1. HOME
  2. ナレッジ&インサイト
  3. 研究員の時事解説
  4. 井上哲也のReview on Central Banking
  5. ECBのドラギ総裁の記者会見-possibly recons…

ECBのドラギ総裁の記者会見-possibly reconsider

2016年01月22日

はじめに

今回の政策理事会を前に、市場からは、年初来の市場の不安定性を収束させる効果を持つ発言を期待する声と、政策手段や効果に関する限界の下で多くは期待できないという醒めた声の双方が聞かれた。その意味で、今回ドラギ総裁が事実上の「追加緩和の予告」をまたも行ったことは、ある種の意外感をもって受け止められたが、その内容や方法には昨年12月の経験も反映していたように感ずる。早速、記者会見のポイントを考察したい。

金融経済情勢の判断

追加緩和を決めた昨年12月の政策理事会から、1ヶ月強しか経っていないにも拘わらず、ドラギ総裁は景気と物価の双方の面でダウンサイド・リスクが高まったとの認識を示した。

景気に関しては、ドラギ総裁は、①新興国経済の先行きに不透明性が増した、②原油を中心とする商品価格が一段と下落した、③地政学的リスクが上昇した、の3点がこの間の主要な変化であると述べ、ユーロ圏にとっての外需の減少と、家計や企業のセンチメントの後退を通じ、景気に悪影響を及ぼす懸念を示した。

物価に関しては、12月のHICPインフレ率(前年比+0.2%)が既に12月時点の見通しを下回ったと指摘、エネルギー価格の下落だけでなく、食品やサービスの一部でも価格に軟化の兆しがみられるとした。その上で、このままでは低インフレないしはマイナスのインフレ率が当面続くことになり、後半に回復が始まるとしても、2016年のインフレ率が12月時点の見通し(+1.0%)を下回るとの警戒感を示した。

一方、意外に多くの記者から原油価格の下落が銀行システムに影響を及ぼすことへの懸念が示された。もちろん、ドラギ総裁は、ユーロ圏の銀行システムがこの間の政策措置によって危機前よりはるかにresilientになったと説明した。もっとも、マクロの視点からは、原油価格の下落がここまで大きく急激であると、financial conditionに意図せざる引き締め効果を持つとの見方も付言した。

12月見通しから日が浅い中で、見通しの未達成のリスクを強調することは異例である。もちろん、この点は「追加緩和の予告」(後述)と整合的であるが、見通し自体ひいてはそれに基づく政策判断のcredibilityも問題となりうる。実際、記者会見ではこの点を明示的に取り上げた質問もあった。これに対しドラギ総裁は、ユーロ圏経済を取り巻く状況が顕著に変化した以上、対応を怠る方がcredibilityの喪失に繋がると説明した。

追加緩和の予告

ドラギ総裁は、次回(3月)の政策理事会において、金融緩和の適切さをreviewsし、おそらく再検討する必要があろう(necessary to review, and possibly reconsider)と述べて、事実上、追加緩和を予告した。その理由として、先に見たような景気認識の下で、低インフレが一段と長期化し、インフレ目標の達成時期が不必要に後ズレするリスクが高まったため、これらを抑制すべきとの考えを説明した。

これに対し記者からは、多くの疑問が提示された。最も多くの記者が質したのは、具体的にどのような政策手段を想定しているかという点である。こうした質問が限界論を背景に行われたことを意識し、ドラギ総裁はECBによる金融緩和には制約がない(No limit)ことを再三強調するとともに、先月のNYでの自身の講演を引用し、ECBは金融緩和に関してpower、willingness、determinationを有していると繰り返し述べた。

一方で、ドラギ総裁は具体策に関する言及を引き出そうとする記者の期待にはつき合わず、特定の手段を強調することを意図的に避けた。合わせて、候補となる各手段については、運営の技術面に関する検討を既に進めているとし、3月政策理事会での議論の結果に沿って金融緩和を進めること自体は、技術的な制約は見当たらない(no technical limitation)と述べた。これらの対応には昨年12月の経験が反映されていることが窺われる。

政策手段の選択に関しては、一部の記者が、12月政策理事会の議事要旨(Accounts)を見る限り、候補となる政策手段の有効性や妥当性に関してメンバー間の意見の相違が窺われるとして、3月までにコンセンサスを形成することへ疑問を示した。これに対しドラギ総裁からは、従来から政策理事会内の意見の相違を乗り越えて政策判断を下してきたとして、楽観的な見方が示唆された。

政策効果の面でも、ある記者は、ECBが原油価格の下落に伴うインフレの下方圧力をコントロールできていないとの批判を示し、歴史的に見て商品価格も最後は一定の水準に収斂するとして、追加緩和などせず、当面は原油価格の様子をみてはどうかとのシニカルな質問を行った。他の記者も同様な視点からイッシング元理事の発言を引用し、物価目標を長期の視点から達成する考えに転換すべきとの意見を述べた。

もちろん、ドラギ総裁は、2014年から開始した本格的な金融緩和は、銀行貸出金利の低下を含むfinancial conditionなどの面で効果を挙げたと反論し、あくまで金融政策による物価安定を目指すと述べた。その上で、ECBとしては従来通りに中期の視点で物価目標を追求することは可能であって、決してあきらめない(we do not give up)と宣言した。

なお、これらのポイントを含むコミュニケーション政策の観点から、一部の記者は、昨年10月に「追加緩和の予告」を行って市場の期待を高めたものの、12月の政策決定の際には失望感が生じたことを批判し、今回も市場がポジティブに反応していることへの注意点を質した。ドラギ総裁は、コミュニケーションは双方向であるべきとし、ECBとしては、昨年12月のケースについても市場を一般的に批判している訳ではないと対応した。

3月政策理事会へのインプリケーション

このようにドラギ総裁の今回の記者会見の意図は、「追加緩和の予告」をまたも行うことだけでなく、①特定の緩和手段に対する思惑を先行的に強めるリスクを抑制しつつ、②技術的な限界論や政策効果に関する懐疑論を説得する、ことにあったわけである。

そうした意図は、昨年12月の経験からの学習効果とともに十分に感じられた。しかしながら、特に限界論や懐疑論に関する意図が達成されたかどうかは、繰り返し提示された記者からの質問に相応の重複が見られたことなどを見る限り、少なくとも現時点では必ずしも満足すべき成果を得たわけではなかったように見える。その意味では、最初に好感した市場の受け止めも時間とともに変化しうる面があろう。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

この執筆者の他の記事

井上哲也の他の記事一覧

このページを見た人はこんなページも見ています