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4月のECB政策理事会のAccount-Second round effect

2016年05月20日

はじめに

4月のECB政策理事会については、「今や焦点はimplementationにある」と声明文で宣言したことを踏まえると、前回(3月)に決定した追加緩和パッケージの具体的設計に関する議論が中心とみられた面があった。実際、公表されたAccountには社債買入れ(CSPP)の議論もみられるが、インフレ期待や金融政策の「限界説」に関する興味深い議論も含まれている。CSPPの内容は別の機会に譲りつつ、いつものように内容を検討したい。

金融経済情勢の判断

ユーロ圏の実体経済については、決して満足すべき状況にはないが、足許の状況を相応に堅調と評価している。まず家計は、消費が昨年第4四半期に比べてやや減速したが増加を維持しているほか、住宅投資も循環的な増加を辿っていることを指摘している。その背景に関しては、緩やかな雇用の改善や実質購買力の増加、緩和的な金融環境を挙げている。

非金融企業についても、収益の継続的な増加や金融緩和などを背景に、バランスシート調整の負担や制度面での硬直性といった障害にも拘らず、設備投資を伸ばしていることを強調している。この点に関しては、非建設部門の設備稼働率が高い点への言及も見られるなど、欧州債務危機後のpent-up demand的な意味合いも意識されているようだ。

この間、日米と同じく、ダウンサイドの要因としては海外経済の動向を挙げ、純輸出が2015年後半にマイナス寄与を続けたことを指摘している。もっとも、ユーロ圏の貿易収支の状況は国によって大きく異なることもあり、この点での記述は比較的少ない。

Financial conditionについても、主としてECBの政策対応によって緩和的に維持されていると評価している。なかでも、前回会合(3月)で追加緩和を決定した後に、①各国債間のイールドスプレッドの一層の縮小、②社債のクレジットスプレッドの一段の圧縮、③社債発行の増加、といった効果が生じたことを指摘している。

その上でユーロ圏のfinancial conditionにとって重要な要素のうち、海外の為替市場の動向に関しては、日本も含めて比較的詳細な説明が行われている(第3パラグラフ)。ただし、その内容に注目すべき点はみられない。もう一つの銀行貸出に関しては、BLSの結果等に基づき、全カテゴリーの貸出需要と企業向け貸出の供給に改善が続いていると説明している。

なお、市場における更なる追加緩和への期待は前回会合(3月)後に後退したが、当該会合に関するAccountが公表され、政策理事会が必要に応じてアクションを取ることへのコミットメントが確認されたこともあって、再び変化しつつあると評価している。併せて、市場では極端な低水準の政策金利の出現期待が後退したとの興味深い指摘もみられる。

インフレとインフレ期待

実体経済とfinancial conditionが相応に良好である中で、ECBにとっての問題の焦点はインフレの動向にある。実際、HICPインフレ率は足許で緩やかに改善したが、それを支えたサービスや非加工食品の価格上昇については、イースターに係る季節調整の影響など一時的要因による可能性を指摘している。また、HICP coreインフレ率は昨年夏以降1%前後で推移していることを説明するなど、モメンタムの欠如が示唆されている。

実際、ユーロ圏の実質GDP成長率は7四半期連続で潜在成長率を上回ったとの指摘もみられる(ただ、これは欧州委員会による潜在成長率に関する慎重な推計に基づく議論であろうが)。それでもインフレ率がなかなか加速しない理由としては、短期的には輸入物価の影響を議論しており、より長めには賃金の動向を指摘している。後者に関しては、労働市場の改善に拘らず賃金上昇率が安定していることを述べる一方、生産性との関係や各国で進行する労働市場改革の影響も挙げられている。

こうした低インフレの長期化-ドラギ総裁が記者会見で説明したように、ユーロ圏のインフレ率は年後半に加速を始める前に当面はマイナスを続けるとみられる-がインフレ期待に与える影響には強い警戒感を示している。つまり、インフレ期待が下がると、価格や賃金の設定を通じて、実際のインフレ率に中長期的な影響を与えるという、日本人にはおなじみの議論である。

この点に関しては、原油価格の動向とインフレ期待の指標が乖離しつつあるとの興味深い指摘もみられる。それが正しければ、原油価格が下がってもインフレ期待が低下しないという意味で、目先はECBに有利に働きうる。しかし、今回のAccountが示すように、今後に原油価格が回復してもインフレ期待が上昇しないことを意味し、ECBはより厄介な状況に陥ることになる。

金融政策の限界説

今回のAccountは、ご他聞にもれず「限界説」を巡る議論を収録している。まず、2%インフレを中期的に達成し得ないとの悲観論に対抗する必要がある点で合意した後、金融緩和がなければユーロ圏経済がどうなったか適切に推計する必要性を指摘した。また、ECBが2%インフレの達成時期を具体的に明らかにする点に関しては、金融経済に対するショックの性質や政策の波及効果のラグの不確実性などを挙げて、適切ではないと主張している。

「限界説」の発端が昨年12月のECBの政策判断にあっただけに、政策理事会がこの問題に関心を向けることはもっともであるが、達成時期の点に関しては、経済見通しやフォワードガイダンスの関係も意識されている。つまり、今回のAccountでは、①インフレ目標の達成目処である「中期」と経済見通しの対象期間が混同される、②フォワードガイダンスの対象期間が資産買入れと混同される、という二つの問題を避けることの重要性が強調されている。

このうち①は、経済見通しの中で2%インフレを予想しなかったとしても、ECBがそれだけで責任を問われる訳ではないし、経済見通しの期間内に2%インフレを実現するために自動的に追加緩和に踏み切る訳でもないと説明しているように見える。もちろん、直後の議論では、2%インフレの実現の不必要な遅延が信認を毀損するリスクを指摘しているが、今後の政策運営を展望する上で考慮すべき要素と思える。

上記の②は、直接的にはその後の議論が示すように、資産買入れの終了後も、政策金利は現状ないしそれ以下に維持するというフォワードガイダンスを正しく理解してもらうことで、金融緩和効果を意図通りに発揮したいという希望の現れである。その上で、このような考え方は、ECBの想定する「正常化」のプロセスが、FRBと同じものであることも示唆している。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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