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10月FOMCの議事要旨-均衡実質短期金利

2015年11月19日

はじめに

10月FOMCの議事要旨には、利上げ開始の適切な時期に関する議論だけでなく、政策金利の均衡値に関する興味深い議論も含まれている。これらの内容をみながら、12月FOMC以降の展望にとってヒントとなる点を検討したい。

景気判断とデュアルマンデート

10月の声明文は、家計消費と設備投資を中心に景気判断を若干だが上方修正した訳であるが、今回の議事要旨はその背後で少なからぬ意見の相違があったことを明らかにしている。

このうち、海外の金融経済情勢とそれが米国に与える影響は、当然に予想されるポイントである。しかも、10月の声明文に示されたように、この点に関する下方リスクは9月FOMCに比べて軽減され、結果として米国経済のリスクも上下にバランスしているというのがFOMCの大勢(most)による判断であった。

その上で、デュアルマンデートの柱である物価について議論が行われ、数名(several)のメンバーがインフレ期待の低下に懸念を示している(8ページの左段)ことが注目される。また、労働市場との関係でも、生産性の改善ペースが鈍いことなどによって、賃金上昇が抑制されている点に関する議論がみられる(7ページの右段)。

それでも、10月の議事要旨を見る限り、インフレ率が目標に向かって徐々に上昇していくこと自体には総じて(generally)FOMCメンバーの同意が得られたことになっており、このポイントが新たに重要性を増したわけではないことが示唆される。

むしろ意外であったのは、デュアルマンデートのもう一つの柱である労働市場に関して、改善の継続性について議論がなされた点である(7ページの右段)。つまり、数名(several)のメンバーが、労働市場の先行きに不透明性を表明し、雇用者数だけでなく労働参加率やjob opening、(自発的)離職なども軟化したと指摘している。

こうした議論は、(10月FOMC時点で利用可能であった)雇用統計に影響されたことが考えられるし、反対論からは労働市場が既にタイト化したことの証左との解釈も示されている。そして、FOMCメンバーの大勢(most)は、労働市場のslacknessの減少が進捗したと判断し、それが10月の声明文での表現に繋がった訳である。

それでも、このポイントは労働市場の改善ペースが既に成熟した下で利上げを開始する問題を示唆しており、利上げの妥当性に関するコミュニケーションの面で課題の一つになることが予想される。

利上げ開始の妥当性

今回の議事要旨は、10月FOMCの時点で利上げを開始することについて、文字通り三つに意見が分かれたことを明示している。つまり、メンバーの大勢(most)は次回(12月FOMC)で条件が満たされうる(could be met)と判断したのに対し、既に条件が満たされたとの判断と次回でも条件は満たされにくいとの判断が、各々幾人か(some)のメンバーから示されたことが明らかになった。

さらに、今回の議事要旨は不適切な時期に利上げした場合の問題に関しても、やや詳しく議論を記述している(8ページ右段から9ページ左段)。

まず、遅すぎる利上げを避けるべきとの立場からは、不適切な遅延が、(1)市場の不確実性を増したり、利上げ開始に対する過度な注目を招く、(2)長期間の低金利によるfinancial imbalanceの蓄積を助長する、(3)FOMCによる米国経済への信認の欠如と解釈され、FOMC自身に対する信認の喪失を招く、といったリスクが指摘されている。

一方、早すぎる利上げに対する慎重論の立場からは、既に見たような米国経済の先行きに関する下方リスク自体に加えて、現状では下方リスクが顕在化した場合の金融政策の発動余地が乏しいことや、利上げの開始がfinancial conditionを予想外にタイト化することへの懸念が表明された。その上で、金融経済のリスクマネジメントの観点から、利上げには慎重なアプローチが必要との指摘がなされるとともに、2名(couple of)のメンバーからは、利上げ後も2%インフレが長期に実現しなかった場合にFOMCへの信認が損なわれるリスクも指摘された。

このように、利上げに対する賛否双方が指摘した理由の多くは、おそらく次回(12月)のFOMCにおいても引続き妥当し、従って次回も相応に意見の対立が残ることが考えられる。それでも、大勢(most)は次回にも利上げ開始の条件は満たされうるとの立場にあった訳であり、その意味で少なくとも10月FOMCの時点では、次回に利上げを開始する可能性が中心的シナリオと位置づけられていたことが確認される。

利上げの最高到達点と代替的な政策手段

今回の議事要旨は、均衡実質短期金利に関する議論も記述している(2ページ右段~3ページ左段)。つまり、執行部は様々な手法による推計を示し、(1)金融危機後にマイナス領域まで低下した、(2)その後回復したがゼロ近傍にあり、過去の景気拡大期に比べて相当低い、(3)米国に限らず多くの先進国では、過去四半世紀には実質短期金利がゼロ近傍にあった、(4)TFPと労働力人口の成長率が改善しなければ、均衡実質金利は金融危機前に比べて低位に止まる、といった点を説明した。

これに対しFOMCメンバーからは、失業率が低下している以上、実際の経済成長率は潜在成長率を上回っているはずであり、だとすれば実際の実質短期金利も、均衡値を下回っているとしても、ギャップは顕著でないとの指摘があった。さらに、景気の拡大に伴って均衡実質短期金利も上昇するとの指摘も見られた。

しかし、このテーマが重要であるのは、議事要旨が説明するように政策金利の長期「正常値」-均衡実質短期金利に長期的なインフレ率を加えたもの-に直結するからである。つまり、今回の景気回復を通じて均衡実質短期金利がゼロ近傍に止まり続けるのではないとしても低位に止まるのであれば、政策金利の長期「正常値」もそれだけ低位になる。

この点は、単に次回のSEPのレビューにおいて、dot chartの右端に示される長期の政策金利の予想値が下方修正されたり、その結果として利上げのペースが一層緩やかになるだけではない。より重要なことは、今回の議事要旨が明示したように、次の景気後退局面で再び政策金利を使い果たす-名目ゼロ金利制約に直面する-可能性が高まることである。

今回の議事要旨は、幾人か(some)のメンバーが、このような事態に備えて代替的な政策手段を備えることが適切(prudent)と指摘したことを明らかにしているだけで、具体的内容には言及していない。しかし、オプションの中にFRBによるバランスシートのダイナミックな運営が含まれていることは容易に想像することができる。

Writer’s Profile

井上哲也Tetsuya Inoue

金融イノベーション研究部
主席研究員
専門:中央銀行、国際金融

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