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7月FOMCを終えて-Near-term risks have diminished

2016年07月28日

はじめに

7月FOMCで、FRBは市場の予想通りに金融政策の現状維持を決めた。今回は市場の注目度も低かったし、実際に米国メディアの報道も大統領選の展開より小さな扱いとなった印象を受ける。それでも、今回のFOMCは、声明文に対する一つの文の追加を通じて、市場に対して今後の予想を再考するよう求めているようにも見える。いつものように声明文の内容と意味合いを検討しよう。

金融経済情勢の評価

声明文の第1パラグラフに示された金融経済情勢の評価は、前回(6月)に比べて上方修正されている。なかでも労働市場については、5月のNFP増加の大幅減速を受けて慎重化した前回(6月)の記述が変更され、6月の雇用増加が大きかったことだけでなく、足許でlabor utilizationが幾分増加したとの評価を示した。この点は、失業率の低下が、労働参加率の低下のような後向きの要因よりも、雇用の全般的改善によるとの理解を示唆している。

主要な需要項目に関しても、設備投資が弱いとの評価を維持した一方で、家計支出の拡大が続いている点を指摘した。また、前回(6月)の声明文に含まれていた年初来の住宅市場の改善や輸出のマイナス寄与の減少に対する言及は、今回の声明文では削除された。FOMCとしては、いずれの方向であってもこれらの要素に変化したとの認識があれば、当然に声明文にそうした記述を盛り込むはずであるだけに、言及しなかったことは上下両サイドの意味でも大きな変化はないとの判断を示唆しており、その意味で"no news is good news"と受け止めるべきであろう。

これらを総括する形で、今回の声明文は経済活動が緩やかに拡大したと評価しており、モメンタムが高まったわけではないとしても、第1四半期の低迷からの回復過程にあると評価した前回(6月)に比べて、米国経済の安定感が増したとの印象を与える。

続いて、声明文の第2パラグラフでは、デュアルマンデートに関して、①経済活動の緩やかな拡大に沿って労働市場の指標は改善する、②インフレ率は当面は低位に止まる、③しかし、エネルギー価格や輸入品価格の過去の下落による一時的効果が減衰し、労働市場がさらに改善するにつれて、インフレ率は中期的に2%に向けて上昇する、というこれまでの見方を維持した。

その上で、今回の声明文には経済見通しに対する短期的なリスクは減少した("Near-term risks to the economic outlook have diminished")という新たな一文が加えられた。

この文が具体的に何を根拠とする判断であるかは、声明文だけからは必ずしも判然としない。ただ、前回(6月)のFOMCが開催された時点(6月15日)と現在を比較すると、米国の実体経済に関しては、既に見たように雇用の改善が勢いを取り戻したことが大きな変化であった。また、国際的には英国の国民投票の結果を受けて金融市場が不安定化する局面があったものの、少なくとも第1ラウンドとしては安定性を回復した-特に米国の金融市場では-ことが注目すべき展開であった訳である。

これらに照らすと、FOMCが短期的なリスクが減少したと判断することに一定の合理性があることは事実であろう。

利上げ再開の展望

このため、既に米国市場ではこの一文の意味合いをどう受け止めるかが焦点となっており、メディアの報道もこの点に集中しているようだ。ただ、それらの記事が引用する米国内のエコノミスト等の見方は、次回(9月)FOMCにおける利上げ再開の可能性が上昇したと理解すべきかどうかについて、必ずしも意見の一致がみられる訳ではない。しかも、今回のFOMC声明文が公表された後の米国市場の動きをみても、株価は上昇し、長期金利は下落し、米ドル相場は軟化し、クレジット市場はポジティブに動いたが、いずれをとっても小動きであり、市場が何か明確な理解を示したとは言えないようだ。

先にみたように、FOMCにとっては前回(6月)時点で心配していた国内外の主要材料がとりあえずは杞憂に終わったという意味で、利上げ再開への支障が減ったと判断したことが推察される。しかし、声明文の第1パラグラフで総括しているように、FOMCとしては、米国の景気が緩やかな拡大という以前のシナリオに戻ったという評価に止めていることにも注意する必要があろう。これを前回(6月)改訂した経済見通しに即して言えば、米国経済が2%前後の緩やかな成長パスを辿る下での緩やかな利上げという方針の復活ということになる。

その意味では、年内の利上げは皆無といった見方が市場で後退するのは良いとしても、次回(9月)に利上げが再開されるとみるかどうかは別な問題でもある。それは、次回(9月)のFOMCまでには2ヶ月もの時間があり、その間にはデュアルマンデートに関するものを含む多数の国内経済指標が公表されるからというだけでなく、例えば欧州の金融システムに関しても様々な「イベント」が生じうるからでもある。特に後者に関しては、FOMCがBrexitに伴う米国の金融経済への影響に対して、以前にあれだけ神経質になったことを思えば、相応の注意を払うと考えることに合理性がある。

さらに、こうした先行きの不透明要因を措くとしても、緩やかな景気拡大の下での利上げという枠組みは、利上げの切迫した必要性に乏しいだけに、次の利上げが具体的にいつなのかを市場が事前に見通すことはそもそも難しい。

この点に関してイエレン議長は、少なくとも当面は政策金利の水準が極めて低いだけに、次の利上げはいつなのかに過度に注目する必要はないという考えを予て示してきた。しかし、日欧の中央銀行に当面は緩和バイアスが残ることを考えても、また、FRBの利上げが前回(昨年12月)からこれほど長いインターバルを置いた結果、もはや利上げを「正常化」といった連続的なプロセスとして受け止めにくくなっただけに、市場がFRBの次の利上げのタイミングに強い関心を向け続けることは避けられそうにないし、こうした見通しの変化自体が市場を動かすことも避けがたい。

FOMCが次回(9月)の利上げ再開を本当に想定しているのであれば、今後の金融経済情勢を慎重に見極めるだけでなく、市場との対話にも一層注力する必要があろう。その一つのポイントは、今回のFOMCの議事要旨とイエレン議長が行うとされる今年のジャクソンホールでの講演である。実際、いずれも、次回(9月)のFOMCに1ヶ月程度先立つという絶妙なタイミングとなることもあり、これらの内容を楽しみに待つこととしたい。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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