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日銀の黒田総裁の記者会見-マイナス金利付き

2016年01月29日

はじめに

本日(1月29日)の日銀による政策決定は、ご覧のように大きなサプライズになった。それは、再追加緩和の有無に関して意見が分かれていたからだけでなく、黒田総裁自身が予て消極的な見方を示していたマイナス金利の導入が決定されたからでもある。黒田総裁の会見と公表資料から、政策決定の背景や政策手段の選択、今後の意味合いについて検討したい。

経済と物価の見通し

マイナス金利導入のために注目度は下がったが、今回の金融政策決定会合(MPM)では経済と物価の見通しの四半期レビューが行われた。しかも興味深いことに、経済のメインシナリオは昨年10月時点と殆ど変わりがなかった。つまり、政策委員の予想の中央値をみると、2016年度から2017年度の実質GDP成長率見通しは+1.5%と+0.3%であり、前回(10月時点)の+1.4%と+0.3%と概ね同じである。

一方で、MPMは物価の見通しを大きく引き下げた。同じく政策委員の予想の中央値をみると、2016年度は前回(10月)の+1.4%から今回は+0.8%に下方修正された。また、2017年度も+3.1%から+2.8%に引き下げられた。しかし、黒田総裁はこうした下方修正を主として原油価格の回復の後ズレによるものと説明し、景気要因によるものではないことを示唆した。

それでも、今回の見通しについてはリスクバランスが下方に傾いていることも認めている。第一の理由は新興国の景気低迷による影響のリスクである。MPMとしては、新興国経済の緩やかな回復を依然としてメインシナリオに位置づけているが、回復の遅延ないし状況の悪化のリスクに懸念を示した訳である。

加えて、今回の見通しは、年初来の国際金融市場の不安定化が企業マインドにネガティブな影響を与えるリスクに懸念を示している。この点は、日銀がインフレ目標の達成に向けて、企業の賃上げや設備投資の積極化に期待しているだけに重要な要素となりうる。

政策決定

黒田総裁は、インフレ目標の達成時期の更なる後ズレが、インフレ期待の回復を妨げることへの懸念が、今回の再追加緩和の理由であると説明した。

もっとも、日銀は再追加緩和にも拘わらず、インフレ目標の達成時期を「2016年度後半」から「2017年度前半」へと更に後ズレさせた。2017年4月に消費税率の再引き上げが予定されているだけに、後ズレは単なる半年以上の意味を持つかもしれない。いずれにせよ、日銀は、これが専ら原油価格の回復の後ズレによると説明するとともに、再追加緩和はsecond-round effectの阻止に有効との見方を示している。

再追加緩和に関して最も重要な点はマイナス金利の導入である。黒田総裁は、イールドカーブ全体を押し下げることで経済活動を刺激する効果を強化するために、マイナス金利を導入すると説明した。また、今回の声明文は、マイナス金利の導入が「量的・質的金融緩和」の運営上の柔軟性に寄与するとの考えを示唆している。この点は、「量的・質的金融緩和」のsustainabilityに対する悲観論を修正することが意図されており、それを通じて日銀が取り組むインフレ目標の追求に対する信認が維持され、インフレ期待の好転に寄与することが期待されている。

マイナス金利導入の理由をもう一つ加えるとすれば、年所来の円高進行(理由はいうまでもない)であろう。結果として、再追加緩和に対する慎重論の一つであった「円安の副作用」に対する懸念が後退した印象は否めない。本日の市場の反応が示すように、マイナス金利は、外国為替市場を通ずることで最も大きなインパクトを持ちうるわけである。

技術的側面

日銀が導入を決定したマイナス金利の枠組みが複雑になったことには、次のような要因が存在する。

第一に、金融機関が日銀に保有する当座預金残高は非常に大きいため、何も措置を講じなければそのコストはきわめて大きくなる。例えば昨年末の当座預金残高は250兆円弱に達し、GDP比の50%近い。第二に、「量的・質的金融緩和」をマイナス金利より前に導入していたことである。金融機関からみれば、巨額の当座預金残高を「持たされた」後で、マイナス金利が課されることになりかねない。第三に、日銀はマイナス金利の導入後も「量的」手段を活用する。従って、何らかの措置を講じなければ、金融機関のコストは理屈の上では増え続けることになる。

このような点の考察の結果、日銀は、当座預金を三層構造に分けた上で、マイナス金利を導入することにした。第一の層である「基礎残高」は、昨年の当座預金残高の平均額に固定され、かつ従来通りに+0.1%の付利を受ける。この点は上記の第一と第二の内容に関連している。

次の「マクロ加算残高」は、1)所要準備、2)貸出支援基金等によるオペの残高、3)「基礎残高」の一定部分に相当する額から成り、金利は付与されない(0.0%)。ここに2)を含めたのは、オペの活用を妨げないようにするためである。しかも、日銀が3)を適宜の頻度で調整し、結果として「政策金利残高」(後述)を調整できれば、上記の第三の問題も回避できる。

最後に「政策金利残高」は、当座預金全体から「基礎残高」と「マクロ加算残高」の二つを差し引いた残差となり、ここには-0.1%のチャージが課される。もっとも、「政策金利残高」もほぼゼロから出発することに加え、日銀が「マクロ加算残高」の調整(上記3))を通じて、「政策金利残高」もコントロールできる点も踏まえれば、少なくとも初年度は金融機関の負担も抑制しうる面がある。

第一印象

日銀によるマイナス金利は、政策効果の追及と金融機関に対するコストの抑制のバランスに配慮しており、日本の金融市場の特殊性を反映して多少複雑になったが、工夫された内容となっている。より広い視点からみれば、マイナス金利の導入の経験や活用についての展望は、「量的・質的金融緩和」の柔軟性を高める。一方で、マイナス金利の導入は、日銀が低インフレの克服は長期戦となる可能性を改めて認識し、従って、金融政策のsustainableな枠組みを模索していることの表れなのかもしれない。

「量的・質的金融緩和」の基本戦略-シンプルで直接的な政策メッセージの重視ーにも変化の兆しを感じる。今や「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」はやや複雑な内容となり、ファインチューニングの要素が増えている。こうした変化が所期の効果を発揮するか否かは「実戦」を経て確認されることになろう。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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注目ワード : マイナス金利

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