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BOEの7月MPCにおける政策決定-緩和予告

2016年07月15日

はじめに

市場に様々な思惑があった中で、BOEは7月MPCで金融政策の現状維持を決定した。今回はカーニー総裁の記者会見がないが、同時公表される議事要旨に加え、昨日公表された7月FPCの議事要旨という手がかりもある。これらを参照しつつ今回の現状維持の背景を検討するとともに、8月MPCにおける政策決定を展望したい。

金融市場と金融システムの評価

金融市場については、①長期的展望に関する不透明性を映じ、ポンドの中長期のimplied volatilityが高止まっている、②資産価格の変動は、経済成長率と交易条件の双方の悪化見通しによる、③短期金利に上昇圧力もみられたが、長期金利は海外動向も映じて低下圧力がある、といった点が評価のポイントである。

このうちポンドの下落に関しては、インフレ率を目標に向かって改善するだけでなく、歴史的高水準に達した経常赤字にも、輸出のサポートだけでなく、海外利益の評価額増加も含めてメリットが大きいとの見方が示唆されている。もちろん、下落が継続して大幅になれば、インフレ率の高騰をもたらすリスクもあるが、7月MPCの議事要旨は長期インフレ期待の安定に言及しており、second round effectには繋がり難いとの見方が示唆されている。

また、7月MPCの議事要旨は、国内銀行を中心に金融株が顕著に下落していることを認めつつ、金融システムは全体としてresilientと評価しているほか、主な市場の機能にも大きな問題がない点を強調している。さらに、金融システムについては、昨日公表された7月FPCの議事要旨により詳細な議論がある。

つまり、国民投票以前から英国の金融システムが抱えていた問題として、A)海外資金の流入に支えられた商業用不動産価格の高騰、B)高水準の家計負債、C)歴史的な水準に達した経常赤字、の3点を指摘しつつ、前の2点について、対内資本フローの変化に伴う資産価格の調整や英国のfinancial conditionのタイト化、家計負債のpro-cyclicalな調整といったリスクも認めている。

その上で、7月FPCの議事要旨は、英国の銀行セクターが十分な自己資本と流動性を抱えていることに加え、金融危機後に強化されてきた金融監督や関係当局間での連携によって、金融システムはresilientとの評価を下しており、基本的にはこうしたトーンが7月MPCの議事概要にも引き継がれている。

実体経済の評価

一方、実体経済については、7月MPCの議事要旨は、本年の第1四半期に堅調な拡大が見られた点を確認しつつも、足許に関しては十分なharddataがまだ入手できないことを認めている。

その上で、民間ベースの臨時サーベイやBOEによるヒアリング調査に基づき、i)企業の間では、EUとの関係の不透明性を映じて、設備投資や新規雇用を先送りする動きがみられる、ii)消費者のconfidence指数も急落しているとして、マインド面の影響に懸念を示している。ただし、これらが実際に経済活動にどの程度のインパクトを持つかは、不透明性こそ高いものの、各産業の扱いによって区々であるのに加え、時間をかけて顕在化する性格であることも改めて確認している。

物価に関しては、これまで総合インフレ率は低位であった一方、コアインフレ率は1%程度であり、今後は輸入物価の上昇によってインフレ率の緩やかな加速が見込まれていた訳である。そこで大幅なポンド安が生ずればインフレ率の加速リスクが生ずるが、先に見たようにstagflationのリスクは意識されていないようである。

なお、英国の金融経済と直接の関係はないが、7月MPCの議事要旨には、国民投票の結果がEUの金融経済に与えうる影響に関する議論も記載されている。つまり、ア)市場でrisk aversionが定着した場合は、周辺国の国債利回りに上昇圧力が生ずる、イ)景気低迷が長引いた場合は、不良資産を抱える銀行の収益性や信用仲介が一段と悪化する、といった点である。

このうち前者は、日米を含む株価の安定化が示唆するように、risk aversionの深化は幸い生じていないだけでなく、7月FPCの議事要旨にあるようにECBの資産買入れにより抑制されている面があろう。ただし後者は、英国と欧州を中心とする銀行株の大幅な下落もあって、少なくとも市場には今後の展開に慎重な見方が根強く残っている。

政策運営を巡る議論

このような議論をもとにMPCは金融政策の現状維持を決めた訳であるが、今回の議事要旨からは次のような背景が推察される。

まず、市場のパニック的な不安定化が回避されたほか、BOEが市場機能には大きな問題がないと判断していることである。また、他の政策が既に講じられていることである。つまり、BOEは臨時の長期資金供給オペを先月以来継続的に実施しているほか、7月FPCは銀行に対するCounter cyclical Capital Buffer(CCyB)を実質的に引き下げた(0.5%→0%)訳である。

後者に関し、7月FPCの議事要旨は、570億ポンドの要求自己資本を解放し、最大1500億ポンドの貸出余力を生むとの推計を示している。なお、CCyBは来年3月に0.5%で導入される予定であっただけに、FPCは引下げ効果を即座に発効させるべく、CCyBの導入と引換えに軽減するはずであったsupervisory capital bufferをPRAに0.5%分即座に引き下げさせる対応を講ずるほか、CCyBの0%適用を来年6月まで継続することをコミットした。

その上で、MPCが現状維持を決定した最大の理由は、実体経済に関する十分なhard dataが得られなかったことであろう。実際、7月MPCの議事要旨は、5月時点の見通しに比べて、経済成長率は下方にインフレ率は上方に各々乖離する可能性を示唆し、ほとんど(most)のメンバーが次回(8月)MPCでの金融緩和を予想していると明言した。しかも、様々な政策手段の選択肢と組合わせを既に議論したとしつつ、政策決定は金融システムへの影響を考慮しつつ、次回に改訂する経済や物価の見通しに基づいて行うとした。

ただ、十分なデータが入手できないことは前から分かっていただけに、カーニー総裁が迅速な追加緩和を示唆してきたことは-不安心理を抑制する狙いがあったとしても-市場との対話に関する課題を残したように思う。一方で、MPCによる金融政策の判断におおいて、FPCによるCCyBの調整というマクロプルーデンス手段の行使が考慮された点は、両政策に明示的な責任を持つBOEならではとして興味深く思える。単に両会合のタイミングが良かった点もあろうし、CCyBを高頻度に変更することには個人的な違和感もあるが、他の先進国に対してもpolicy mixを考える上での検討事例を提供することになると思われる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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