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6月FOMCの議事要旨-It was prudent

2016年07月08日

はじめに

6月FOMCの議事概要は、今後の政策運営について具体的な言及を避けるという慎重さが目立つ。その意味では、会合直後の記者会見でイエレン議長が維持した姿勢とも整合的であるし、4月会合の議事要旨のような観察者にとってのサプライズもない。それでも、政策決定を巡る議論の記述は、FOMCが直面している悩みを素直に示唆している面もあって興味深い。いろいろあって少し出遅れたが、いつものように内容を検討したい。

経済情勢の判断と先行き見通し

FOMCにおける金融経済情勢に関する議論自体(6ページ右段~8ページ右段)は、6月会合後のイエレン議長の記者会見や声明文の内容に照らして、特段の新たな内容を含むものでない(この間に、FRBが半期に一度のMonetary Policy Reportを公表したことも、既視感につながっているのであろう)。

そこで今回は、FOMCメンバーの意見が分かれた点に注目することがむしろ有用であろう。例えば、設備投資の弱さが鉱業セクターだけに止まらず、ある程度広がりを持っている点については、企業収益の減速、期待成長率の低下、規制の先行きの不透明性、金融危機後の慎重姿勢の継続といった様々な理由が提示されたが、今後更に拡大するかどうかには意見の相違が窺われる。

また、4月と5月の雇用者数の増加が急低下したことについては、労働市場の改善自体に変調が生じたと理解すべきでないとの意見が示される一方、産業別の雇用指数の低下や経済的理由によるパート雇用の増加といった指標とは整合的であるだけに、経済活動全般の減速を示唆すると理解すべきとの意見も併記されている。さらには、雇用環境の引締まりの下で労働供給の制約が表面化しつつあるとの理解も提示されている。

さらに、インフレ率に関しても、賃金上昇率が加速する兆しや経済資源の稼働率の一段の上昇、原油価格の反発やドル相場の安定化といった要素に注目する強気の見方がある一方で、稼働率とインフレ率との相関の低下や海外の低インフレの影響、一部の指標によるインフレ期待の低下などをもとに、中期的な2%目標への収斂に自信を失う意見も示されている。

その上で、既に6月会合の直後に明らかになったように、FOMCメンバーはSEPを経済成長率とインフレ率の双方の面でほとんど変えなかった訳である。だとすると、このように数字が不変であったことの理由は、FOMCメンバーが以前と同じ見通しを維持したからというよりも、主観的な不確実性は高まったが予想の中心は変わらなかったからであると理解した方が真実に近いかもしれない。

政策判断

このように、デュアルマンデートの要素を含めてFOMCメンバーの理解が分かれ、かつ先行きについてアップサイドとダウンサイドの双方に不確実性が高いとの認識の下では、利上げは慎重に進めるべきとの結論に至ることは当然に見える。実際、FOMCメンバーによる政策判断に関する議論(8ページ右段~9ページ右段)には、労働市場を中心により多くの情報を蓄積することの重要さや、それらに基づくdata dependentの政策運営の維持に関して、多数のメンバーによるコンセンサスが維持されていることが度々示唆されている。

それでも、今回の議事要旨にもいくつかの重要な意見の相違が示されている。第一に、政策金利の予想パスについては、緩やかなペースの利上げという原則は共有されているものの、中立金利の推計値が低下している可能性を含めて、水準の面でより低位なパスを想定する意見の強まりも窺われる。

第二に、利上げを再スタートする条件については、一段と多様な意見が示されている。早期の利上げ再開を指向する立場は、経済資源の稼働状況を示す指標(労働の場合は失業率)が改善し、賃金上昇のような現象が生じ始めている点を強調している。また、利上げを遅延させ続けることで金融システムにexcessが拡大するリスクや、FRBがbehind-the-curveに陥る結果、政策金利の急激な上昇を招く-これは金融システムに逆方向のストレスになる-リスクも提示されている。

これに対して、利上げに慎重な立場からは、労働市場の拡大が減速し、設備投資の停滞が多くの産業に波及する結果、マクロ経済全体が減速するリスクが指摘されている。また、インフレ期待の低下や低インフレの長期化の下では強力な金融緩和の維持が正当化されるとの意見や、仮に早期利上げ派が想定するリスクが顕在化しても政策対応は容易であり、政策金利が極めて低位な現状では、ダウンサイドへの対応能力に限界がある点を重視すべきとの意見が示されている。

今後の政策の展望

今回のFOMCが予想以上に警戒感を示していたBrexitの第一ラウンドの影響は減衰していくとしても、欧州の金融システム問題や一部の新興国の金融経済情勢、さらには米国の新大統領による経済政策なども含め、米国の金融経済を取り巻く不透明性は、年後半にかけてむしろ高まる面がある。そうした点を考慮すれば、今回の議事要旨を参照するまでもなく、FOMCが慎重なアプローチをとるであろうとの予想には異論は生じにくい。

それでも、FRBの当面の政策運営には、少なくともいくつかの点が論点として残る。第一に利上げを再開する条件である。実際、デュアルマンデートに照らして、さらにどのような条件が満たされれば良いかが一段と不透明になっている。この点は、毎回のFOMC会合の前後-主要な経済指標の度にも-不要なボラティリティをもたらすことになりやすい。

第二にdata dependentの理解の共有である。FOMCは様々なデータから「基調」を読み取り、それをもとに政策決定を下す訳である。外部の観察者はこれをきちんと理解すべきであるが、必ずしも我々が一方的に課題を抱えているわけでもない。例えば、FOMCメンバー自身が主要な経済指標の公表後に利上げの展望を語ったりしているようでは、date dependentの近視眼的理解を修正することは難しい。

今回の議事要旨が示唆するように当面は慎重な利上げを行い、従って政策金利が中立金利より低位な状態が維持されるとすれば、利上げ判断の誤りが金融経済に深刻な問題をもたらすことは考えにくい。むしろ、FRBにとって当面の重要な課題は、利上げの考え方や展望を市場や幅広い経済主体とどのように上手に共有するかというコミュニケーション・ポリシーの方にあるように感じる。

この点をFRBがどう修正するか-「中長期戦略」の見直しやSEP/Dot chartの改訂などを含む-も、今年後半のFRBによる金融政策の注目点の一つである。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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