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ECBの6月政策理事会のAccount-Implementation

2016年07月11日

はじめに

ECBによる6月の政策理事会は、声明文やドラギ総裁の記者会見が示すように、実体経済が堅調である中で、3月の大規模な追加緩和パッケージの効果を確認することに主眼があった。それでも、公表されたAccount(議事要旨)をみると、今後を展望する上で参考になる議論が行われたことも窺われる。いろいろあって多少出遅れたが、いつものように内容を検討したい。

「執行部」による経済情勢判断

プラート理事による「執行部」側の説明は、ユーロ圏の実体経済が堅調に推移している点を強調している。牽引車は引続き個人消費であり、雇用所得の順調な回復と低位な商品価格によって、今後も拡大するとの期待を表明している。また、金融危機によるpent-updemandが耐久消費財の拡大を支えているとの評価も示している。

加えて、設備投資も一時の停滞を脱していることを強調し、事業法人の負債残高が依然として高いことを認めつつも、高水準の留保利益や資金調達の容易さ、金利負担の顕著な低下-経常利益に占める純金利支払は2008年末の9%から、昨年末は2%まで低下-といった金融面の要因を強調している。

一方、インフレ率には足許で変化はみられないが、基調を示す指標に殆ど上昇の兆しがみられないと指摘し、低インフレが長期化することによるsecond round effectに警戒感を示している。具体的には、(エネルギー以外の)輸入物価の上昇や経済活動の好転に伴う物価上昇圧力が、低位なエネルギー価格と賃金上昇の停滞によってoffsetされているとの理解を示すとともに、投入価格の下落の下で企業は産出価格引上げのインセンティブが乏しいとの見方を示した。

最後に、金融面に関しては、足許で貸出金利の低下は停滞しているが、ECBによるサーベイの結果をもとに、中小企業を含めた企業の資金調達環境が改善し、銀行も低利での貸出を積極化していると評価した。もっとも、金融環境の緩和度合いは各国によって依然として大きく異なると指摘したほか、銀行セクターのPBRの低さは経営統合や不良債権処理を求める市場の声を反映している可能性があると付言した。

政策理事会メンバーによる経済情勢の議論

政策理事会メンバーはこうした評価に概ね同意し、実体経済の先行きのリスクは引続きダウンサイドであるが、その程度は以前より軽減されたとの意見で一致した。また、ダウンサイドの主因である海外経済に関しては、グローバルな貿易取引の低下に着目し、その先行指標としての意味合いを考えると、世界経済が今後に一段と下押しするリスクを警戒する意見がみられた。

域内の実体経済に関しては、構造改革によって生産性を向上させ、ビジネス環境を好転させることが設備投資と雇用を増やす上で重要との議論を再び行った。具体的には、Junker Planによるインフラ投資の促進、Capital Markets Unionによる民間資金の活用、銀行の不良債権問題への対応などを挙げた。

一方、インフレに関してはプラート理事が示した警戒感が共有され、コアインフレの低迷について詳細な分析を求める意見がみられた。この点に関しては、一部国の統計改訂の影響を示唆する見方もある一方、経済のslacknessを反映したものとの指摘がみられた。また、賃金上昇の低迷に関しては、労働市場改革によってNAIRUが低下した可能性を示唆する意見が見られた一方で、低インフレの長期化を反映したsecond round effectである可能性を懸念する意見も表明された。

最後に金融面に関しては、ECBによる金融緩和が貸出金利へ波及している点を評価する意見がみられた。もっとも、信用仲介に関しては様々な懸念も示され、貸出量の伸びが大きくないことは銀行側よりも借り手側の問題が大きいとの指摘があった一方、不良債権処理の必要性に対する市場の評価が、銀行のビジネスモデルと収益に重石となっているとの指摘もみられた。

特に不良債権処理に関しては、ユーロ圏の金融システムのfragmentationを再び悪化させないためにも包括的に進められるべきとの意見がみられた一方、金融システムの安定維持の観点からも慎重な対応が必要との発言もみられた。同時に、ユーロ圏の場合、ほとんどの企業-特に中小企業-が銀行与信に依存しているだけに、金融政策の波及においては銀行システムの健全性が引続きkeyとなることが確認された。

政策運営を巡る議論

プラート理事は、上記のような情勢判断をもとに金融政策の現状維持が適当との判断を示した上で、①政策金利に関するフォワードガイダンスと、②今後実施される政策(CSPP<6月8日開始>とTLTROII<6/22開始>)によって政策効果は強まると説明した。これに対して、今回の政策理事会では政策判断とコミュニケーションの双方に関して幅広い合意が形成された。

議事要旨によれば、こうした合意は次の5点に関する議論を反映している。第一に、ECBの政策は効果的であり、従って現時点ではimplementationに焦点を置くべきである。第二に、政策効果がインフレ率に影響を及ぼすには(ユーロ圏の受けたショックの大きさや特性を考えると尚更に)時間がかかる。

第三に、様々な政策手段は相互に補完的な効果を持つ。例えば、マイナス金利の下で流動性を供給することは、portfolio rebalanceを強化する。第四に、6月に開始する政策手段(CSPPとTLTROII)によって、政策効果は一段と強化される。特にTLTROIIは、既存のオペの借り換えも含めて、銀行の資金調達を長期化かつ低利化するほか、「保険」としての意味合いも持つ。

そして第五に、市場は一部国で公共債の量に制約が生ずるとの見方を示しているが、資産買入れは全体としては円滑な継続が可能である。なお、仮に投資家が買入れ対象資産を相互に代替とみなせば、こうした問題はそもそも生じないが、実際は投資家が特定の市場セグメントに密接に関与している。

これらのうち、最初の二点はインフレ率に関するECBの政策反応関数の問題であり、今後に改善が見込まれるからといって、現在の低インフレでの追加緩和を見送るべきかどうかという悩みも窺われる。第三の点には日銀のQQEと同様な「最強の政策」的な発想が感じられる一方、第四の点には少なくとも一部国で銀行システムに問題が残る下での貸出支援策の限界も窺われる。最後の点も、国債市場の規模が区々なユーロ圏固有の問題であるだけでなく、今後は金融システムに問題の生じた国の国債の扱いも絡んでくるだけに、議論が一段と複雑化することが考えられるポイントであると思われる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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