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ECBのドラギ総裁の記者会見-No dramatic shifts

2016年06月03日

はじめに

中央銀行の政策判断が、tighteningであれeasingであれ、金融経済の基調に沿ってなされるべきことは広く共有されているはずである。それでも、今回のドラギ総裁の記者会見は、市場に対してやや慎重なトーンを印象付けることになったかもしれない。その理由も含めて、いつものように内容を検討したい。

経済と物価の見通し

今回改訂されたECBスタッフによる見通しのうち、実質GDP成長率は、2016年から2018年にかけて1.6%→1.7%→1.7%となった。これを前回(3月)の1.4%→1.7%→1.8%と比べると、2016年が若干の上方修正となった以外は実質的に据え置かれた。この点は、経済指標の基調的な堅調さだけでなく、前回の本稿で検討した政策理事会(4月)のaccountに示された評価-個人消費の堅調さや設備投資の回復の兆し-に照らして慎重な印象を受ける。

同様に、HICPインフレ率の見通しも、2016年から2018年にかけて0.2%→1.3%→1.6%となり、前回(3月)と比べると、2016年がわずかに0.1%ポイント上方修正されただけに止まった。ドラギ総裁も、記者に対する回答の中で、原油価格が以前の想定より早く上昇したことを反映したものと説明した。その一方で、リスクバランスに関しては、3月の追加緩和の効果を考慮すれば、若干上方にシフトしたと述べた。

このようなギャップが生じた理由として、可能性のある理由をいくつか挙げることができる。例えば、見通し作成の技術的な制約である。実際、ドラギ総裁は、今回の会見で、3月に決定した追加緩和パッケージが、今月から開始される社債買入れ(CSPP)やTLTROIIの効果も含めて、これから効果を発揮し始めることを再三強調しただけでなく、そうした効果が今回の見通しに十分に反映されていないと取れる説明も行った。

確かに、6月と12月の経済見通しの改訂はECBとNCBの共同作業であるため、調整作業等で時間的ラグが生じることは考えられる。しかし、政策決定を行ったECBの分析である以上、この点がcrucialな影響を与えることも考えにくい。更に言えば、ユーロ圏の社債市場の状況やTLTROの最近の実績を考えれば、CSPPやTLTROIIが予想外の政策効果を発揮することも考えにくい。

あるいは、ECBが足許の景気回復を持続的でないとみていることの現れであると考えることもできるかもしれない。実際、ドラギ総裁も、第2四半期のGDP成長率が第1四半期を下回るとの見通しを示した。しかし、ドラギ総裁は第2四半期のユーロ圏経済は堅調(steady)との見方も示し、少なくとも現時点では2016年の基調に関してconstructiveなviewを持っているものと理解される。

そうなると、ギャップの理由は別に求める必要がある。考えうる仮説の一つは、ECBが強気に転じたとの印象を与え、為替市場が過剰反応するのを避けようとした可能性である。ユーロ相場が増価すれば、インフレ目標の達成をさらに後ズレさせるだけでなく、景気回復も抑制するリスクがある。同様に長期金利の過剰反応も避けたいはずである。この段階で長期金利が上昇すると、景気回復だけでなく信用創造の回復にも逆行しうる。

もちろん、ユーロ圏経済が本当に堅調に回復するならは、ECBがどのようなレトリックを使っても、最終的に市場が反応することは避けられない。それでも、ECBのアクションに呼応して市場がviewを変えるのと、市場が経済指標の基調を読み取って徐々にviewを変えるのとでは、おそらく市場へのインパクトが異なるであろうことも十分に想像できる。

金融政策の限界論

前回の本コラムでみたように、ECBのaccountによれば、4月の政策理事会ではこのテーマに関して多くの議論が行われたことが明らかになったが、今回は二つの点が注目される。

第一に、声明文の後半で、構造改革や財政支出のユーロ圏にとっての意義を延々と説明したことである。ご承知のように、ECBの声明文は予てこうした内容を含んでいたが、今回は、構造改革に関して言えば、生産性の改善やビジネス環境の好転に焦点を置き、公的なインフラ整備が重要であるといった内容面の指摘や、欧州委員会による各国別のrecommendationの実施が重要であるといった戦略面の指摘も含めて、G7/G20の声明文を髣髴させる記述が含まれていることが興味深い。

加えてドラギ総裁は、記者会見の中で、構造改革の推進やgrowth-friendlyな財政支出が金融政策の効果の発揮に対して補完的な意味合いを持ち、インフレ目標の達成を早期化する点を再三強調した。この点は、言うまでもなく、金融政策の限界論に対するECBとしての回答にもなっている。

第二に、インフレ目標の改訂の可能性について、ドラギ総裁が強く否定したことである。具体的には、ある記者(日本のメディアではない)が、日銀に関して2%のインフレ目標を取り下げ、例えば1%にしてはどうかといった議論を聞くが、ECBはどう考えるかと質した。これに対し、ドラギ総裁は、ECBに関してもインフレ目標の見直しという意見を聞くが、目標を下げるべきという意見と目標を上げるべきという意見の二つに割れていると述べた。

その上でドラギ総裁は、いずれの方向に改訂しても、金融政策に対する信認を毀損するリスクが大きく、リスクプレミアムの上昇を通じて経済にむしろ負担をかけるとして、2%目標に固執することの重要性を指摘した。同時にドラギ総裁は、ユーロ圏固有の事情として、①個別に為替レートを用いて景気を調節するメカニズムを失った、②バランスシート調整など構造改革面での負担が重い、といった点を挙げて、2%インフレを目指すことで生ずる「のりしろ」の維持が重要であると説明した。

そして第三には、金融緩和による低金利が家計を含めて経済に負荷をかけているという複数の記者の指摘を退け、ドラギ総裁は、低金利の究極の原因は経済成長の減速にあり、金融政策はそれに受動的に対応しているとの説明を行った。

このように、論点だけでなく中央銀行側の答え方の面でも、今やユーロ圏と日本はかなりの意味で類似した立場にあることが分かる。その上でもちろん、ユーロ圏だけが重視しなければならない要素の代表は、声明文の中でも挙げられたように民間部門のよるバランスシート調整と、ある記者がSSMのヌイ氏の発言の趣旨を質しながら示唆した銀行の不稼動貸出(NPL)の処理、の二つであることも明らかであろう。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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