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日銀による政策判断を冷静に考え直す

2016年05月02日

はじめに

4月MPMでの日銀による金融政策の現状維持に関しては、既に様々な報道やレポートが出回っている。そこで、本コラムでは、事前に追加緩和を予想した私自身の反省も含めて、今回の政策判断の意味合いやインプリケーションを改めて検討したい。

現状判断の理由

今回改訂された展望レポートの内容や黒田総裁の記者会見での説明を踏まえると、日銀が現状維持を決めた理由は大きく以下の2点にまとめられる。

第一に、景気やインフレの減速は主として2016年度に現れ、景気の緩やかな拡大を支えるメカニズム(雇用・所得の増加、高水準の企業収益)には変化がないという理解である。実際、今回改訂された見通しをみても、2016年度に比べて2017年度の下方修正は小幅に止まった。また、見通しには反映されていないが、中長期的な意味合いを別とすれば、消費税率の引上げが延期された場合、QQEのtime frameの中で上方要因として作用しうる。

第二に、1月MPMでのマイナス金利政策の導入を含む政策決定が大規模なものであり、当面は効果の浸透を図ることが適当との考え方である。これは、ECBが3月政策理事会で包括的な追加緩和を決定した後、4月会合ではその遂行に専念する意向を示したことと似た面がある。一方で、日銀の場合は、上記のように今回のMPMで景気や物価の見通しを引き下げただけに、外部からみて判断は微妙だったが、黒田総裁が記者会見で説明したように、1月の政策決定はこうしたダウンサイドも想定してpre-emptiveな意味合いも込めたものであったようだ。

市場との対話

今回の政策判断を巡る日銀と市場との見方の相違は、ファンダメンタルな観点からは、上記の二点に関して日銀と市場の理解が収斂していなかった点に起因する。私自身が追加緩和を予想したのも、結果的には、主としてこうした日銀の理解を十分消化していなかったことによる。

ただ、こうした見方の相違には別の要因も関係している。第一に、市場でQQEの限界説が共有されていた点である。実際、昨年12月のECBによる政策決定の頃から、「非伝統的金融政策」全般に関する懐疑的な見方が国際金融市場で台頭しており、国内市場がこうした流れに影響された面もあろう。いずれにせよ、こうした悲観論は、(1)国債買入れの量的な限界は近い、(2)マイナス金利政策は副作用が大きく、拡張可能性に乏しい、といった仮説に基づいている。

先週後半に「マイナス金利オペ」が注目を集めたことも、こうした文脈で理解できる。つまり、上記(2)の限界を緩和するとともに、QQEに「新たな柱」をもたらすとの思惑である。しかし、「マイナス金利オペ」も、金融機関のファンディングコストを引き下げる可能性はともかく、貸出支援策の適用金利のマイナス化という位置づけでは、QQEの新たな柱になることは現実には難しい。また、日銀から見れば、3月MPMで、貸出支援系のオペ残高についてマクロバランスへの算入拡大を決めた点で、既に対応済という理解もあろう。黒田総裁もMPMで議論していないことを明言した。

第二に、景気や物価の見通しを下方修正したうえで追加緩和を見送ることが、2%のインフレ目標達成に対するコミットメントへの信認に与える影響に関する理解の相違である。私自身も含めて市場は、こうした決定が信認を阻害するリスクを重視し、だからこそ、今回会合での追加緩和を期待した訳である。こうした期待形成の背後には、QQE導入時の印象に加えて、2014年10月の追加緩和の残像があるように思う。これに対して日銀は、前節で見たファンダメンタルな面での理解に基づき、少なくともバランス論としては、現状維持がコミットメントに対する信認を毀損するリスクは小さいと判断したのであろう。

これらを事後的に考えれば、日銀の判断には整合性がある。ただ、心配すべきことが残っていない訳でもない。上記の第一の点に関しては、むしろQQEの限界説が強まるリスクが残る。実際、内外メディアの報道には、日銀が政策手段を温存したという線での解説も目立つ。悲観論が広まっても、将来の追加緩和によるサプライズを増強するメリットがあるとの理解もあろう。しかし、過度な悲観論は市場や金融機関を通じた政策効果の波及を妨げうる。黒田総裁が、記者会見で政策手段が十分あり、躊躇なく発動することを繰返し強調したのももっともである。

上記の第二の点に関しても、局面ごとでのファンダメンタルズの違いに関する詳細な比較が脱落して、市場で表面的な印象からコミットメントの低下と理解されるリスクは少なくない。この点は、日銀が今回の展望レポートの中で、2%インフレの目標達成時期を再び延期した(「2017年度前半」→「2017年度中」)ことの意味合いと併せて考えるべきであろう。記者会見で黒田総裁がコミットメントの維持を何度も再確認したことももっともである。

政策運営へのインプリケーション

これらの議論に共通する焦点があるとすれば、それはQQEの効果に関する説明ないし理解のあり方であろう。究極的には、QQEの政策手段は2%インフレという目標達成に対する貢献に基づいて評価されるべきである。もっとも、この間の経験が示すように、内外の様々なショックや国内の様々な構造要因による影響のため、こうした影響を適切にコントロールしつつ、目標への貢献度を推計するのは-数年後にはともかく-現実には難しい。

そこで昔の知恵に学び、最終目標と相応に安定的な関係を有する要素を中間目標と位置づけ、中期的には中間目標の達成に基づいて政策の適否を評価し、修正することが考えられる。QQEでも、暗黙のうちにこうしたアプローチが意識された面もあろう。例えば当初は、マネタリーベースのサイズが中間目標の役割を担ったかもしれない。しかし、日銀による波及メカニズムの説明が金利にシフトするとともに中間目標は不明確になった。

ここで実質金利の水準は有力な代案だが、インフレ期待という最終目標自体が関係する点で厄介であり、QEないし信用緩和的な手段との関係も説明しにくい。そこで、QQEが市場と金融機関を通じて効果を発揮する以上、何らかの形でfinancial conditionを定義し、これを中間目標とすることが一つのアイディアとなる。

日銀と市場が中間目標についても理解を共有すれば、最終目標やファンダメンタルズに照らして過不足ない政策対応や手段の選択に対する対話を円滑化しうる。新たなfinancial conditionの指標を含め、中間目標の活用に関する議論が期待される。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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注目ワード : マイナス金利

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