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EBAによるストレステストの結果公表(First Impression)

2016年08月01日

はじめに

注目を集めたイタリアの「世界最古の銀行」が、国際投資銀行団による不良債権切り離しと資本増強のパッケージを受け入れたこともあり、今回のストレステスト公表に伴う市場への直接的なインパクトは抑制的となった。

もっとも、EBAが説明するように、これらは一定のシナリオの下で主要銀行の自己資本や収益、資産内容がどう変化するかトップダウンで示したものに過ぎない。その上で、各銀行は、市場を含む様々なステークホルダーの意向やマクロの金融経済環境といった要素をみながら、ストレステストの結果に基づく監督当局との議論を踏まえて、頑健性の強化を進めることになる。

このため、ストレステストの結果を適切に評価するには、今後の各銀行の対応を踏まえた議論が必要であるが、本コラムはその準備も含めて、とりあえず現時点で内容を検討する。

ストレステストの枠組み

本論に入る前に、今回のストレステストの枠組みを概観したい。まず、ESRBが策定したストレスシナリオは、四つの側面でストレスが波及するものとなっている。最初に、国際金融市場で突然にリスクプレミアムが上昇し、低下した市場機能を通じて主要な資産価格の変動が高まる。ESRBは、例として米国長期金利のスパイクを挙げている。

その結果として、①低成長やバランスシート調整の遅延に伴う金融機関収益の毀損、②低成長の下での公的債務ないし民間債務のsustainabilityに対する懸念の増加、③流動性リスク等に増幅されたシャドウバンキングへのストレスの三つが生ずる。

これらのシナリオをもとに、ESRBは2016年~2018年にかけてのストレス下での長期金利や株価、為替レートの推移を推計し、それをマクロ経済予測(ベースを欧州委員会が提供)に取り込むことで、3年分のGDP成長率やインフレ率、失業率といった主要経済指標についても、同様にストレス下での推移を示している。

各金融機関は、ESRBによるこうしたストレスシナリオと、その下でのマクロ経済指標や金利・株価等の推計をもとに、主要なリスク(信用リスク、市場リスク)および純金利収益への影響を推計する。加えて、主として自行モデルにより、金利外収益やオペリスクを推計し、これらを総合して自己資本への影響を計算する。

もちろん、各要素の推計方法はEBAによる一定のガイドラインに服するだけでなく、各金融機関は各々の監督当局との間で、自行モデルの妥当性や扱いを含め、個々に扱いを相談しながら具体的な推計を進める。

今回の対象となった金融機関はEU(27カ国)のうち15カ国の合計51先である。EBAは、①ユーロ圏全体およびそれ以外の諸国で各々資産規模で7割を占める上位先をカバーする、②300億ユーロ以上の資産規模を有する、といった基準を示している。念のため付言すると、ストレステストを実行する各金融機関と直接にやり取りするのは、原則としてECB(ユーロ圏の場合)または各国の監督当局である。EBAは上記のような枠組みの調整と決定に加え、各金融機関の結果を集約して発表する役割を担う。

2014年との相違点

欧州でのストレステストというと、高い注目を集めた2014年のケースが想起されるが、今回のストレステストは様々に異なる面が存在する。目的に関しては、2014年の際にはECBによるSSMの「前裁き」という意味合いが意識されたが、今回は「定常状態」でのチェックであって、(冒頭に述べたように)監督当局がその後に金融機関との対話を行うためのツールとしての意味合いが意識されている。例えばEBAは、ストレスの下でのCET1の推計結果について、2014年の場合には「合否判定」を付したが、今回はそれを見送った理由が、こうした目的の相違にあるとの説明を行っている。

ちなみに、結果に基づく個別金融機関に対する頑健性強化に向けた指導に関しても、自己資本比率に新たにTier II Guidanceというレンジを設け、監督当局がpre-emptiveな形で円滑に対話を開始できるような工夫が加えられている。

目的の相違を反映した違いは資産査定にも現れている。つまり、2014年のストレステストでは並行的にAQRが実施されたが、今回はストレステストとしては実施されない。先に見たように、2014年の場合は、各金融機関がSSMの対象となる上での「禊ぎ」の意味を持ったが、今回は相当するニーズはなく、EBAが言うように各監督当局が通常の金融監督で個別に実施している訳である。

