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ECBのドラギ総裁の記者会見-exceptional circumstance

2016年07月22日

はじめに

ECBも7月政策理事会で金融政策の現状維持を決定し、ドラギ総裁はBrexitに伴うストレスを抑制できた点を強調した。しかし、記者会見での議論の大半は、既に次の政策課題にシフトしていたことも事実である。いつものように内容を検討しよう。

金融経済の評価

ドラギ総裁による冒頭説明は、Brexit以降の金融市場や金融システムでのストレスが、①各国中央銀行による流動性供給の姿勢、②ECBによる金融緩和、③頑健な金融規制や監督の枠組みといった要因によって抑制されたことを強調した。

一方、Brexitによる実体経済への影響については、主要な経済指標のトレンドには足許で変化がみられないとしつつも、十分な情報とそれに基づく新たな見通しは次回(9月)の政策理事会で得られるとして判断を先送りした。実際、記者会見でも、Brexitがユーロ圏の実質GDPに与える影響について、3年間で0.2~0.5%という市場の推計に言及しつつ、ECBの推計を問う質問もあった。これに対しドラギ総裁は、欧州委員会の推計も同程度であると認めつつ、現時点ではgrain of cautionをもって理解すべきとし、理由として離脱交渉の内容や時間には大きな不確実性が残る点を挙げた。

その上で、ユーロ圏では金融緩和の波及や企業収益の改善、雇用の増加や実質購買力の増加等の好条件のため、前回(6月)の見通しに沿った景気回復が見込まれるとしつつも、Brexitを含む地政学的要因や新興国の景気回復の不確実性、構造改革の遅れなどもあって、リスクバランスは下方にあることを認めた。

この間、ECBによるインフレへの評価には前回から大きな変更が見られなかった。足許はゼロないし小幅マイナスで推移するが、商品価格の水準効果が剥落するにつれ、緩やかな景気回復にも支えられてインフレ率が徐々に改善するという見方である。この点に関して記者会見では、ECBのスタッフが発表したGDPギャップに関するレポートを言及しつつ、ECBにより公式推計を質す質問もあった。しかし、ドラギ総裁は、前提となる潜在成長率の推計自体が難しいことを説明するとともに、政策判断の材料としてはGDPギャップはelusiveとの理解を示した。

金融緩和のスタンスと手段

金融経済に関するこうした現状判断を踏まえると、ECBにとって追加緩和は喫緊の課題でない。しかし、ドラギ総裁は景気のリスクバランスが下方にあると示唆し、しかも(いつもの話だが)インフレ目標達成のために必要であれば、政策理事会はマンデートの範囲内ですべての利用可能な手段を発動することも確認した。

このため今回の記者会見では、追加緩和の場合の政策手段が焦点の一つとなった。つまり、①資産買入れの「玉」不足にどう対処するか、②従来と異なる政策手段を想定しているか、という点に複数の質問が集中した。このうち①に関しては、国債買入れの国別割り振りのベースについて、ECBに対する各国の出資比率から、市場規模など新たなものに変更するかという質問が多かった。

買入れ利回りの下限(預金ファシリティの金利=▲0.4%)の緩和ないし撤廃を含めて、他にもオプションもある中で、出資比率という基礎的枠組みの改訂を質す向きが多かった点は興味深い。ただ、出資比率にはECBが保有する資産に係る損失分担とのバランスという合理性があるほか、導入時の経緯(一部国の反対)も考えると、実現性には疑問の余地も少なくない。

一方、新たな政策手段に関してドラギ総裁は、今回の政策理事会では具体的な議論がなかったことを再三にわたって説明した。

先に見たように、ユーロ圏の金融経済にリスクや不確実性は残るが、中心シナリオとして緩やかな景気回復の継続が見込まれる以上、実際に今回は特定の手段に関する議論がなかったとしても、相応の納得感は得られるであろう。それでも、次回(9月)の政策理事会で追加緩和を議論するのであれば、今回の会合でも何らかの議論があっても当然であるし、だからこそ様々な憶測を生むことがないよう、ドラギ総裁は、議論の有無に言及しないスタンスで臨んだのかもしれない。

なお、筆者が前回(5月)にユーロ圏主要国を訪問した際には、国債だけでなく社債の買入れも、金利環境や市場規模を主因に今後は制約がかかるとの見方が共有される下で、日銀と同様なETFの買入れの可能性を探る意見がみられた。しかも、現在のECBによる政策の考え方に沿って-ECBによる社債買入れにも共通する発想であるが-量的なインパクトを伴うETF買入れを模索する向きがみられたことは印象的であった。

金融システム問題への対応

イタリア国内の動きが連日報道されているだけでなく、IMFもイタリアとポルトガルの不良債権問題を名指しし、しかもEBAとECBによるストレステストの結果公表(7月29日)が目前に迫っているだけに、金融システム問題とその対処が記者会見のもう一つの柱となったことは自然であろう。

ドラギ総裁は比較的長い時間をかけて丁寧な説明に努めた。まず、ユーロ圏のように銀行中心の金融システムでは、銀行の金融仲介能力をsustainableな形で維持することが重要であるとした。併せて、銀行の株価の変動は自己資本を通じて与信能力に繋がるだけに、政策当局は注意深くモニターしていると述べるとともに、Brexit後の市場の銀行に対する評価は過度に慎重との見方も示唆した。

その上でドラギ総裁は、不良債権問題についても域内諸国での定義の統一などの対応が進んだことを認めつつも、金融仲介機能の早期回復を目指して不良債権処理を一段と進めるには、①整合的な金融監督、②よく機能する不良債権市場、③法制面での必要な対応、の三つを推進する必要があると説明した。

この問題に関する議論の中で最も印象的であったのは、ドラギ総裁によるイタリアに関する質問への回答であろう。つまり、BRRDの下で、域内国政府がbail outを行う場合は預金のbail inを併せて求められることにどう対処するか関し、ドラギ総裁は、最終的に欧州委員会が判断すべきこととしつつも、exceptional circumstanceの場合にbail inの適用に関する柔軟性が認められることに言及した。つまり、イタリアは特例的に同国政府による銀行救済を認められるべきとの考えを示唆した訳である。

ECBを含む当局にとって、イタリアの銀行問題を抑制し、時間がかかっても不良債権の圧縮を達成できれば、経済成長率やインフレ率の点で、Brexitを乗り切ることとは次元の異なる恩恵を長期に亘ってもたらすことになるであろう。その意味でも、当面の焦点は7月29日ということになる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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