会見-ポリシーミックス

2016年08月05日

はじめに

前回(7月)のMPCの声明文や議事要旨を通じて追加緩和の方向が明確に示唆されていただけに、今回のMPCでの追加緩和は、市場のコンセンサスとなっていた。それでも、利下げと(社債買入れの導入を含む)量的緩和の拡大、貸出支援策の導入といった「三次元」そろい踏みの内容は、米欧市場でやや意外感を持って受け止められている面があるだけでなく、むしろ適切さを問う意見もみられるなど興味深い反応を引出している。

今回はMPCの"Super Thursday"に当たり、声明文と議事要旨に加え、Inflation Report(IR)や新たな政策手段に関する公表文とそれらの認可を巡るカーニー総裁とハモンド蔵相の交換書簡、さらにカーニー総裁の記者会見と大量の情報が入手可能であるが、追加緩和のポイントを整理しつつ、意味合いを検討したい。

追加緩和の背景

声明文と議事要旨によれば、追加緩和の理由はEU離脱を支持した国民投票の結果、離脱プロセスとその影響に関する大きな不透明性が生じたため、設備投資や住宅投資を中心とする内需に大きなダウンサイドリスクがあるとの認識である。実際、今回のIRに示された新たな見通し(Mode)によれば、2016年の実質GDP成長率の見通しは前回(5月)と不変(2.0%)となったが、2017~18年にかけては0.8%→1.8%と、前回(5月)の2.3%→2.3%とは様変わりになった(ちなみに同期間のGDP下振れの累計は2.5%)。

この点自体に対する異論は考え難いが、議事要旨やIRは、MPCにおいて、①大幅なポンド安による輸出の増加は総需要を下支えするのではないか、②またポンド安によりインフレ目標の達成は容易になるのではないか、③投資の減速は最終的には総供給の減速を招くので、需給ギャップの拡大は深刻ではないのではないか、といった議論が行われたことを示唆する。

しかも、よりシンプルだが難しい問題は、現時点で入手可能な経済指標(hard data)がBrexit後の状況をまだ十分にカバーしておらず、議事要旨が説明する内需減速のリスクも、実は多くの根拠がサーベイ結果である点である。しかも、そうした結果のうち、企業のセンチメントは多くの例で下振れしているが、家計に関しては必ずしも同方向の結果が現れている訳ではなく、この点も今回の追加緩和を過剰とする見方の背景にあると思われる。

もちろん、これらの点に関してMPCは否定的な立場をとっている。つまり、議事要旨には、総需要の落ち込みが大きすぎて①ではoffsetできない、少なくとも現時点では、②によるインフレ目標の達成より、需要不足による失業等のslackness発生を重視すべきである(ちなみにIRには、失業率が現在の4.9%から2018年に5.6%に上昇するとの推計が示されている)、③供給が低下するまでの間の需給ギャップの問題が大きい、といった主張がdominantとなったことが説明されている。

このうち②は、IRで2016~2018年のCPIインフレ率見通し(Mode)を0.8%→1.9%→2.4%とした(前回(5月)は0.8%→1.5%→2.1%)ことを考えると、インフレ目標のある程度のovershootを許容しても、総需要を追加緩和で支える考え方が示唆される。この場合のリスクは、インフレ期待が高まりすぎて上方向にsecond round effectが生ずることであるが、議事要旨にはこの間の労働市場が柔軟性を増し、雇用と賃金との関係が不明確になっているとし、リスクをdownplayしている。

さらに、hard dataが不十分である点をMPCの多数派は逆に受け止め、英国経済が今回の見通し通りに推移しても、さらなる追加緩和を行う可能性が高いとの立場を明確に示唆している。

MPCの多数派によるこうした理解を受け入れるとしても、市場からみて今回の追加緩和が過剰と感ずるかもしれない理由は他にも存在する。それは、国際金融市場の不安定化や海外経済の悪化が英国の金融経済にrepercussionを生ずるスパイラルが生じていないことである。もちろん、議事要旨も示唆するように、ユーロ圏銀行の株価低迷が一部国の金融システム不安を助長するといった形で、長い目で見れば英国に問題が回帰する可能性は否定できないが、少なくとも現時点ではそのリスクは抑制されている。

政策手段の選択

今回のMPCが決定した三次元の追加緩和のうち、利下げについては大きな異論は考え難いであろう。BOEの場合、政策金利が0.5%のままに放置されていたことが0.25%の利下げを可能にしたという「経路依存」のメリットを活用した面もある。

興味深いのは、政策金利の事実上の下限について、0%の僅か上という、今や少数派となりつつある考え方を維持した点である。その理由について議事要旨やカーニー総裁の記者会見では、低金利環境が長期化した上でゼロ金利政策ないしマイナス金利政策を導入すれば、(リテール)預金の金利引下げが難しいだけに、貸出金利の低下に伴って利鞘が縮小するため、銀行は手数料等を引き上げることになり、顧客から見た実質的な借入れ条件は却ってタイト化しやすいとの理解を示している。

そこで、今回のMPCはTerm Funding Scheme(TFS)と称する新たな貸出支援策も導入した。金融機関の貸出実績(当初は2016年6月末残高、その後は残高の増減にスライド)に応じ、BOEが政策金利(つまり0.25%)で4年物資金供給を行うものであり、貸出実績が減少すると手数料(事実上の金利)が上昇するという、ECBのTLTROに似たインセンティブメカニズムが組み込まれている。議事要旨やカーニー総裁の記者会見では、この支援策による資金供給自体(総額1000億ポンドと想定)が緩和効果を持つだけでなく、銀行の資金調達コストを下げることで、利鞘への圧力を軽減しつつ銀行貸出の拡大を促すことへの期待が表明されている。