対象金融機関数が減った(2014年は130先が対象だった)ことも、分かりやすい違いである。EBAは、先に見た金融機関の選択基準を示す際に、今回は同質性の高いサンプルの抽出を重視したと説明しているほか、ECBはユーロ圏の銀行が「定常状態」に移行したことを踏まえ、残された脆弱性の把握に焦点を置くためと説明している。

ただし、今回についてもECBは別な56行(SSM対象先)の金融機関に同じ枠組みによるストレステストを実施している。ECBによる監督の実施が目的であるとして、ECBはその結果を公表しない方針であるが、実質的には100行を大きく超える先に対してストレステストが実施されたという意味で、2014年と今回は表面的な数字が示すほどには対象金融機関数の違いはない。

結果:国別の視点

それでは今回の結果の特徴点を概観したい。EBAは、ストレスシナリオの下で(かつ自己資本比率等の規制強化も完全に実現した下で<fully loaded case>))、対象行平均のCET1は、基準となる2015年末の12.6%から2018年末に9.2%に低下する(自己資本の額では2690億ユーロ減少する)との推計を示し、厳しいストレスの下でも十分な自己資本が維持されるとの評価を示している。

それ自体に異論はないし、EBAが指摘するように対象金融機関が自己資本強化の取組みを続けた(2013年以降の累計で1800億ユーロ)ことの成果でもあろうが、結果に関しては様々な点でばらつきが大きいため、ミクロの視点も加えて特徴を検討したい。

つまり、国別にはイタリアの問題が確認された。「世界最古の銀行」のCET1は、ストレスシナリオの下で約-2.4%の推計が示され、全対象先で最低となった。冒頭に述べたように国際投資銀行団による支援策が合意されたが、その実現には厳しい見方も示されている。また、同国の最大手行も同じベースでCET1が7%近くに低下するとの推計が示された。BRRDの下で、7%を切ればresolutionの際に債権者のbail inが求められるだけに、市場がどのように受け止めるかが注目される。

もう一つ国別に注目を集めたのはアイルランドである。同国では、欧州債務危機を受けて、当局による主要金融機関の選別が行われ、公的資金も使用した不良債権の償却や自己資本の増強が実現した。併せて、銀行のバランスシート調整も進み、いわゆるPIIGSの中ではスペインとともに銀行システムの健全化が進捗したとの評価があった訳である。

しかし、今回のストレステストの結果によれば、生き残った主要行のCEI1には約4.3%という厳しい評価が示されている。アイルランド経済に関しては、Brexitの今後の展開如何でアップサイドもダウンサイドもありうるという意味で不透明性が増していることもあり、既に欧州のメディアからは、アイルランドの金融システム健全化の仕上げとしての公的資本の民間資金への転換に影響を与えるとの見方も示されている。

読者は、ギリシャやポルトガルの銀行はどうなったかという疑問を持たれるかもしれないが、今回のストレステストでは対象になっていない。先に見たEBAの選択基準(資産規模や同質性の視点)を考えると、そもそも対象外となった可能性もあるが、やはり理由は別なところにあると考えるべきであろう。少なくともギリシャの銀行に関しては、"troika"による同国政府への支援が続く中で、事実上、欧州関係機関による監督下にある訳である。

なお、今回の対象金融機関の所在国のうち、SSMの対象国を取り出してみても、CET1の平均は2015年末の12.2%から2018年末に8.9%に低下するとの推計が示されており、全体(12.6%→9.2%)と有意に違うようには見えない。

結果:リスクの視点

既にみたように、各金融機関は、ストレスシナリオの下でのマクロ経済指標や金利・株価等の推計をもとに、主要なリスク(信用リスク、市場リスク)や純金利収益への影響を推計し、加えて自行モデル等により金利外収益やオペリスクを推計する訳である。

そこで、自己資本への影響をこれらの各要素に分解すると、容易に想像されるように、信用リスク(直接的なカウンターパーティーリスクと信用リスクに基づく資産の評価損)による部分が圧倒的に大きい。具体的には、絶対額で3490億ユーロ、自己資本比率で3.7%ポイント分の減少が推計されている(ただし、これは自己資本比率等の規制が段階的に強化されていくことを考慮したもの<transitional case>である)。

