1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. 日銀の黒田総裁の記者会見(金融政策決定会合)-総括的検証

日銀の黒田総裁の記者会見(金融政策決定会合)-総括的検証

2016年07月29日

はじめに

今回のMPMで、日銀は追加緩和を決定したが、記者会見や国内市場では、次回(9月)のMPMにおけるQQEの「総括的検証」の方が関心をより集めているようだ。しかし、その内容や意味合いを検討する前に、今回の経済・物価の見通し改訂の背景や、決定された追加緩和の手段とその狙いを検討することとしよう。

経済・物価の見通し

今回のMPMは、経済・物価の見通しについて、主として次の2点で修正した。第一に、2016年度のコアCPIインフレを+0.5%から+0.1%へと下方修正した。見通しの本文によれば、こうした下方修正は円高の進行と原油価格の回復の遅延によるとされている。第二に、2017年度の実質GDP成長率を+0.1%から+1.3%へ大幅に上方修正した。この点は、政府による大規模な経済対策と、消費税率引上げの見送りによるものとされている。

その一方で、2016年度から2018年度にかけての実質GDP成長率とコアCPIインフレ率の各々の見通しは、それ以外の点は概ね据え置かれた。このことは、少なくともMPMの多数派が、今後数年について、国内経済の堅調な推移を見込んでいることを意味する。この結果、物価目標の達成時期も2017年度中として据え置かれた。MPMの多数派は、高水準の企業収益や緩やかに増加する雇用者報酬に支えられて、国内支出に前向きのメカニズムが維持されていると見ているわけである。

もっとも、リスクチャートからも明らかなように、MPMメンバーの多くは、特に物価の先行きについてダウンサイドリスクにも警戒を示している。つまり、海外経済や国際金融市場の不安定性、あるいはインフレ期待の改善の遅延などがインフレ率の改善を妨げることへの懸念を有しているわけである。

追加緩和

今回の追加緩和についても、海外のリスクがその理由であった。つまり、声明文の最初の部分で説明されているように、MPMメンバーは、新興国経済や国際金融市場の不確実性の高まりによって、企業や家計のセンチメントが悪化することへの懸念を有しており、その防止のために追加緩和を決定した訳である。

しかも、こうした懸念は緩和手段の選択にも大きな影響を与えている。黒田総裁が記者会見で説明したように、MPMとしては、ETFの買入れ額の増加と米ドル資金オペの拡充によって、企業活動を下支えすることを目的として、追加緩和を決定した。

こうした考え方自体は合理的であるが、記者会見では追加緩和の規模が過少との批判もみられた。加えて一部の記者は、予て黒田総裁が「戦力の逐次投入はしない」と述べていることに言及しつつ、今回の追加緩和は「逐次投入」そのものではないかという批判を展開し、今回の追加緩和はこうした方針の変更を意味するかどうかを質した。これに対し黒田総裁は、「戦力の逐次投入を行わない」という方針を変えたとの見方を強く否定するとともに、今回の決定内容が海外発のショックによる影響を抑制するのに「必要かつ十分」であるとの考え方を再三強調した。

ただし、ETFの買入れ額の増加と米ドル資金オペの拡充が必要との認識を共有したとしても、これらが物価に対する波及メカニズムには分かり難い点が残るかもしれない。黒田総裁は、記者の質問に答える形で、追加緩和によって企業活動の下支えができれば、それはGDPギャップの縮小に貢献するはずであり、結果として物価に好影響を与えるはずとの理解を示した。

本日の追加緩和に関して、もう一つ興味深い点は「政府との協調」に関する議論の影響である。読者の皆様に改めて説明するには及ばないが、この論点はいわゆる「ヘリコプター・マネー」を巡る議論に触発されたほか、最近では大規模な経済対策との連携を求める政権関係者のコメントによって注目度が高まっていたわけである。

この点に関し黒田総裁は、先にみたように、今回の追加緩和の理由が海外発のリスクへの対応であることを確認した。その上で、黒田総裁も、金融政策はより大きな経済政策の一部分であり、従って政府との連携が重要であることも確認した。また、QQEの中で国債買入れやマイナス金利は、大規模な財政支出に伴って生ずる金利上昇圧力を抑制する点で、政府の経済政策をサポートする役割も持つと説明した。

総括的検証

本日の声明文の最後のパラグラフには、2%の物価目標をできるだけ早期に達成する観点から、この間の経済・物価動向やQQEの政策効果を「総括的に検証」するために、黒田総裁が執行部に対してその準備を指示したことが記されている。

興味深いことに、本日の記者会見では、QQEが限界に達したことがこうした検証の背景にあるのではないかとの疑問が多く表明された。その背景には、できるだけ早期に物価目標の達成を求めるQQEの基本方針について、その望ましさに関する議論が注目されるようになったことがあろう。加えて、こうした議論は、日本と同様に2%インフレの早期達成(あるいは復帰)に苦しむ海外主要国の議論にも影響も受けている。

しかし、黒田総裁は、今回の検証があくまでも2%の物価目標をできるだけ早期に達成するためのものである点を強調した。さらに、こうした検証の結果如何では、日銀が、何か新たな政策手段の導入も含めて、QQEをむしろ強化することもありうることを説明した。少なくとも後場の国内市場では、参加者の一部がこうした考え方を共有していたものとみられる。

QQEを強化する方向を念頭に置きながら「総括的検証」を行うというメッセージは、今回の追加緩和が過少との受止め方に起因する市場の失望売りを、少なくとも結果的には防止する効果を持ったとみられる。しかも、今回のように追加緩和のいわば「予告」を行うことは、特にQQEの初期に意識された「shock and awe」の戦略からの乖離の兆しとみることもできる。

よりファンダメンタルな視点に立った場合、こうした検証をこの局面で行うことの背景は必ずしも明らかではない。もしかすると、黒田総裁は任期中の物価目標の達成をより確実なものにしたいのかもしれない。あるいは、早期に物価目標を達成することは、その分だけ早期に物価目標の柔軟化に移行できるかもしれない。いずれにせよ、この「総括的検証」は、少なくとも当面の間は、QQEに対して異なる意見を持つ人々の各々に対して希望を与えるという特質を発揮するのかもしれない。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

この執筆者の他の記事

井上哲也の他の記事一覧