先にみたように、MPCがさらなる追加緩和を示唆したこともあり、記者会見では今後のマイナス金利の導入可能性を問う質問もあったが、カーニー総裁は、上記のようなロジックに沿って政策金利の名目ゼロ制約を確認した一方で、他に有効な政策手段がまだ残されているとの理解を示した。

一方、資産買入れのうち、国債買入れを総額で600億ポンド増加(買入れ期間は今月から半年間)させたことの背景には、特段の特徴はみられない。実際、今回の議事要旨は、国債買入れが金利全般の低下に波及し、企業や家計の借り入れ金利を低下させたり、様々な資産価格を押上げたりすることで経済活動を刺激するとともに、投資家に対してポートフォリオ・リバランスを促す、という一般的な説明がなされている。

その上でIRは、日米欧とともに英国の国債のイールドカーブを示しつつ、英国の長期金利には相対的に引き下げ余地が存在するとの見方を示唆し、日欧のような国債買入れによる金利引下げ効果の限界説を否定した。同時に、長期金利が一段と低下することで、年金等の機関投資家が一層の運用難に陥る問題を明示的に取り上げつつも、その影響は比較的限定的との理解を示して政策判断の合理性を主張している。

類似の問題として、記者会見では利下げを含めて、さらなる市場金利の抑制を図ることが高齢の貯蓄主体に大きな打撃をもたらす点をどう考えるかという、我々にも馴染み深い質問も複数の記者から示された。これに対しカーニー総裁は、そうしたコストを伴うとの理解を当然に共有した上で、金融政策はマクロの観点から運営されるものであり、先に見たように雇用問題も深刻化しかねないだけに追加緩和はコスト・ベネフィットの点で合理的と説明した。

最後に、資産買入れのうちで新たに導入を決めた社債買入れについても、スキーム(総額100億ポンドで投資適格の事業債<残存1年以上>を今年9月から18ヶ月かけて買入れ)と趣旨(企業の資金調達環境を金利と量の双方の面からサポート)ともに、特に注目すべき特徴はみられない。その上で興味深いのは、こうした社債買入れの方が国債買入れよりも金融市場に与える効果が大きく、かつ金融システムに対するimplicationも少ないとして、相対的にポジティブな評価を明示的に示している点である。

インプリケーション

今回のMPCが決定した追加緩和は、一見すると「三次元」そろい踏みの強力な内容であるし、今後2年間にGDPが2.5%分も下振れするとの見通しを考えれば合理性をもつように見える。もっとも、各政策手段の細部を検討すると、確かに各手段に連関性もあるなどよく考えられたパッケージではあるが、その効果には限界も見えてくる。

例えば、貸出支援策については、確かにこうしたスキームであれば借り手は低金利政策のメリットをより直接に体験しうる可能性が広がる。しかし、記者会見でカーニー総裁がもはや銀行は貸出を積極化しない口実はないと述べたが、これは裏返せば、銀行がなかなか貸出を積極化しない(従って金融緩和が波及しにくい)ことの証左かもしれない。更に言えば、BOEの分析の通りに企業活動の慎重化が英国の金融経済の先行き不透明性によるのであれば、借入れ条件の多少の緩和が設備投資を活性化しうるかどうかには不透明な点も残る。

社債買入れに関しても、仮に国債買入れよりも効果が期待できるのであれば、今回の追加緩和でも国債買入れよりも社債買入れを大きく増やせば良かったはずである。実際、記者会見でカーニー総裁は買入れ対象となる母集団が総額1500億ポンドに達することを説明し、当面は量的な限界に達することもないとの見方を示唆した。しかし、英国の金融経済によほどのストレスがかからない限り、現在の低金利状況の下で銀行や機関投資家は基本的にsearch for yieldの状況にあるので、社債をBOEに売るインセンティブがどの程度あるかという問題は引続き残る。

一方で、今回の追加緩和を企画・検討する際の枠組みには注目すべき点も少なくない。なかでも興味深いのは、金融政策とマクロプルーデンス政策との連携である。議事要旨やIRによれば、政策金利を引き下げた場合の金融機関収益への影響や貸出行動への影響、国債や社債の利回り低下に伴う機関投資家の収益や行動への影響といった点について、MPCはFPCメンバー(のみならずPRA幹部も含む)と密接な議論を行ったとしている。

カーニー総裁が記者会見で冗談も込めて語ったように、政策パッケージを事前に民間金融機関に明らかにして意見を求めるわけには行かない以上、日常から民間金融機関と接する機会の多いマクロ・プルーデンス当局と意見を交わすとともに、調査分析の成果を共有することは大きな意味を有するように思う。

さらに、7月のMPCに関する本稿でも触れたように、FPCは既に事実上のCCyBの引き下げを実施したほか、今回の議事要旨にはFPCがレバレッジ規制の運用において、BOEへの当座預金を除外するといったアクションも行っている。これらは、上に見た貸出支援策を中心に、追加緩和の信用仲介面での効果の波及をサポートすることが期待される。

このような金融政策とマクロ・プルーデンス政策の連携は、確かに、英国のようにBOEに実質的な権限が集中している下で効率的に進めやすい面はあろう。しかし、他の枠組みの下ではこうした連携が生じにくいというのも、やや形式的な議論であるように思う。

前回の本コラムにも記したが、個人的にはCCyBを高頻度で変更することには違和感もあるし、両政策が過度に一体化すると、政策意図が不明確になったり、責任の所在が曖昧になるといった問題も否定できないが、今後の日米欧にとっても、財政とのポリシーミックスだけでなく、マクロ・プルーデンスとのポリシーミックスも是非とも念頭においていただきたい視点である。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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