続いて大きなインパクトをもたらすと推計されているのは、オペリスクであり、絶対額で1050億ユーロ、自己資本比率で1.1%ポイントとされている。なお、このオペリスクの中身については、本来的な意味でのoperationalなリスクだけでなく、conduct riskの推計(主として大手行の申告に基づく)も新たに含まれており、かつ絶対額も相応に大きいという興味深い結果が示されるなど、この点での大手行を巡る環境の厳しさが示唆される。

金利リスクも絶対額で830億ユーロ、自己資本比率で0.9%のインパクトが推計されている。主として保有資産のキャピタルロスに起因する問題であることは、先に見たストレスシナリオの特徴からも明らかであろう。

このように主要なリスクによるネガティブインパクトの推計を並べると、全体としての自己資本比率に合わない(もっと低下するはず)との印象をうけるかもしれない。この点は技術的であるが、自己資本比率を推計する際に、これらのリスクを勘案する前の収益をカウントしているためである。これは、同じベースで自己資本比率で約3.7%ポイントにも達するとされている。

なお、EBAの全体公表資料は、信用リスクと地域とを組み合わせた簡単な分析も示している。それによると、カウンターパーティーの所在地別に、2015年末から2018年末の累計損失額を見た場合、イタリア、英国、スペイン、フランスの4カ国で全体の4割超を占めるとされる。また、欧州メディアの報道は、スペインと英国の金融機関が信用リスクによる自己資本減少見込みが相対的に大きいと指摘している。この点は、両国の大手金融機関による信用リスクのとり方に特徴がある点を示唆しており、例えば、Brexitに伴って英国内の不動産価格が変調をきたした場合の金融機関への影響を定量化して考える上で念頭に置くべき点を含んでいるように見える。

あわせて、①債権の予想損失率の高いカウンターパーティとして、域内主要国だけでなくブラジルやメキシコも上位にあること、②同様の比率の高い債権として、不動産担保のない個人向け与信が挙げられていることも、個別の金融機関のビジネスモデルと信用リスクのインパクトとの関係を考える上で有用なinputとなろう。

総括的検証

最後に、今回のストレステストの評価について、現時点での印象やポイントを挙げておきたい。

まずはストレスシナリオの適切さである。市場やメディアの間では、EBAによるストレステストの課題として、シナリオの甘さを指摘する向きが引続き多い。実際は、欧州債務危機以前に行われたストレステストの印象や結末を引きずっている面も推察されるが、今回に限っても、Brexitの影響やマイナス金利政策といった新たな要素が取り込まれていないとか、ストレスシナリオの結果としてのGDPの低下幅が大きくないといった批判も散見される。

ただし、EBAが今回のストレステストの目的を(「合否判定」ではなく)、結果を踏まえた監督当局と金融機関との対話のツールと位置づけている以上、こうした批判も必ずしも的確とは言えない面もある。また、批判者が挙げた新たな要素に関しては、それによる影響が相対的に大きい国の監督当局が、個別に自国の金融機関との間でインパクトを推計することは可能であるし、当然に行われているものと推察される。

その上で、市場の疑心悪鬼を抑制する上では、そうした個別推計を必要な範囲で公表することも考えられる。実際、先に述べたECBによるSSM対象56行のストレステストについては、原則として結果は非公表だが、銀行が望む場合はECBの同意の下にその範囲内で公表可能とされている。

なお、ストレステストの対象行に関しては、2014年の130行から、今回はEBAが51行、ECBが56行と分かれたことの理由が判然としない。ギリシャやポルトガルのような問題国ないし支援国の銀行を分けることには合理性があるが、ECBがカバーする銀行数を考えるとそれだけではないように見える。ストレステストの結果の適切な評価には、時系列的視点も相応に重要であるだけに、こうした入れ繰りは慎重に考えるべき点もあろう。

EBAが対象の選択基準を厳しくしたことが、EU域内で本当にシステミックに重要な銀行に絞るという趣旨によるのであれば、EBAによるストレステストの本来の目的に即した判断として合理性がある。ただし、システミックリスクが顕現化するパターンとしては、多国籍の大手金融機関が問題に陥ることもあれば、一定の経済規模をもつ金融システムが問題に陥ることもありうる。その意味では、EUの場合、EBAやECBによる大手金融機関のストレステストと補完的な形で域内の各主要国についてのストレステストを行い、両者を総合的に評価することで、域内のストレスの波及経路をより良く把握する視点も重要であるように思われる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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