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FRBのイエレン議長の記者会見-Careful approach

2016年06月16日

はじめに

今回のFOMCについては、この数週間に予想が揺れた面もあったが、最終的には市場の見方が収斂した通りに現状維持となった。加えて、記者会見でのイエレン議長の回答振りも、先行きについて明確な言及を避ける姿勢が目立つなど、総じて、今後に対するインプリケーションを得ることの難しい会合となった。それでも、今回はSEPとdot chartの定例レビューに当たるほか、記者会見の中ではいくつか興味深いポイントが提起された。いつものように内容を検討しよう。

経済情勢の判断

まず、声明文の第1パラグラフに示された経済情勢の判断をみると、労働市場の改善ペースが鈍化したものの、経済活動全体の拡大ペースは高まったと評価している。この点は、イエレン議長が記者会見の中で言及したように、低位に止まった第1四半期の成長率が一時的なものであるとの理解を反映している。

このうち労働市場に関しては、声明文で、失業率が一段と低下する一方で雇用増加が減退した点に言及している。その上で、記者会見でイエレン議長は、①完全雇用に近い以上、雇用増加のペースが鈍化するはずである、②ただ、この点を勘案しても足許の雇用増加は少なく、今後の指標に注目する、との説明を行った。

一方、総需要の主要項目に関する評価は、家計支出の拡大が強まり、住宅投資は年初来拡大を続け、純輸出のマイナス寄与が縮小する一方、設備投資は軟調な状況が続いたとしている。前回のFOMC(4月)と比較すると、家計支出と純輸出に関する見方が上方修正されており、イエレン議長も、第1四半期の低成長を一時的と理解する理由として、これらの要素の改善を挙げた。

その上でインフレに関しては、以前に原油価格や輸入物価の下落が生じた影響もあって、引続き2%目標を下回るとの評価が、前回のFOMC(4月)の声明文と同じ表現で維持されている。

経済と物価の見通し

より長い目で見た経済と物価の見通しを今回改訂されたSEPに即してみると、まず実質GDP成長率の見通し(median)は今年から来年にかけて2.0%→2.0%とされ、前回見通し(3月)が2.2%→2.1%であったのに比べ、わずかながら下方修正された。この点は、上にみた足許の景気判断と整合的でないようにも見えるが、そもそも時間的視野が異なることに加え、イエレン議長は記者会見の中で、FOMCメンバーが先行きに関する不透明性を意識していることが反映した可能性を示唆した。

一方、デュアルマンデートに関わる指標のうち、失業率に関する今回の見通しはmedianとレンジの双方とも、前回見通し(3月)からほとんど変わっていない(2018年の見通しのみがわずかに悪化)。これに対して、Core PCEインフレ率の見通し(median)は、今年から来年にかけて1.7%→1.9%とされ、前回見通し(1.6%→1.8%)からわずかながら上昇修正されたほか、レンジも2016年分がわずかに上方にシフトした。この点についてイエレン議長は、声明文でも示唆した要因(原油価格や輸入物価が以前に下落した影響の減衰)に加えて、労働市場の改善が進むことによる賃金の緩やかな上昇を背景として指摘した。

このように細かくみれば多少の変化が加えられているが、今回の見通しは、全体としては前回の見通し(3月)が維持されたと理解すべきであろう。つまり、上に見た声明文の内容と関連付ければ、第1四半期の成長の減速が中期的な影響を持つものではないと理解されたことを意味する。

政策運営へのインプリケーション

今後の政策運営を考えるために、今回改訂されたdot chartをみると、今年から2018年の年末時点の予想政策金利(median)は0.9%→1.6%→2.4%となり、前回見通し(3月)が0.9%→1.9%→3.0%であったのに比べ、2017年以降について下方修正された。しかも、2016年のdotの分布をみると、3月時点では年内に一回(25bp)のみの利上げを予想するFOMCメンバーはわずか1人であったが、今回は6人に増えた。

これらをみると、FOMCメンバーが利上げにより慎重な方向にシフトした印象を受ける。しかし、そうした解釈を行う前にいくつか留意すべき点も存在する。

第一に、イエレン議長は記者会見での回答として、今回の利上げ見送りにおいてBrexitのリスクを考慮した(factored in)ことを明確に認め、国民投票がEU離脱となった場合、まずはfinancial conditionの悪化を通じて米国の経済や市場に影響が及ぶことへの懸念を示した。第二に、FRBは緩やかなペースでの利上げを基本シナリオとして維持している。この点は、声明文の第4パラグラフの最後にいつもの表現で示されているほか、イエレン議長も記者会見の中で説明した。第三に、イエレン議長が(不確実性を認めつつも)現在は低位である「中立金利」が徐々に上昇するとの理解を記者会見で再び示した。

これらを総合すると、2018年にかけての政策金利の予想パスが下方修正されたことを理解する上では、今年の利上げのタイミングが以前の予想より後ズレしたことの効果を考慮すべきであるように感じられる。同時に、dot chartはあくまでも現時点での予想に過ぎないことも確認しておく必要があろう。

その上で、7月会合での利上げを考える上での材料は、声明文だけでなく記者会見からもほとんど示されていない。イエレン議長は、賃金が上昇し始めたとの理解を示したり、一回の雇用指標に過剰反応すべきでないと述べたほか、7月利上げは不可能でない(not impossible)と回答した一方、経済指標は依然としてmixedであり、Brexitに限らず海外経済に不透明性が高いとも述べ、こうした状況では慎重なアプローチが必要であると説明した。

ヘリコプターマネー

今回の記者会見の後半では、海外経済の停滞が米国に及んだ場合にヘリコプターマネーを採用することについての質問もあった。イエレン議長は、財政ファイナンスがハイパーインフレを招いた経験も踏まえて、通常は財政政策と金融政策を分離することが重要であるとしつつも、①少なくともacademicの文脈では様々な議論がなされている、②非常時(rare circumstanceないしextreme situation)では金融政策が財政政策を助ける形でのcoordinationも有効になりうるとの考えを示した。

これが直ちにFRBの実際の政策手段になる訳でないとしても、米国が景気循環の点で成熟する中で利上げに慎重なアプローチを採り続ける以上、FOMCとして、低位な政策金利の下で景気後退を迎えた場合の対応を考えることの意味は確実に高まっている。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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